S3 初心者講習 PB編
囲炉裏を囲んで三人が楽しく談笑していると、ギルドの外から何やら甲高い怒声が聞こえてきた。
なんの挨拶も無く凄まじい勢いで飛び込んできた二人組は部屋の中で身体全体をつかって飛び跳ねて、誰に宛てるというわけでもなくジタバタし始める。
「全クモッテ、ふ・ざ・け・て・るデシ! たかが生肉の一ツで殴り合い喧嘩するなんて愚の骨頂デシ! げに、愚かデシ! デキルことならナウマンゾウのウ○コを重りにつけて三途の川に沈めてやりたいデシ」
聞き慣れない口調の主は、愚痴らしき台詞と共に、ギルドへと後向きに姿を現した。背丈の小さな、毛むくじゃらの喋る生物。その後ろからその生物を見守るように黒髪に丸眼鏡を掛けた青年がやってきた。
「あんまり騒がないで下さいな、余計に疲れますよ」
丸眼鏡の青年の言葉に、その不思議な生物は股間に頭突きを以って青年の要求に応えた。悶絶しながら地面に沈む丸眼鏡の青年をおいて、満足そうに頷きそして振り返る。そこで、初めてその生物と囲炉裏でくつろいでいた三人の視線が合った。
「何デシかお前タチ」
その小さな生物の奇怪なプレッシャーに、思わず口篭る三人。兔の耳に猫の髭、二本足で直立歩行するその生物は三人を凝視していた。
「あの、僕達・・・初心者講習を・・・」
恐る恐る答えたスウィフトに、突然その小さな生物は大声を上げた。
「ルーベンスがいないデシ! これだからあの阿呆には任せられないデシ、お客さんほっぽり出してどこ行ったデシ! ちょっとナウマンゾウのあれを持ってくるデシ。今日という今日こそシズメテやるデシ」
激昂する小さな生物の扱いが分からずただ当惑する三人の前に、ようやく、頭突きの痛みから解放されたのか、丸眼鏡の青年が起き上がってきた。
「冒険者の皆さん前に激昂してるあんたもどうかと思いますがね」
「口の利き方に気をつけるデシ、この眼鏡マニア」
再び頭突きが、股間に刺さるのを確認し、三人は頑なに口を閉ざす。
「で、何デシか。初心者講習デシね。よし、ジャ、今から早速やるデシ。申し遅れたデシ。我輩がここギルドマスターの[クリケット]デシ!」
クリケットと名乗ったその小動物はぴょんと飛び跳ねエルツの隣に腰を降ろした。
「何してるか、コーザ早くお茶でも皆さんに出すデシ」
クリケットを恨めしそうに睨み付けているコーザと呼ばれた丸眼鏡の青年は、フラフラと立ち上がり、物々いいながら小屋の奥へと消えていった。
「じゃあ早速デシがパーソナル・ブックの使い方から説明するデシ。超重要事項だから絶対覚えるデシ」
「ぱーそなるぶっく?」
当惑する三人を他所に説明を開始するクリケット。
「まず手を前に出すデシ。どっちの手でもいいデシ。でも気が進まないなら別に無理に出さなくてもいいデシ」
「いや、どっちだよ」
思わず突っ込んだスウィフトの勇気にエルツは素直に感動していた。
「出した方がカッコイイのデシ」
クリケットの言葉にそれぞれ囲炉裏に向かって手を差し出した。
「ソウ、デシ、それでこう言うデシ。ブック・オープン!」
「え、ブック・オープン?」
エルツがそう問い返した瞬間、差し出した右手の前に閃光が迸った。
「うぉぉぉ、何だ!?」
柄にも無く大声で驚くエルツの横でポカンと口を開けて呆けるスウィフト。彼もまた驚いているのだ。
ボンッとまるで煙でも噴出したのかと思われるほどベタな効果音が鳴り響き、いや実際に確かに僅かながら煙は出ていた。
今エルツの目の前には銀色の輝きを帯びた大きな本が一冊宙に浮いて漂っていた。
「それが、パーソナル・ブックデシ。この世界ではよくPBなんて略されるデシ。手にとって開いてみるデシ」
クリケットに言われるがままにエルツはPBに手を伸ばし、中を開く。他の二人も遅れて、それぞれがPBを開き始める。
手に取った本を開くと、中にはまるでパソコンのデスクトップ画面のような映像が映し出されていた。驚いたのはそれだけじゃない。本を開くと同時にページからキーボードが飛び出してきた。
「これって……何? なんかパソコンの画面みたいに見えるけど」
「見たことないOSだけど。けど、結構このインターフェイスにはどこか見覚えあるような」
エルツとスウィフトの言葉にクリケットはニヤリと微笑んだ。
「携帯パソコンのようなものだと思ってもらって構わないデシ。機能についてはこれから説明するデシ」
クリケットにそう言われ、改めてモニターを見つめるエルツ。
携帯パソコンのようなものとクリケットは言ったけど、一体どういう構造なのか。そもそも空中からこの本が現れる事自体、現実では考えられない事だった。
やっぱり、ここは既に仮想現実の世界の中なんだ。
エルツは、自分が置かれている現状を今一度再認識していた。
「モニター画面の左上のアイコンを見るデシ」
「左上のアイコン?」
言われた箇所を見ると、そこには確かに三つアイコンが存在した。
「ええと、MailとMessengerとMy Statusって三つあるけど、どれかな?」
「まずはMy Statusデシ。それをクリックしてみるデシ」
これをクリックか。マウスが無いとちょっとやりにくいな。
「これってマウスとかってないの?」
「アル、デシ。マウスに加えてクリックマーカーもアル、デシ。PBを開いた状態で『クリックマーカー・オン』て、言ってみるデシ」
クリックマーカーって何だろう。そんな疑問がエルツの頭に過ぎったがとりあえず口に出してみる事にした。
「クリックマーカー・オン」
エルツの言葉と共に空中に現れた銀色に輝く一本のペン。
「それを使うと良いデシ。マウスは旧来通りなので説明しないデシ。クリック・マーカーは画面をなぞればペンタブ機能も果たすからより便利デシ。ペン先でコツと一回叩けばマウスでいう左クリックデシ。コツコツと二回叩けば、ダブルクリック。アト、ペンの後ろについてるボタンを押せば右クリックと同じ効果なのデシ」
「そうなんだ、ありがとう」
早速、言われた通り、クリックマーカーを使い『My Status』アイコンをダブルクリックする。ウィンドウが立ち上がり何やら情報画面が出てきた。
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〆エルツ ステータス
レベル 1
経験値 ------------ 0/100
ヒットポイント ---- 100/100
スキルポイント ---- 10/10
物理攻撃力 -------- 10(+3)
物理防御力 -------- 10(+5)
魔法攻撃力 -------- 10
魔法防御力 -------- 10
敏捷力 ------------ 10
〆装備
武器 -------- 銅の短剣
頭 ---------- 無し
体 ---------- 旅人の服
脚 ---------- 旅人のズボン
足 ---------- 旅人の靴
アクセサリ --- 無し
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「これがステータス画面デシ。これから何かと使う事が多いデシから覚えとくデシ。次のアイコン。メッセンジャーについてデシ」
慌ててステータス画面を閉じ、メッセンジャーを起動する三人。
起動すると、そこには現実でもよく使うようなメッセンジャーの通信フォームが現れた。
「メッセンジャーはとっても便利デシ。メッセンジャーを使うと、PBを通していつでもどこでもお友達と通信が可能になるデシ」
「いつでもどこでも?」
「相手がPBを開ける状態なら、いつでもどこでも可能デシ。逆に戦闘中とか相手がPBを見れない状況のみ、通信不可デシ」
クリケットは小さい身体を屈ませて、ふとエルツのパーソナルブックを覗き込んだ。
「折角だから三人でフレンド登録してみるデシ」
「あ、いいね」
相槌を打ったスウィフトにエルツも思わず頷いた。
「ええと、フレンドの追加っていうこの項目選べばいいのかな?」
「そうデシ、選ぶと通信範囲内に存在する冒険者が自動リストアップされるデシ。その中からフレンド登録したい人を選ぶデシ。この作業はどちらか一方がやればいいデシ」
「じゃあ、覚えたいから僕やるよ」
エルツの言葉にスウィフトは「OK、頼んだ」と言ってPBを構えた。
「ちなみにPBの通信範囲は3つから選べるデシ」
フレンドの追加という項目を押すと、クリケットの言った通り、プレーヤーの名前がリストアップされた。
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〆検索リスト
○ Swift
○ Lins
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そのリストの二人にチェックを入れて登録申請を申し込む。
「あ、今多分二人に申請メール飛んだ」
エルツの言葉に二人がパーソナルブックを覗き込む。
「あ、きたきた。へぇ。こんな感じで来るのか」
スウィフトとリンスの手がキーボードを弾き出し始め、暫くすると二人から登録申請受諾メールが届いた。
「ちなみにメールの使い方についてはリアルと一緒だから省くでし」
クリケットの言葉を聞き流しながら受諾メールを確認したエルツはメッセンジャーに目を戻した。すると、そこにはオンラインフレンドという項目にスウィフトとリンスの名前が挙がっていた。
「あ、二人の名前が挙がってる。これクリックすればいいのかな」
エルツが素早くキーボードを弾きながら二人にメッセージを送ると、二人からメッセージが返ってきた。
「メッセも現実と同じか。これいつでもどこでもってかなり便利だね。本当にパソコン持って歩いてるようなもんなんだ。あ、バラバラだと面倒だからスウィフト、今リンスとのメッセの方に招待するね」
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参加者:Elz Lins
Elz:test
Lins:よろしくね
Elz:よろしく!
Elz:今スウィフトこっち呼ぶね。ちょっと待って
Lins:うん
Swiftが招待されました
参加者:Elz Lins Swift
Swift:よろー!
Elz:よろしく!
Lins:よろしくお願いします
Swift:てゆうか飲み込み早いなエルツ
Elz:そうかな。だってリアルのメッセと一緒じゃない?
Swift:いや、まぁ確かにそうだけど、それにしてもやっぱ廃人……
Elz:その言い方止めろって:P あ、クリケットが何か言ってるから戻ろう
Swift:おk
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「大体使い方は分かったみたいデシね。飲み込みが早くて嬉しいデシ」
丁度その時、コーザが丸い彫り木の盆の上にお茶を持って現れた。
「遅いデシ!」
「そんな事言ったってお湯沸かしてたんですからしょうがないでしょうが」
コーザに差し出されたお茶を手に三人は礼を言って茶を啜り始める。
「PBの説明については以上デシ。追加機能についてはこれから冒険の中で自分達で学ぶといいデシ」
「うん、色々ありがとうクリケット。助かったよ」
スウィフトの言葉にクリケットはきょとんとした表情を見せた。
「まだ終わりじゃないデシ」
「え?」
今度は一同がきょとんとする番だった。
「お茶飲んで休んだら次は戦闘講習デシ!」
「戦闘講習!」
クリケットの言葉に一同の目が光る。
戦闘、それは冒険者達に無くては欠かせない大切な要素である。
高鳴る胸の鼓動。エルツは期待に胸を膨らませながら手にしていた茶を飲み干した。