S20 魔法演習
■双華の月 氷刻 8■
>> Real Time 4/22 7:20
和かな日差し。木の香り漂うベッドの上でエルツは独り呟く。
「今日からしばらく一人か」
何をするのか。この世界では目的は探せばいくらでもある。窓辺に映る朝日に光輝く海原を背に、エルツはPBを見つめていた。そして、ある事に気づく。
「そう言えば、ファイアロッド買ったまま忘れてたな」
装備品を変更し、エルツは杖を手に持つ。
見慣れない材質で作られたその杖は片手で裕に振りぬける程軽い。手元には赤い鉱石のようなものが埋め込まれたその杖を振るたびに、空中に赤い軌跡が現れる。
「なんだコレ。面白いな」
暫く、空中文字を楽しんだエルツはそのまま首を捻る。
「これって出したはいいけど、どうやって魔法使えばいいんだろ。スニーピィさんに聞いとけば良かったな」
そう思ってカード情報を見ていると、そこには詳細ページへのクリックがあった。
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●ファイアロッド
▽Fire Ball (消費SP:3)
印言 Fire Ball [ファイアボール]
刻印 FB
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「何だろう、印言と刻印って」
エルツはそう呟きながらパーソナルブックを閉じる。
とりあえず、今日の目的は決まった。エルツは腰の金具に杖を括り付け部屋を後にする。
広場から東門に向かって通りを抜け、平原へ。
魔法を使うだけが目的なら街からそう離れる必要は無い。
エルツは街からそう遠くない木陰で一人杖を取り出した。
「さてと、始めますか」
とりあえずは杖を振って入れば何かが起きるだろう。そう考えたエルツは、やたらめったらにその場で杖を振り回す。が、赤い軌跡が縦横無尽に空中を暴れ狂うだけで、魔法らしい現象は発生しない。
「何も起きないか。やっぱ呪文みたいに唱えないといけないのかな……声出すの小っ恥ずかしいよな」
そう呟きながらエルツは杖を近くの低木に向けながら小声で発音する。
「Fire Ball[ファイア・ボール]」
エルツの声だけを爽やかな風がさらって行く。
声が小さかったのだろうか。エルツは一つ咳払いをして大声で叫んだ。
「Fire Ball!!」
しかし、またしても起こるべき現象は何も起こらなかった。
草原の木陰でただ一人で大声で叫ぶ一人の冒険者。
それを傍から見たらどれだけ恥ずかしいか、想像しただけでエルツは赤面する。
「不良品か、コレ?」
そう言いながら、杖を振り、もう一度投げやりに「Fire Ball」と発音するエルツ。
乾いた効果音。突然、足元に向かって飛び出した火球にエルツは慌てふためきその場から飛びのいた。
「うぉ!?」
足元が小さな炎に包まれて、そして消えていくその様子を見つめながらエルツは驚いた表情で杖を見つめていた。
何で、突然炎が飛び出したのか、少しずつ冷静さを取り戻していく中で、エルツはその理由を考えていた。
「そうか、振りながら発音するのか」
エルツはその考えを確かめるように、もう一度杖を振り叫ぶ。
「Fire Ball!」
先程と同じ乾いた効果音と共に杖先に炎が発生し飛び出すまで、その間僅か一秒。
推測が確信へと変わったエルツは歓喜の声を上げる。
「出た出た、これ気分いいな。これが印言ってやつか」
エルツは杖を振り回しながら、ふとした疑問を浮かべる。
でも、スニーピィさんって魔法使うとき呪文なんて唱えてたっけ?
そして、エルツはカードの説明にあったもう一つの単語の事をそこで思い出した。
「刻印ってのは何だろ。単純に考えれば、何かを刻むんだよな」
そう呟きながら、エルツはちょっとしたインスピレーションの下に、再びPBを開いた。
「刻印 『FB』か。試してみるか」
その言葉と共にエルツの杖が描く赤い軌跡が『FB』の文字を刻む。
すると、杖先に印言を唱えた時と同じように、赤い火球が現れた。現れた火球は杖が向けられた方向へと勢いよく飛んでゆく。
「なるほど、これが刻印か」
印言と刻印、どうやら魔法を使うにはこの二種類の方法があるようだった。
その具体的な使い分けについては今は見えないが、きっと何か意味があるのだろう。まぁ、追々覚えていけばいい事だ。
「よし、早速実戦で試してみよう」
早速、杖の使い方を覚えたエルツは、近場のマンドラゴラの森へ。
魔法の使い方を覚えて、浮き出しだったエルツは早速一匹のマンドラゴラに狙いを絞る。
「Fire Ball!!」
エルツの掛け声によって勢いよく飛び出す炎。
炎の直撃を受けたマンドラゴラは真っ赤に炎上し、その場で暴れ狂う。
そして……
「Piiiiiiiii!」
魔法の効果に気分を良くしていたエルツはマンドラゴラのスクリームの事を完全に忘れていた。怒り狂い、炎上したマンドラゴラが麻痺して動けなくなったエルツに襲い掛かる。
「ヤバイ!? Change Weapon 銅の斧」
完全な泥仕合と化したエルツは、死に物狂いの戦闘の後、辛くも勝利を収める。
調子付くのはエルツの悪い癖。前途多難を感じさせるソロ生活は今始まったのだった。