S1 港街スティアルーフ
■双華の月 氷刻 3■
>> Real Time 4/22 2:19
穏やかな波に身体を揺さぶられながら、その日エルツは目を覚ました。
窓の外には相変わらずの美しい海原が広がっていた。
「朝か……今どの辺りなんだろ」
寝ぼけながらエルツは、シャワールームへと向う。
身支度を済ませたエルツは部屋を出て、真白な通路を通り、一人甲板へ。
甲板に出向いたエルツを迎え入れたのは青い海原では無かった。移り変わったその世界に思わず感嘆のため息を漏らす。
海原の上に雄大に広がるその影は一続きの大陸を示していた。
「これが……レクシア」
次第に大陸が近づいてくるに連れ、その影は明確な形を持ってその姿を現した。
港には赤煉瓦の倉庫が立ち並び、港からはちょうどエルツ達が乗っているものと同型の船が今汽笛を鳴らし出航していくところだった。おそらくエルムに向かうのだろう。港の先には驚く程の規模の街並が、それはエルムとは比較にならない広がりを以って乗船している冒険者を迎え入れる。
「すごい眺めだね。こんな街があるなんて夢みたい」
そう背後から声を掛けてきたのはリンスだった。辺りを見渡すと近くの甲板にユミルとチョッパーの姿も見られた。
「あとはスウィフトだけか。もうすぐ入港だってのに。まさかまだ寝てるって事はないよな」
「三階の展望台に居るってさっきメール貰ったよ」
リンスの言葉にエルツはふと甲板から展望台を見上げる。そこには展望台の冊に寄り掛け手を振るスウィフトの姿が見えた。
船が入港すると、港は冒険者の姿で溢れ始める。
マリーンフラワー号が次々と降り立つ冒険者達。その中にエルツ達の姿も在った。
港への渡し板を歩きながら、一行は赤煉瓦の倉庫が並ぶ港へと降り立つ。石畳が敷かれた港の足場を踏みしめるとふとユミルが振り返る。
「新大陸へようこそ、皆さん♪」
ユミルの言葉に一同は辺りのその景色を改めて視界に収める。
「エルムと比べると随分雰囲気違うね。こんな発展した街があるんだ」
エルツの言葉にユミルは微笑みを返した。
「スティアルーフって言うんですよこの街。これから皆さんの活動拠点になる場所ですからしっかり覚えて下さいね」
港から降り立つと、まだゲートから出る前の港の敷地内に煌びやかな銅細工を並べた出店が目に入った。銅製[ブロンズ]のその、様々な形を象ったアクセサリの数々に暫し目を奪われる一同。エルツはパーソナルブックを取り出し、その品物を一品ずつ確認していた。
「あ、あの指輪カッコイイな」
エルツが、スティアルーフの港から眺めた風景と思われる街並みの彫られた銅製の指輪に瞳を奪われていると、ユミルが隣の出店を指差して口を開いた。
「あっちでは香水売ってますよ」
その言葉に一同は振り向く。透き通る青の六角柱型のボトルからは爽やかな香りが漏れていた。
「OCEAN BLUE[オーシャン・ブルー]っていうここの限定モデルなんですよ。オゾン系の香りなので、男性の人がよく使ってますけど、でも最近はユニセックスに使われてますね」
ユミルの説明に頭を捻るエルツにスウィフトが捕捉する。
「オゾンっていうのは香水の分類の事。アクアノートとも言われるんだけど、海の匂いとかそういうイメージを自然界には存在しない全く新しい香りで表現した分類の事を指すんだ。で、ユニセックスっていうのは男女共用っていう意味」
エルツはスウィフトの言葉に「ほうほう」と、香水瓶を手に取りながら呟いた。
「まあ、要はいい匂いって事だけはわかった」
失笑するスウィフトは、香水を手に取り、ユミルに質問を投げ掛ける。
「eaux de toilette[オー・ド・トワレ]なんだ。これって街で付けてても恥ずかしくない?」
「ええ、結構付けてる人居ますし、別に恥ずかしくないですよ。ただ逆に始めは皆これ付けるから、そういう意味では恥ずかしいかも」
「なるほど。どうしようかな、100ELKで10振りか。試しに買おうかな」
悩むスウィフトの傍らでエルツは香水瓶を台座に戻した。
「なんか、空港の免税店みたいな雰囲気だな」
「言えてる、別に税金とかこの世界無いからちょっと違うけど。雰囲気は確かにそうかもね」とスウィフト。
エルツの的を得た呟きに、一同は笑みを溢した。
それからスウィフトが一瓶購入してる間に、エルツは銅細工の店へ戻り、先程目をつけていた『スティアルーフの街並み』の彫られた指輪を購入した。
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〆カード名
銅の指輪<STIAROOF MODEL>
〆分類
防具-アクセサリ
〆説明
銅の指輪。『スティアルーフの街並み』が彫られている。
〆装備効果
物理防御力+2
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150ELKとなかなか高価な買い物になったが、向こうの島で大量に蟹狩りをしたおかげで資金は1500ELKを裕に越えていた。エルツは満足顔で装備を変更する。初心者の証であるペンダントが光と共に消え、代わりにエルツの左手の人差し指に銅製の指輪が浮かび上がる。
「皆さんまだ街にもまだ入ってないのにそんなにお金使って大丈夫ですか?」
そんなユミル言葉に一同は「確かに」と頷いた。
石畳の波止場を歩き、一同はゲートへと差し掛かる。
ここを抜ければ、そこはスティアルーフの街なのだ。
「ここ抜けたら、もう後戻りは出来ませんよ」
ユミルのその言葉に今一度頷いた。
港町スティアルーフ、エルムの島村の雰囲気とは一点、ここには異世界の情緒溢れる街が広がっている。この街では一体どんな体験が待ち構えているのか。
そんな抑えきれない期待を胸に一同は今ゲートに足を掛けた。
それが、ここレクシア大陸での第一歩。
新たな生活の始まりの合図となった。