S34 時差ボケ
■双華の月 氷刻 22■
>> Real Time 4/22 21:47
双華の月 氷刻 22。この日の夕方、スウィフトが随分と久しぶりにやってきた。屋台市のカウンターでビールを飲み交わす二人。表の世界では半日ちょっとの時間でも、この世界では二週間程の時が流れていた。というわけで、スウィフトにとってはほんの半日前の出来事なのだが、エルツにとっては随分と久しぶりな顔合わせなのだった。その感覚のずれに当惑する二人。完全に時差ボケだった。
「何だよ、エルツLv6になったの!? 早すぎだろ!」
「いや、その色々あったんだ。ごめん」
エルツは、この二週間でこの世界にあった出来事をスウィフトに話す。
CITY BBSの事。コカトリス狩りの際、様々なパーティで味わった体験談にWA[ウェポン・アーツ]の事。それからオルガの引退の事。
「この半日で、そんなに色々な事があったんだ。そうか、オルガさん引退するんだ」
「うん、刻末に、だから明日か明後日だと思うけど、送別会やるらしいんだ。だから予定空けといて」
エルツの言葉に頷くスウィフト。
「了解、送別会か。あんまりオルガさんとは話す機会無かったけど、なんだか寂しいな」
「でも、理由は前向きだよ。しっかりと現実に生きようっていう、あの意志は自分も見習わないと」
そう言って飲み干したビールジョッキをカウンターの台座に置くエルツ。
「自分もどっちかというとオルガさんと一緒で、現実とこの世界の両立って難しいタイプだから、正直オルガさんの決意は自分にとっては胸突き刺されるようだった。現実に生きる事を考えれば、いつかは自分も引退決意しなくちゃいけない時が来るのかなと思ってさ。いつまでもフリーターやってるわけにもいかないし。でも、今の自分からこの世界取ったら何も残らないよ」
「現実に生きながらでも、このゲームは出来るって。オルガさんだってそうやって結婚生活と仕事と両立してきたわけでしょ。子供が出来たら流石にそのバランスも難しくなってきたわけで。それにさ、現に今僕らって現実に生きてるじゃない」
スウィフトの言葉にエルツは素直に首を縦に振れなかった。
確かにスウィフトは、仕事もこなして現実とこの世界を両立してるかもしれない。
――だけど、自分は……現実に生きてるのだろうか?――
それに、エルツはオルガのあの言葉を未だに心に残していた。
「……オルガさんが言ったんだ」
「ん?」
エルツの言葉に、ビールを口にしながらスウィフトを尋ね返す。
「人は理想の世界では生きられない、って」
その言葉を聞いて、スウィフトはふっと微笑した。
「深いね。でも僕もその通りだと思うよ」
スウィフトはそう言ってビールをカウンターに置いた。
「人は理想の世界だけじゃ生きられない。それってつまり、現実世界で人は生きている、っていう言葉の裏返しだよ、きっと。人ってさ現実で生きているからこそ、理想が生まれるんじゃないかな。現実でもがけばもがく程、そうする事で理想が華やかに生きた形を持つんだよ」
スウィフトの言葉にエルツはまさに目が醒める想いだった。確かにその通りだ。
「現実で生きているからこそ理想が生まれる、か。」
このままこの世界でずっと暮らせれば、そんな願いを持っていた自分が恥ずかしかった。
人が現実に生きる生き物である以上、必ずエルツにも帰る時が来る。
だけども、もう少し。それは甘えなのかもしれない。
――それでも、理想の世界でもう少し生きていたい――
それが、今のエルツの正直な心境だった。