S31 BLACK LIST<ブラックリスト>
■双華の月 氷刻 20■
>> Real Time 4/22 19:31
オルガの引退。その話を聞いてからエルツは浮かんだ疑問に対する答えを出せずにいた。
その答えを求めるなら本人に聞く事だろう。だが、それほど野暮な事も無い。こんなに満たされた世界の中で、オルガが何故そうした決意に到ったのか。考えれば考えるほど、分からなかった。
そんな折だった。エルツの元にある一通のメールが届いた。
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差出人 Pelsia
宛先 Elz
題名 おはようございます☆
本文 エルツさん、おはようございまーす(b*^0)d ペルシアです☆
先日はお夕飯誘ってくれたのに行けなくてごめんなさい。
あの突然なのですが、今日よろしければパーティ組みませんか?
この前のパーティの時お話したポン吉さんと
本日13:00からパーティ組む事になったんですけど、
よろしければエルツさんどうでしょうか?
もしよろしければお返事下さい。待ってます☆
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どこか沈んだ想いで、パーティという気分では無かったが、それとこれとは別問題だった。ただ鬱な気分、それだけでは断る理由にはならない。刻末までまだ時間もある。そう判断したエルツは、了承のメールをペルシアへと送り返した。気持ちに引きずられてはそれこそオルガに失礼だろう。それにパーティをすれば、この気持ちもどこか晴れる部分があるかもしれない。そう考えたのだ。
待ち合わせの時間に西門にて、暫く待っていると、そこには背の低い、いや小柄なと言うべきか、短くまとめた茶髪の髪を潮風になびかせて、高校生くらいの愛嬌のある顔をしたその青年はPBでエルツの名を確認するとにんまりと笑ってやってきた。
「どもー、エルツさんですね!」
パーソナルブックで確認したその青年の名はPonkiti。彼こそがペルシアが言っていた青年に違いなかった。
「ペルシアたんから聞いてますよ! かなりのプレイヤースキルの持ち主だとか。どんな人かな〜と思ってたのですが、いやはやかなりの美形ですね。お兄様って呼んでいいですか?」
「ど、どうぞ」
独特のテンポで語る青年にたじたじのエルツ。
「今日はオーソドックスにコカ狩りの予定です。そうそう、そう言えばこないだパーティで面白い事あったんですよ」
「面白い事?」
エルツの聞き返しを待っていたと言わんばかりに首を縦に振るポンキチ。
「この間、コカ狩りパーティやってたら、その時パーティに居たメンバーが釣りペースが遅いって言うもんで、思いっきり最高速で釣ってやったんですよ。そしたら今度早いっていうもんで、それなら代わりに釣ってくれませんか? って言ったんです。それでぶつくさ言いながらその人釣りに行ったんですけど、一発目の釣りで、コカトリス釣ったら群れと群れぶつけて大リンクさせまして、計六匹がですよ。クエクエ言いながら一斉に襲い掛かってくるもんで、僕ら流石に対処しきれないって思って逃げたんですよ。そしたら、その釣りの人六匹に囲まれて、集団リンチくらいまして、死んじゃって。その後、その人からパーティメンバーに対して怒涛の罵倒メールが来まして。自分が釣り失敗したくせに、あまりにそのメールの内容が酷いもんで今はブラックリストに入れちゃったんですけどね。いやぁ、色々な人居ますよね」
BLACK LIST。それは冒険者の間では、ある特定のプレイヤーを記録していく、言わば暗黙の了解とも言うべきか。その内容は、今までに自分が出会った冒険者の中で、その冒険者とのパーソナルブックを介したやりとりを一切拒否する際に登録するリストなのである。本来ならば忌み嫌われるべきリストなのだが、オンラインの世界ではこうしたBLACK LISTの存在は必要不可欠なのだ。何故なら、全ての冒険者が、仲良く過ごす事は限りなく難しい。人間である以上、必ずズレは生じてくる。時に、それは深い亀裂となる事もあるだろう。そして、そうした事とはまた別に、純粋に悪意を持った冒険者だって存在するのがこの世界だ。
一人で喋り捲るポンキチ。エルツはその話に頷きながら他人事では無いと想いながら聞き返す。
「色んな人居るよね。僕も気をつけないとな。ちなみにその人名前何て言うの?」
「う〜ん、ちょっと待ってくださいね。ああ、Carmaですね。お兄様パーティ組む時は充分気をつけた方がいいですよ」
その言葉に苦笑いを返すエルツ。
思いっきり体験済みだった。表現に棘があるとは思ってたけど、まさかここでも話題に出てくるとは。だが、エルツにはカルマもそこまで悪い奴のようにも思えなかった。単に感情の表し方がストレートで不器用なだけなのだ。
「ああ、でも今日楽しみだな〜。ちなみにエルツお兄様は武器何使われます?」
「基本的に剣かな。他の武器も色々使いたいんだけど。なかなかね。ポンキチくんは何使うの?」
「ポンキチでいいですよお兄様。どうぞ、呼び捨てて下さいませ。武器は専ら短剣ですが、斧と弓もちょこちょこ使います」
改まった様子で敬礼をしてみせるポンキチ。
どうやら、ポンキチも複数の武器を使うようだった。一体どんな立ち回りをするのか、実に興味がある。
そんな話をしているうちにペルシアがやってきた。
「遅れてすいませーん」
「お、きたきた」
そうして、一同は白亜の門をくぐる。
BLACK LISTの話が出たが、冒険者にとってその価値は三者三様だ。人によってそのBLACK LISTが持つ重みは違う。極端な話、話が合わないから。なんとなく気に食わないから、それだけでBLACK LISTに入る可能性だってある。
そうした無闇なBLACK LISTに捕まらないようにするための立ち回り、それはこの世界をただの遊びだと捉えていては培えないであろう「社交性」に他ならない。自分をBLACK LISTに入れるような奴こっちから願い下げだ。そういう考え方もある。実際、避けようの無い衝突があった時、相手がいきりたてば黙って居られないのが人間心理だ。でも、そうしたやりとりの後、なんとも言えないあのやりきれない気持ち、味わった事のある人間なら誰もが思うであろう、あの二度と味わいたくない後味の悪さ。
そうした、苦味を味わう可能性を少しでも、減らすための道具が「社交性」なのだ。世術があまり上手くないエルツにとっても、この問題は看過出来ない問題である。どうやったらなるべく人に悪印象を与えないように立ち回れるのか。全ての人間に好かれる人間、そんな大層な存在を目指す気は毛頭無い。そんな事は現実不可能だし、そんな目標を持っても自分自身追い込まれるだけである。目指すべきは、なるべく人に対して悪い印象を与えない存在。別に好かれる必要は無い。願わくば「空気」のような、そんな存在がエルツの理想だった。別段、普段気にも掛けないが、自然と周りにあるもの。好きも嫌いもない。少なくとも空気が好きだ嫌いだという人間には今だかつて出会った事が無い。
だが、理想はあくまで理想。実際は余計な自我が邪魔をして、思うような理想的な立ち回りは出来ない。自分はなんて不器用な生き物なのか、それが日々の後悔である。
だが、それでも、少なくともエルツは思うのだ。
たとえ、答えの出ないテーマだとしても、少なくとも自分は、人に対してなるべく優しい気持ちでありたい。
我ながら気取ったその態度に吐き気を覚える事もあるが、そうした優しさが日常的な立ち回りに繋がるのだと、そしてそれこそ、この世界では大切なプレイヤースキルの一つなのだとエルツは信じていた。