S12 夢集う処
闘いを終えた一同。メンバーの何人かはその疲労からか、そのまま宿へと引き返して行った。残りのメンバーは満身創痍の身体を引きずりコミュニティルームへ。
部屋ではオルガが一人酒を飲んでいた。
「オルガさん。聞いて下さいよ。新入りが勝ちましたよ」
ドナテロの脇に顔を挟まれてエルツはオルガへと突き出される。
「いや、あれは偶然というか。フランクさん居なければ到底勝てなかったし。運が良かったというか」
オルガはそんなエルツの顔を見てふっと笑った。
「それでも、勝ったのだろう。大したものだな」
その言葉に少なからず赤面してエルツは「ありがとうございます」と礼をする。
「オルガさん居たらまた面白かったのにな。十二人 VS オルガ」とドナテロ。
「いくらオルガさんでもそれは」とスニーピィ。
そんな一同の談笑をオルガは微笑ましく見つめていた。
そして、立ち上がるオルガ。
「それでは、俺はそろそろ失礼しよう」
「え、マイルームですか?」とスニーピィの質問にオルガは首を振った。
「少し現実で入用が出来てな」
「ああ、ログアウトするんですか。でも今現実って夜中ですよ?」
オルガはそれ以上は語らなかった。
「それじゃあ、またっすオルガさん!」とドナテロ。
「また対戦して下さいね。今度は一泡吹かせますよ」とスニーピィ。
オルガはそんな言葉に微笑すると、後ろ向きに手を振って去って行った。
去って行ったオルガに二人はふと顔を見合わせる。
「なんかオルガさんいつもと雰囲気違ったな。何でだろ?」
「なんか寂しそうじゃなかった?」
ドナテロとスニーピィがそんな会話をする中、エルツはケヴィンとスウィフトと共に、優勝賞金の使い道に迫られていた。
「酒の一、ニ杯今度奢れよ。高い酒な」とケヴィン。
「ああ、分かったよ」
とエルツが答えるとケヴィンはニヤリと笑った。
「それにしても、よく最後ドナテロさんに立ち向かってたよな。普通ビビッてあの間合い入っていけないぜ」とケヴィン。
「だって廃人だもん」とスウィフトが続けて笑う。
ソファーでは既にウィルとチョッパーの二人が眠りこけていた。シュラクというあの少年はちゃんと宿に戻ったようだった。他にもリーベルト・フランク・ユミル・リンスの四名も既に宿へと引き返していた。
「ああ、でもマジでショックだよ。何で俺負けたんだろう。Lv差5もあるのに」
ケヴィンが再びウィスキーを煽りながらそう呟く。
「エルツの動体視力半端じゃないんですよ。だって彼何かのシューティングゲームで全国スコアランキングベスト10になった事あるらしいですよ」
「え、マジかよ!?」と驚くケヴィン。
そこへ笑顔でドナテロとスニーピィが入ってきた。
「なんだよ、その話聞いてないぞ」とスニーピィ。
「でも、お前、このゲームって視力・聴覚・身体能力、その他諸々皆同じに設定されてるんだぞ」とドナテロ。
「ああ、そういえば同意書に書いてあったよね」とスニーピィ。
その言葉にケヴィンは納得行かないように口を開いた。
「え、それじゃ何で俺負けたんすか!」
「センス」
と、ドナテロのその一言にガクリと肩を落とすケヴィンを見て皆笑いを漏らす。
「って冗談だよ。お前本気でショック受けてるだろ」
「いや、そりゃショックっすよ!」とケヴィン。
「酒も回ってるし、読みがただ当たったのかも知れないし。だろ?」
と、ドナテロの言葉にエルツは頷いた。
それを見て、少し安心した表情を浮かべるケヴィン。
しかし、あの時のエルツのあの動きを傍から見ていたスニーピィとスウィフトにとってはそれはあながち、笑って冗談と済ませられるものでも無かった。
そして、ドナテロ自身、最後のあの風車をかわしたあのエルツの動きが、偶然なのか、それとも……。その真価は量り切れずにいた。
「いずれにせよ、これからが楽しみだな」
その言葉に一同は皆思い思いに頷いた。
「そう言えばさっきログアウトみたいな言葉出てましたけど、皆さんって何時頃、ログアウトしてます?現実時間で今日仕事なんですけど、流石に寝ないで仕事はまずいですよね。今大体現実だと三時近くか、もうログアウトして寝ないとまずいですよね」と笑いながらスウィフト。
「いや、こっちで寝てログアウトしてそのまま仕事行けばいいんじゃない?」とスニーピィ。
こっちで寝る。そんな事が可能なのか。
「うちらはいつも大学行くギリギリまでこっちの世界居て。こっちで数時間寝てからログアウトするってパターンかないつも。このゲームやってる人は皆大体そうだと思うよ。ちなみに仕事って何やってるの?」とスニーピィ。
「流通事業の一般経理ですよ。つまらない仕事です」とスウィフト。
「へぇ、なんか難しそうだね。うちなんか就職嫌だから大学院行ったようなもんだし、社会でるの怖いわー」とそう漏らすスニーピィ。
「いや、出てしまえばなんて事ないですよ。就活は確かに大変でしたけど」
「でしょー?」とスニーピィが不安気な顔を見せる。
そしてふとスニーピィの視線がエルツへ。
「エルツは何やってるの?」
「僕ですか? フリーですよ」
そう断言したエルツに一同が酒を吹き溢す。
「迷い無く断言したな」とドナテロ。
「え、フリーって生活は? 実家?」とスニーピィ。
「いや、一人暮らしです」とエルツ。
「一人暮らしで、フリーって事は仕送りかなんか? ごめんねこんな事聞いて。ただ自分も就活だから参考にしようと思って」
スニーピィの言葉にエルツは特に気にするようも無く笑顔で答えた。
「いえ、実は自分大学行ってないんです、高校出てからすぐゲーム会社に就職したんで」
「ゲーム会社! すごいじゃん!?」とスニーピィ。
「いや、でも就職って言っても最初はアルバイトなんで全然凄くないんですよ」
苦笑いするエルツ。
「そこで、一年間働いて、契約社員になって、それから数年、色々なゲーム制作に携わってきたんですけど、最近になって抱いてた疑問が爆発しちゃいまして」
「抱いてた疑問って……?」
「制作サイドとユーザーサイドの意識の差異というか、製作現場に対して不信感持ってしまったんですよ。作ってるゲームに対して今一ユーザビリティ以前にエンターテイメント性を感じないというか。単純に言えば作るゲームが面白くなかったんです」
エルツの言葉に一同は興味津々といった様子だった。
「え、それで」とスニーピィ。
「辞めたんです。今はその時溜めた貯蓄で生活してる状態ですよ。そんな折、このゲームに出会って。正直ゲームに嫌気が指してた部分はあったんですけど、折角高い抽選のアカウントが取れたんだしやってみようと思って」
「それで今に到るってわけか」とドナテロ。
一同は頷く中、スニーピィはこんな質問をエルツに投げ掛けた。
「僕、素人だからさ、ゲームってどうやって作られるものなのか、全然わからないんだけど。最初ってどうやって組み立てられていくものなの? 僕さ、自慢じゃないけど、ゲームのアイデアならいっぱい湧いてくるんだ」
「起案するときって、主に二通りの方法があるんです。ターゲットユーザーを定めてから、それに沿ったコンセプトを定める場合と、コンセプトを決めてからターゲットユーザーを定める場合、ターゲットユーザーを先に決めた場合は、アイデアの枠がある程度絞られてしまう。対して、コンセプトありきで先に決めた場合は、ターゲットユーザーを考えたときに意外に広がらないときがあります」
ケヴィンがここで口を開いた。
「悪ぃ。俺も質問あるんだけど、そもそもターゲットとコンセプトって何?」
「ターゲットっていうのは、どんな人達に向けた製品なのか、格闘ゲームが好きな人にロールプレイングを勧めても心に響く可能性って少ないですよね。コンセプトっていうのは、これはゲームのアイデアに近いんですが、その製品の遊びの端的に表した概要です」
スニーピィがにこにこしながら、その先を急かす。
「それが決まったあとって、どうするの」
「コンセプトとターゲットが決まったら、その後は、そのコンセプトからターゲットユーザーがどんな効能を得られるか、俗にベネフィットと呼ばれてるんですけど、ユーザー利益を書きます。一件、小難しいこと言ってるようですけど、実はすごくシンプルで、『直感的なアクション操作によって、爽快感を味わえます』とか、ただ実際はここに新規性があるかどうかが次の課題になりますけど。」
スニーピィがソファの上で飛び跳ねた。
「おもしろい、おもしろい。その後は?」
「実は、起案で求められている最も重要な部分ってここだけで、その後は商品企画書としてまとめるときにハードとか世界観とか、世界観とゲームルールとの絡みとか、商品展開案とか、だいぶ書き易くなってる筈ですよ」
ここでドナテロがふとこんな質問を投げかけてきた。
「簡単そうに言うけど、やっぱ考えるのは俺には難しそうだな。ちなみにさ。エルツ、ゲームの元制作者としてこのゲームの感想ってどうなんだ?」
その質問にエルツはふと間を置いた。
「課題はまだまだ一杯抱えているでしょうね。でも、五感で世界を体験できるRPGの先駆者として、ユーザーが実際にVRS独特のプレゼンスを通して、仮想世界の中でロールプレイングできる。これは素晴らしいことだと思います。このARCADIAって現実とは異なる二次社会なんで、この世界に対して、それぞれのユーザーが見出すベネフィットって、様々だと思いますね。多分、多くの人はここにセカンドライフを求めているんじゃないかな。色々思考錯誤してるからこそ、だからまだオープンβの段階なんじゃないですかね」
スニーピィが立ち上がった。
「僕さ、こんなゲームがこの世にあるなんて、このゲームを作ってくれた開発に携わっている人を心から尊敬するよ。正直、このゲームに出会って本当に救われたもん。皮肉的な人達は現実逃避を助長する、なんて社会問題に取り上げる人もいるけど、そんなの僕らのさじ加減一つだし」
フランクがここで口を開いた。
「エルツさんなら、D.C社に入れるんじゃないですか?」
「そうだよ、D.C社入っちゃなよ? それで僕たちにチートさせてよ」と笑顔でスニーピィ。
「お前随分簡単に言うな。お前、就職倍率、難関大学の比じゃないぞ」と失笑するドナテロ。
「入りたいのは山々ですけどね。なかなかそれも難しいですよ。しかも開発元は海外だから、言語から勉強しないと」とエルツ。
「そっか、やっぱ社会って色々大変なんだね」とスニーピィ。
そんな会話をしながらそれぞれの将来の目標を語り始める一同。
そこは、仮想の世界でありながらも、ここの冒険者達が現実に生きているという事を実感させられる一幕だった。
「あ〜、でも残念だなぁ。折角いい話聞いたのに。この記憶現実に持って帰れないんだもんな」
そう呟くスニーピィにエルツとスウィフトは思わず聞き返した。
「どういう意味です?」
その問いにスニーピィはきょとんとした。
「そっか、二人はまだ知らないんだっけ。ログアウトするとこのゲームの記憶って現実では無くなるんだよ」
「え?」
ログアウトすると記憶が消える? それじゃあ……
「正確には完全に消えるわけじゃないんだ。漠然とこのゲームの楽しいというイメージだけは残ってて。中には残ってる記憶もあるんだけど」
そう言ってスニーピィは例えを探して口を開く。
「そう、ちょうど夢から醒めたようなそんな感覚」
その言葉にエルツはふと同意書の内容を頭の中で思い返していた。
――VRSでは脳内[ブレイン]サーバーに共有空間を作り出すため、ゲーム内で起こった全ての現象は記憶として残る可能性があります――
そう、それは裏を返せば、基本的には記憶は消されるという事に他ならない。
「そんな、折角皆と出会えたのに。忘れちゃうって事ですよね」とスウィフト。
そんなスウィフトにスニーピィは笑顔を見せた。
「でも、安心して。ここへ戻ってくればまた記憶は元通りになるし。皆とも会えるよ。現実に記憶が持ち帰れないってルールは実はゲーム稼動時には無かったらしいんだ。オルガさんの話だと、何でもここでの記憶を現実に持ち帰ると、現実と理想の乖離性が薄れて、現実でもここで出来る事が出来るような気になって、それで現実で事故を起こす人が多発したらしいんだ」
「それニュースで見ました」とスウィフト。
そのニュースはエルツも見ていた。それはつい三ヶ月程前の事。ゲームが稼動して一ヶ月の事だった。だが、肝心なそのゲーム内容は一切公表されず、それで一層謎が深まり、ゲームの話題性が増したのを覚えている。
ゲームが稼動してから現実では僅か一ヶ月の出来事でも、この世界での時間の流れは現実の二十四倍というルールに照らすと、この世界ではそれは現実時間に換算して二十四ヶ月、約二年に相当する。この世界で生活している人間にとっては、それは生活の一部となり、記憶が現実と仮想の間で混合してもおかしくはない。
それでそのような対策が取られたのだろう。
仮想の世界での記憶が現実に持ち帰れない以上、ここで過ごした時間は現実に戻れば無意味になる。それは、何にも変える事の出来ない空白の時間だ。
それでも人は夢を見るために、この世界へアクセスする。それは何故か。
それは紛れも無い。
この短い期間でエルツが味わった出来事。
それは何にも変え難い貴重な体験。
そう、ここにはこの世界を求めてきた者達のARCADIA [理想郷] が広がっているんだ。