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ARCADIA ver.openβ≪Playing by Elz≫  作者: Wiz Craft
〆 第二章 『星々の輝き』
53/242

 S29 先駆者の教え

■双華の月 氷刻 19■

>> Real Time 4/22 18:21

 翌日の早朝、エルツは昨晩の片付けにと一人コミュニティルームへと向かった。そっと扉を開き薄暗い室内へ。すると、そこには窓辺に立つ一人の人影があった。見覚えのあるその姿にエルツは静かに言葉を漏らす。


「オルガさん……?」


 エルツの言葉に振り向く人影。

 二人は言葉も交さず静かにソファーにつく。流れる沈黙。そんな空気にどうしていいか分からず、会話の糸口を探っていたエルツに対してオルガが口を開いた。


「狩りには慣れたか」


 オルガの突然の問掛けにエルツは一瞬不意を打たれた。


「まだまだ未熟ですけど……少しは」


 エルツの返答にオルガは「そうか」と呟き頷いた。

 そして、その次にオルガが発した言葉にエルツは当惑を隠せなかった。


――君の実力が見たい――


 そう告げられたエルツは、オルガと共に中央広場へと出た。

 朝日に照らされた広場に出た二人は、それぞれ武器を取り出す。

 長剣を握り締めながら、エルツは動揺を隠し切れなかった。相手はあのオルガさんだ。初めて見たPvPでのあの全身鎧の頑強な重戦士。思い出しただけでも身震いする。そんな人と一対一を張るなんて。


「そう、緊張しなくていい。先も言ったが君の実力を見るだけだ」


 オルガが手にするは美しい湾曲を描いた片手斧と、滑らかな凸状の楕円形の盾。白銀に輝くその防具に身を固めながらオルガは今エルツに向かい合った。


「緊張するなとは言ったが、実力を見る以上、君は本気で掛かって来なさい」


 オルガの言葉に躊躇いながらもエルツは剣を構える。

 成り行きとは言えこうなった以上、もはや覚悟を決めるしかないだろう。

 ここで、手を抜くのは逆に失礼というものだ。


「行きます」


 エルツはそう宣言するとバロックソードを構え、オルガに差し向ける。

 じっと間合いを窺がうエルツ。じりじりと間合いを詰めながら、あと若干1.8メートルの間合いで立ち止まるエルツ。

 これが、エルツが近寄れる限界だった。

 あと一歩踏み込んで剣を伸ばせば届く距離。敢えて、棒立ちにしたであろうその構えは隙が無いわけでもない。だが、エルツはそれ以上踏み込めなかった。

 言い様の無い存在感、そこに足を踏み入れれば確実にただでは済まないような、そんな気配にエルツは気迫で押し負けていた。


――恐怖に負けるな――奮い立て――


 踏み込まなければ分からない世界もある。エルツはそう必死に自分にいい聞かせ、解き放たれたように一歩を踏み出す。


「はっ!」


 剣を振り翳し、一気に攻撃に撃って出る。振るった剣筋に遠慮は見られなかった。全力でオルガを捉えるために振るわれたその剣閃は、次々と白銀の斧と盾の前にいなされてゆく。

 エルツは闘う前に抱いていた自分の考えを早くも打ち砕かれていた。エルツはオルガのその戦闘スタイルは一撃必殺に懸けるパワー重視型だと思っていた。ならば、技術力においては今の自分でも一矢報いる可能性があると。だが、今のこの状況。悉く、この世界で培ってきた技術がいとも簡単に跳ね返される。それはエルツのその浅はかな読みを完全否定する、確かな技術力。しかも、全力のエルツの攻撃をいなすその相手の力は全力では無い。まるで赤子に戦術の手解きを施すような、柔らかい指導。それは、まさしく遥かな高みから向けられたものだった。


――こんなに差があるのか――


 その立ち回りはまさに別格だった。ドナテロとの闘いの時に感じた高揚感とも違う。完全な封殺の前に、エルツは為す術無く、ただただ剣を振り回す。


「くそっ!」


 せめて一矢。そんな想いすらも薄れていく中、エルツは無謀な賭けに出る。


――Biker Slashだ――もうそれしかない――


 剣を敢えて空振りさせ、咄嗟に距離を取るエルツ。

 敢えて空振りしたのはBiker Slashの溜め三秒を稼ぐ為の、苦肉のフェイントだった。

 エルツの構えにオルガは顔色一つ変えず、斧を後ろに引く。


「Biker Slash[バイカ・スラッシュ]!!!」


 エルツが繰り出した、剣撃に対して背中に構えた斧がゆっくりと揺らめく。


――まさか、迎撃!?そんな――


「Spiral Axe [スパイラル・アックス 」


 オルガの言葉と同時に強烈な縦振り下ろしの一撃に、エルツの横薙ぎの剣が弾き飛ばされる。膝をつくエルツに、オルガは斧を腰に備え付け、装備を解除した。


「成る程。君の実力は分かった」


 正直、ここまでの実力差があるとは思わなかった。少し勝負が出来るんじゃないかと、そんな夢みたいな考えを持っていた自分自身が恥ずかしく、ただ俯くエルツ。

 そんなエルツにオルガは言葉を投げ掛ける。


「剣筋は悪くない。この世界へ来て、我流でそれだけ磨き上げるというのは大したものだ」


 オルガの言葉にエルツは顔を上げられなかった。


「そう、落ち込む事は無い。もう一度言うが大したものだ。だが残念だが、まだ圧倒的に戦闘経験[キャリア]が少ない。それだけの事だ」


 そう言ってエルツの肩を叩くオルガ。

 いい教訓になった。この世界へ来て、どこか舞い上がっていた自分。だが、上には上が居る。それはどこの世界へ行っても揺ぎ無い自然の摂理だった。

 世の中を勝ち負けで判断する気は毛頭無い。だが、それでもこの世界には揺ぎ無い格差が存在するんだ。一人の冒険者として、上り詰めるために今の自分に何が必要なのかを、オルガさんは善意で教えてくれている。

 午前一杯を使って、オルガはそれからエルツに様々な事を教えてくれた。剣術の基本的なイロハに、初歩的な新たな剣技[ウェポンアーツ]の使い方も教えてくれた。

 このゲームの先駆者としてのそのオルガの大らかな善意にエルツは深く感謝して、そして、オルガとはそこで別れた。


「やっぱりそう甘くはないか」


 エルツはそう微笑を漏らすとコミュニティルームへと向う。

 先程までの気張った既に気持ちは消えていた。またこの世界の新たな一面を見た事で、エルツの中でまたこの世界の在り方は広がっていた。

 コミュニティルームに戻ると、そこには二人の子供がエルツを待ちわびた様子で声を上げた。


「エルツ、遅いよ! 狩り行くぞ!」


 そう言ってエルツの袖を引っ張るウィルとそれを見つめるシュラク。


――そう何事も経験だ――


 そうして、エルツは再び冒険の世界へと旅立つのだった。


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