S18 Exp Penalty<経験値ペナルティ>
■双華の月 氷刻 6■
>> Real Time 4/22 5:42
スニーピィのアドバイスによりマンドラゴラ狩りを開始してから二日が経過しようとしていた。一日の狩り時間は休みながら午前午後と合わせて七時間。その時間で凡そ三十匹弱のマンドラゴラを狩る事が出来る。つまり、この二日間で六十匹近くのマンドラゴラを狩る計算になる。そして、嬉しい出来事はその日の夕方、狩りを終える頃に起こった。
「ラスト三匹!こいつとあとニ匹で終わりにしよう」
「オーケー!」
そうして、マンドラゴラを囲みエルツが止めの一撃を加えたその時だった。
粒子化を始めるマンドラゴラの前で立ち昇る真白な煌びやかな光と、爽快な効果音。その光に包まれながらエルツは声を上げた。
「うぉ、Lv上がった!?」
「おめー!」
駆け寄るスウィフトとリンスに礼を言うエルツ。
そんなエルツを見てスウィフトは羨ましそうに声を上げる。
「もうLv4 かー。早いな」
「スウィフト次のLvまであといくつ?」とエルツ。
スウィフトはパーソナルブックを開き見つめる。
「僕はまだ経験値78だから、あと22稼がないと」
「そっか、じゃあこのペースで行けば二日後には上がるか。リンスは?」
リンスもまたPBを開いた。
「私は経験値33だから、まだまだみたい」
「そっか、随分開きが出ちゃったな」とエルツ。
スウィフトは辺りのマンドラゴラのLvを確認しながらふと呟く。
「この辺りのマンドラゴラLv5が上限だから、そうなるとパーティ組んでたら僕らは経験値入ってもエルツには入らないよね。どうしようか、狩場変える?」
「いいよ、二人のLv上がるまで付き合うよ。一人だけ浮いてもつまんないし」
エルツの言葉に笑顔を見せる二人。
どうせゲームをするなら皆と楽しくプレイしたい。それは廃人と呼ばれる人間達にとっては非合理なプレイスタイルかもしれない。かつては自分も闇雲にゲームを極めるためだけに、効率を求めたプレイを続けた事もあった。だけど、そんな中、ふと楽しいはずのゲームをしながらも、虚しさを感じる事があった。自分は何のためにゲームをしているのか、分からなくなる瞬間があるのだ。ゲームをする以上、与えられた全ての要素を満喫したい。それは何のためなのか、たまに分からなくなる。極めるという行為は誰のためにあるのか、他人に認められるため? いや、違う、本来極めるというその行為は自分自身のために存在する行為の筈だ。
それが、今のエルツのゲームをする上での信条だった。たとえ、非効率なプレイでもいいじゃないか、そんな考え方をする自分にエルツは自分自身、驚きを隠せなかった。
そして、エルツはそんな変化を帯びた自分だからこそ、今はこう思うのだ。
――僕は廃人失格だな――
微笑するエルツ。その微笑の意味がわからずに顔を見合わせるスウィフトとリンス。
しかし、そんなエルツの信条とは裏腹に、ここへ来て一同はある選択を迫られる事になる。
「ラスト2!」
エルツの掛け声と同時に狩りが開始される。狩りには全く問題は無い。各々がぞれぞれの仕事をこなし、問題なく一同は一匹のマンドラゴラを狩り終えた。そのLvは5。本来ならLv4のエルツには経験値は入らないが、Lv3のスウィフトとリンスには『1』の経験値が入る事になる。
「あれ、今の経験値入ってない……」
それはスウィフトの一言から始まった。
「私も」とリンスが続く。
そう、エルツはまだしも、Lv3のスウィフトとリンスに経験値が入らなかったのだ。
これが何を示すのか。しかし、何かの間違いという事もある。
それからラストの一匹を狩り、もう一度確かめてみてもやはり、経験値に変化は無かった。
その日の夜、コミュニティルームに顔を出した一同は今日の出来事をドナテロ達に語っていた。
「そいつは、経験値ペナルティだな」
「経験値ペナルティ?」
聞きなれないドナテロの言葉にエルツは思わず聞き返す。
疑問を満面に浮かべるエルツ達にドナテロはわかりやすく図解で説明してくれた。
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差出人 Donatello
宛先 Elz,Lins,Swift,
題名 Exp Penalty<経験値ペナルティ>
本文 ○経験値表
Lv差 入手経験値
0 1
1 2
2 4
3 8
4 16
5 32
○経験値計算
パーティの場合、上記表の入手経験値をパーティ人数で割る事になる。
その際、対応する入手経験値はパーティで【最もLvの高いプレーヤー】
を基準とする。
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メールを送りながらドナテロは皆に分かりやすいように説明を加えてくれた。
「大体はメールの通りだ。表を見て分かるとおり、基本入手経験値はLv差が開く程、倍々になっていく。パーティの場合、経験値分配の際は端数は切り捨てられる。例えば、Lv3の三人パーティがLv5のモンスターを狩った場合は。
4(入手経験値)÷3(パーティ人数)≒1.3333・・・(小数点以下切捨て)
つまり、『1』の経験値を得る事になる」
ドナテロの説明にエルツ達は頷いた。
「そのうち例えば一人がLv4に上がったとする。すると、このパーティの入手経験値はLv4の冒険者を基準とする事になる。Lv4の冒険者がLv5のモンスターを倒した場合の基本入手経験値は『2』。これを三人で分配すると。
2(入手経験値)÷3(パーティ人数)≒0.666666・・・(小数点以下切捨て)
つまり、入手経験値が『0』って事だ」
ドナテロの説明に一同は納得して頷いた。
「なるほど、それで経験値が入らなかったのか」
「まぁ、三人パーティってのはどうしても端数が生まれるからな。この世界ではあまり組む奴はいない。この世界での基本は大体四人パーティでLv差2〜3の奴を狙うってのが主流だな」
ドナテロの非常に参考になる説明にただただ唸る三人。
その説明を聞いてエルツは声を上げた。
「そっか、それじゃ僕はパーティから抜けた方がいいね」とエルツ。
その言葉にスウィフトが顔を上げた。
「抜けなくてももっとLvの高いモンスター狩ればいいんじゃない?」
「いや、それは危険が高いよ、実戦やってて分かったけど、今の僕らがLv3以上離れた敵と戦うのは厳しいよ。それだったら僕が抜けて、ソロになって。二人がパーティ組む形にすればLv4のモンスターからも経験値が入るようになるよ」
エルツの言葉に二人は少し気は進まなさそうだった。
折角ここまで一緒にやってきた仲なのだ。そんな二人の気持ちとエルツも同じ気持ちだった。
「大丈夫、ソロになるって言っても離れるわけじゃないし、同じ場所で狩るつもりだよ。自分はソロでLv4のモンスターを狩れば経験値入るし、二人とターゲットのLv帯も同じになるから」
「そっか」
エルツの言葉にスウィフトが納得の声を上げた。
エルムでは皆同じ場所でそれぞれバラバラに蟹を狩っていたのだ。
要はそれと同じ事だ。
そうして、今後の方針は決定された。
冒険者達の歯車には現れ始めた僅かな変化。
それは少しずつだが、確実に進行しつつある変化だった。