S28 童憬
コカトリス狩りにおいてLv上げと金策の分離を感じてからエルツは再びマンドラゴラ狩りへと戻っていた。乱獲している冒険者さえ居なければいつもの森で、それなりの稼ぎを期待できる。WAを覚えた今、その狩効率は一時間にソロで五匹というペースを実現していた。
それほど狩る事が難しくないマンドラゴラならば六時間という長期の狩りも可能となる。一日で狩れる三十匹前後のマンドラゴラのうち、Lv5のマンドラゴラは十匹弱、これを経験値に換算すると、正直Lv5のうちは狩場が空いてさえいればマンドラゴラ狩りの効率とセパレイトパーティを組んでのコカトリス狩りでそう大差は無い。加えてマンドラゴラ狩りではドロップ品も期待出来る。仮に三十匹倒して十枚のマンドラゴラの根をドロップすれば、それだけで500ELK以上の収入を得る事になるのだ。
黙々とマンドラゴラを狩る時が過ぎてゆく。
だが、マンドラゴラの狩場が込んでいる日はアリエスとトマを誘い、コカ狩りへと繰り出すのだった。エルツが確立した、武器交換を利用した釣りとダメージソースを実現したそのスタイルを目の当たりにした時、アリエスは驚きの声を隠さなかった。エルツはアリエスと、交互に「釣り」と「休息」を同時に行う事で狩りの効率を上げ、コカ狩りを有意義な内容へと導いてゆく。
そして、数日が過ぎた。双華の月 氷刻 18。
時刻は18:07。この日、いつものようにマンドラゴラ狩りを終えたエルツは久しぶりにコミュニティルームへと顔を出す事にした。そろそろメンバーが帰ってくる頃だと、そう踏んだのだ。コミュニティルームを覗くと、案の定、そこにはソファーで寛ぐ子供二人の姿があった。
「チョッパー、早くこないかなアイツ」
「たぶん、ユミルさんと一緒に来るんじゃない」
エルツの姿に気づくと、子供二人はポンと飛び起き、指を指す。
「あ、エルツだ!」
エルツは二人に笑顔を見せると、ソファーに腰掛ける。
「こんばんは。戻ってきてたんだね」
エルツの言葉に頷く二人。
戻ってきたのはどうやら子供達二人だけのようだった。
「エルツー、奢って!」
ソファーから叫ぶウィル。
「夕飯はまだ?」
「食ってない」とウィル。
エルツはふとPBを開いて所持金<3354ELK>を見つめる。マンドラゴラのソロ狩りを続けていたせいか資金は豊富だった。
「まだなら一緒に屋台市に食べに行こうか。奢るよ」
エルツの言葉に目を輝かせる二人。
たまにはこういう奉仕も悪くはない。はしゃぐウィルと冷静なシュラク、そんな対照的な少年二人を連れて屋台市へ。
屋台市は今日も賑わっていた。
「海鮮あんかけと炒飯食いたい!それから焼餃子にあと杏仁豆腐と」
辺りに充満する匂いに手有り次第に希望を挙げるウィル。
「好きなもん食べていいよ」
安価な料理が並ぶここならたとえ子供達が無茶を言っても対応できるだろう。
三人は屋台のカウンターに腰を下ろすと、二人からオーダーを聞き、エルツがまとめて注文をする。
「はい、海鮮あんかけ」
サーブテーブルに現れた料理をエルツの手からひったくるように皿を奪うと、猛烈な勢いで食べ始めるウィル。
その隣でシュラクは春巻きと炒飯を受け取りエルツに礼儀正しく礼をした。
「おかわり」
空になった皿を台座にさげ、次の料理を要求するウィル。
何となく一抹の不安がエルツの脳裏を過ぎる。
「エルツさん、後悔しますよ」
シュラクがさらりといったその言葉。
その言葉に不安を覚える間もなく、積み重ねられてゆく皿の数。
「ウィル、お前食い過ぎだろ。無理すんなよ」とエルツ。
ウィルは口一杯に料理を頬張りながら、もごもごと口を動かした。
「しんとうめっきゃくひゅればひもまたすずし」
心頭滅却すれば火もまた涼し、と言いたかったのか、何にせよ意味がわからん。
ここで、無理に食べる修行をされても減るのはエルツの財布の中身なのだ。
「お前、奢ってもらってるんだから少しは遠慮しろよ」とシュラク。
「ばじとんぷー」
食べてるものをシュラクにあてつけのように見せながら頭の横で両手でクルクルパーを見せるウィル。
馬耳東風と言いたかったのだろうが、あながち使い方は間違ってもいない。
結局、その後ウィルは十人前程の料理を平らげるのだった。
食事代は三人合わせて314ELK。随分高くついた食費にエルツが若干肩を落としながらコミュニティルームへと向っていたその時、腹を膨らませたウィルが口を開く。
「食い過ぎた。ヘルプミー!へーループーミー!!」
大声で叫ぶウィル。
「馬鹿だろお前」
シュラクの冷静なつっこみにウィルがシュラクの頭をバシッと叩くと、二人はそのまま掴みあい広場の中央へ転がり込む。
縺れ合い、ウィルに投げ飛ばされたシュラクが、杖を片手に水球を発動するのがエルツの目に映った。
――止めるべきか――止めざるべきか――
腹の膨れて動きの鈍ったウィルは水球の直撃を受けて、地面をゴロゴロと転がる。
「シュラク! お前、あったま来たぞこのフルチンが!」
「誰がフルチンだ。お前言葉の意味わかって使ってんのか?」
シュラクの返しに顔を真っ赤にさせ怒りに身を任せたウィルが何やら緑色の杖を取り出して見せた。
「Air Cutter[エア・カッター]!!!」
ウィルの印言と同時に勢いよく放たれるは空気の刃。目には見えないその刃に、シュラクがその場を転がり始める。
「ウィル、お前! 風属性魔法は危ないから止めろ!」
「Air Cutter!!!」
聞く耳持たず乱射するウィル。
「Air Cutter!!!」
フリーエリア内にいる他のプレイヤーから悲鳴が上がる。
どうやらこの魔法は飛距離が他の魔法に比べて長いらしい、その上見えないとなると確かに性質が悪い。
――流石にコレは止めるべきか――
「ウィル、止め!ストップ、ストップ!」
そう言って止めに入ったエルツに対して、何の躊躇いも無く杖を振りかざすウィル。
「Air Cutter!!!」
「ちょっ、待てって……! うぉぉぁ!?」
直撃を食らって吹っ飛ぶエルツ。さらにスキルポイントが尽きるまでAir Cutterを乱射したウィルは最終的にフリーエリアでPvPを楽しんでいた他の冒険者達の手によって取り押さえられた。
「本当にすみません! 本当に申し訳ないです!」
ただただ平謝りで他の冒険者達に詫びるエルツ。散々暴れまわって満足げな表情を見せるウィルに対して、シュラクが静かに「このバカ」と呟いた。
疲れきった一同はコミュニティルームに戻ると、ソファーに倒れ込む。
「ああ、しんどい。ウィルほんとに頼むよ」
俯けに倒れたエルツは、パーソナルブックを開いたウィルに対してそう呟いた。
「あ、エルツLv5になってる」
その事実に気づいたウィルが声を上げる。
「本当だ」とシュラク。
飛び起きるウィルが何かを決意したかのように声を張り上げる。
「よし、エルツ明日狩り行くぞ!」
「狩り?」
ウィル達と狩りか、それはちょっと興味があるが、興味以上に恐怖がある。
エルツがテーブルにあったウィスキーを水で割りながら、そんな事を考えていると、突然ウィルが立ち上がり大声で「Naked On」と叫んだ。
そのまま全裸になるウィルを前にただ呆然とするエルツ。
「な、なにやってんのウィル?」
「シュラク、エルツ来い!」
そう言って意気込んで奥の部屋へと消えていくウィル。そして、中から立ち昇る湯気と水の音。その後をはぁっと溜息をついて、奥へと向うシュラク。
エルツはウィスキーを口にその様子をただ眺めていた。
「え、ここシャワールームついてたんだ」
エルツがそんな事を呟きながらソファーに佇んでいると、シャワールームからウィルが勢い良く飛び出してきた。
「何してんだエルツ! 早くこい!」
今一、一緒に入る必要性が分からずエルツが渋っているとウィルが声高らかに叫ぶ。
「エルツ、負けるのが怖いんだろ!」
「負けるって何が?」
エルツの言葉にウィルは不敵な笑みを見せる。
――ほう――受けてたってやろうじゃないか――
「上等じゃないか。小学生が大人に喧嘩売るとは、格の違いを見せつけて……」
エルツの言葉を全て聞かずに、シャワールームへ駆け込むウィル。
その後を追い、エルツは已む無くシャワールームへと向うのだった。
宿とは違い、中はそこそこの広さを有していた。
湯船は三人が浸かれるほどの大きさが充分に有り、身体を洗い流した一同は湯船で今日一日の疲れを洗い落とす。
「ああ、生き返る。こんな広い湯船は久々だな」
浴槽に潜りながら尻を水面にプカプカと浮かべるウィル。シュラクが浴槽へ入ってくると、一度ウィルは顔を上げた。
「桃」
無視するシュラクに再び水面に浮かぶ桃が一つ。
エルツとシュラクは気にせずに会話を始める。
「ここのお風呂広くていいね」
「うん」
くつろぐエルツの目の前で何やら青色の杖を片手に怪しげな動きを始めるウィル。
嫌な予感をエルツが感じ取った時には時既に遅し。
「Water Sphere[ウォーター・スフィア]」
舞い上がる凄まじい水飛沫。
ウィルの掛け声と共に現れた水球が浴槽で爆発する。
「うぉぉぉぉ!?」
勢いで浴槽の縁に叩きつけられたエルツの目の前で、天井に向かって吹っ飛び激突して、再び湯船に沈むウィル。いち早く危険を察知したシュラクは湯船から出て冷静にその様子を眺めていた。
「痛ってぇ! 背中打った!」と湯船から顔を出すウィル。
「自業自得だ、アホか!」
「確認するまでもないですよ」とシュラク。
賑やか極まりないやりとり。だが、若い二人のエネルギーに触れる事はエルツにとっても新鮮だった。自分の小学生の時を思い出す。水面に尻を浮かべて「桃」と言い放つただそんな意味もない所作がおかしかった時代もある。
そんな二人にかつての自分を重ねて比較するのも、それはそれで感慨深いものだった。あの頃の自分と今の自分では物の捉え方、感性がまるで違う。
――幼い、あの二人の目にはこの世界は一体どんな姿に映っているのだろう――
たまにはそんな童の見る景色に想いを馳せてみるのも悪くない。
エルツはふとそんな事を考えていた。