S23 決勝ブロック 大将戦
長かったコミュニティ対抗試合も遂に終焉を迎えようとしていた。
ここまでの激戦を戦い抜いて来た者達が見送る最後の試合。そこにはこの戦いに参加してきたプレイヤー達の想いが込められている。
戦況を今まで見守っていたドナテロは終始無言だった。彼は一体どんな想いでこの戦いを見つめてきたのか。
White Gardenの大将という責任を担わされていた彼のその胸中はメンバーには計り知れないところだった。本来ならば副将戦で勝利を収めて、その責務から彼を解放してあげたいとそれがメンバーの想いでもあったが同時にドナテロもジュダとまた同様にヴァニラとの戦いを望んでいるのではないかと、そんな推測もまたメンバー達の想うところだった。
だが、それはこんな重圧を背負わせた中での戦いでは無い。ただ純粋に、皆が何も背負わずに単純にお互いを認め合う事が出来たら、それこそが皆が本当に望むコミュニティ対抗試合という本来の理想形だった。
だからこそ、今ここでドナテロに勝って下さいなどという言葉を掛ける者は誰一人として居ない。
だが、そんな皆の想いに応えるかのようにドナテロは戦いの前に一言を残して行った。
その言葉ほど皆にとって心強く感じた事は無い。
――必ず勝ってくる――
その言葉に皆はただ笑顔でドナテロを送り出したのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
■決勝ブロック大将戦
▼White Garden
Donatello<ドナテロ>Lv21 ソルジャー
<<<VS>>>
▼TIFFANY
Vanilla<ヴァニラ> Lv25 フリークラス
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さあ、いよいよコミュニティ対抗試合も残すところ最後の試合となりました。皆さん、応援の準備はよろしいですか。それでは登場してもらいましょう。決勝ブロック、大将戦。両者、前へ!」
ポンキチの張り上げたアナウンスと共に会場からは歓声が上がる。バトルエリアに現れた二人のプレーヤーの姿に一斉に注がれる視線。
正真正銘、これが最後の試合となる。これまで何戦も行ってきた両コミュニティにとってこれで全ての決着が着く事になる。
ポンキチの誘導を受ける前に、互いに前に出て握手をかわすドナテロとヴァニラの二人。
「これで最後か。終わるとなると少し物寂しいものだな」
黒髪を撫でながらそう語るのはヴァニラだった。予選ブロックでは圧倒的なその実力を見せ付けた彼女。その実力は噂に違わぬものだった。
ドナテロはそんな彼女の言葉に遠い目で言葉を返す。
「この大会にはある奴の強い想いが込もっててね。我ながららしくないとは思うんだが、ただ今はそいつのためにもこの試合に全力を尽くしてやりたいと、そう思ってる」
ドナテロの言葉に首を傾げるヴァニラ。
皆の前では大将の責任、又は自分のためという言葉で意気込んできたドナテロのその真意。
ある人物から告げられたその言葉を受けて、だからこそこの大会を必死に盛り上げようと影で努力を重ねてきた者の姿がそこには在った。
「せめて最後は勝利で飾ってやりたくてね」
この大会が終わればまもなく本人からその事実が告げられるだろう。
だが、今はただそいつのためにも出来る事はやってやりたい。それが今のドナテロが抱えていた純粋な想いだった。
そんなドナテロの言葉にふっと微笑するヴァニラ。
「事情は分からないが、私も全力には全力で応えよう」
ヴァニラのその言葉に深く辞儀をするドナテロ。
「それでは、両者構えて」
ポンキチのアナウンスに構えに入る二人。
その様子を観客一同は固唾を呑んで見守る。
全てが決まる戦い。そう、全てはこの試合で終わる。
「始め!」
ポンキチの合図と共に飛び出す一つの影。
走り込みながら掛け声を張り上げるのはドナテロだった。槍を引き構えながらヴァニラの元へと距離を詰めたドナテロはその独特の槍捌きを展開する。遠心力を利用したその独特の突きは、相手の視界の中では手元で伸びる非常に厄介な動きを見せる。
その突きを冷静に手持ちの槍で軌道を反らし、対処するヴァニラ。だが、ドナテロの勢いは止まらない。まるで解き放たれたかのように次々と攻撃を浴びせ掛けるドナテロを前に防戦一方となるヴァニラ。
それは誰もが予想していなかった展開だった。
一振り一振りに込められたその熱い想い。そんな想いが自然と周囲を感化する。White Gardenのメンバーもまたドナテロのその勇姿をしっかりとその目に焼き付けていた。
場外でその様子を見ていたケヴィンが一言呟く。
「ドナテロさんて……こんなに強かったか」
全身全霊を込めたドナテロのその動き。
ドナテロの猛攻を受けながらヴァニラは必死に左右にその身体を揺さぶりながら、繰り出される突きから身をかわしていた。
「荒々しいな。女身にはなかなか堪える」
「遠慮して欲しいなら悪かったな。俺はレディへの配慮が随分と偏っててね。それだけに悲しい思い出も多いんだがな」
そんな冗談めいた会話を飛ばすのは表面上だけだった。実質二人の間にそんな余裕は無い。
ドナテロの突きから大きく身をかわしたヴァニラはステップアウトしてその間合い外へと逃れる。ここまで試合のペースは完全にドナテロが掴んでいた。立ち回りにおいてドナテロはヴァニラに引けを取る事は全く無い。むしろその様子は優勢のようにさえ思える。
だが、相手は仮にもあのヴァニラだ。彼女がこのまま終わる事が無いであろう事は誰もが認識していた。
TIFFANY陣営では冷静にこの状況を分析していた。彼女達にとっては今のこの状況はあくまでも一過性の事態に過ぎない。今はドナテロのその独特のリズムに惑わされているが、それも時が解決する問題だろうとそう考えていた。
そして、非情にもその分析は現実化し始める。
「なるほど、大体分った」
ヴァニラの言葉にふと攻撃の手を止めるドナテロ。
「何が分ったんだ?」
「同じ槍使いとして貴公の動きは実に興味深い。その独特の突きは我流か?」
ドナテロは手元で槍を一回転させると脇に構えて向き直る。
この遠心力を乗せる独特のフォームは、紛れも無くドナテロのオリジナル。ドナテロが最も得意とする風車から分岐する回転派生技から着想を得て、ただの突きにもこの技術を応用出来ないかと独自に編み出したものだ。
「確かにこれは俺のオリジナルだが、参考にはならないだろうな。こいつは使い手を選ぶ」
「だろうな。確かに使いこなすには相当な技量が要るだろう」
二人はそんな会話をかわしながら再び互いに槍を構える。
「だが私も槍捌きには自信がある」
そうして、そこでヴァニラは構えていた槍をふと降ろす。
ボイスコマンドと共に光り輝く彼女の手元に現れたのは茶色の鉱石の付いたロッド。
ヴァニラがロッドを取り出したその様子を見てTIFFANY陣営では団員達が声を上げていた。
「出るよ……ヴァニラさんの十八番」
ヴァニラは今ゆっくりとロッドを振り上げ静かに呟く。
「Stone Blast<ストーンブラスト>」
ヴァニラのその呟きと共に観客の視界の中では大きく変化が現れる。
重い地響きと共にバトルエリアに突如発生した無数の石錐。高さ二メートル程のその石群は対戦した二人の位置を囲み縫うように立ち並んでいた。
先端の尖ったその石錐が足元から伸びてくるのを確認したドナテロは、間一髪のステップで事態を切り抜けていた。だが周囲は既に石群に囲まれている。
視界は背の高いその石錐に阻まれていた。
「……目隠しか」
これこそがヴァニラの狙いだった。既に完全にヴァニラの姿を見失ったドナテロ。
敵の気配が消える。だがどの石錐の陰から敵が飛び出してもおかしくない今の状況。
周囲にじっと視線を凝らす中、ドナテロが一つの石錐の影の僅かな揺らめきに反応する。
無言で突きを放つドナテロの眼前で石錘が弾ける。だが、そこにヴァニラの姿は無かった。同時に背後から突きつけられる強烈な気配。
ドナテロが振り向いた時、そこには既に攻撃の予備動作を終えたヴァニラの姿があった。
「この石群は貴公の墓標だ」
無情な宣告と共にドナテロの身体が槍の反転によって大きく空中へと舞い上げられる。
舞い上げられたドナテロはその状況を正確に把握していた。だがもはやどうする事も出来ない。この状況は、そう。予選Bブロックの大将戦でジュダが経験したあの状況だ。
「Crisis Harken<クライシスハーケン>」
静かなるヴァニラの呟き。その瞬間、それはその技の確定を意味する。
彼女程の歴戦のキャリアを持ったプレーヤーが宣言後に技を外す事など皆無に等しい。
White Gardenからは皆が身を乗り出し、そして叫び声が上がる。
「ドナテロさん!」
視界の中で交錯する二者の姿。同時に一人のプレーヤーの姿が空を漂う。
誰もが言葉を失っていた。その強烈な前に崩れる一人の冒険者の姿。
「……嘘」
目の前の状況を信じられず涙さえ浮かべて顔を覆うユミル。
だがそれは紛れも無い事実。地面に叩きつけられてうつ伏せるのは紛れも無くドナテロだった。
気持ちは皆同じだった。まさかあのドナテロのこんな姿など誰も想像していなかった。
たとえどんな強敵でもドナテロならば必ず何とかしてくれる。そんな皆の期待はここで無情にも打ち砕かれた。
――必ず勝ってくる――
ドナテロのそんな言葉が皆の脳裏で無情に響いていた。
会場の時もまた完全にそこで止まっていた。
「審判、試合は終わった。宣言を頼む」
ヴァニラのその言葉に我を忘れていたポンキチが顔を上げる。
審判は公正な立場である。だが彼の中でも、今のその光景は予選のあのジュダの姿と重なっていた。
想ってはいけないと理解しながらも、心のどこかでドナテロの勝利を願っていた。
「あ、それでは勝者を……」
ポンキチが勝利者の名前を宣言しようとしたその時だった。
観客席から上がるどよめき。その声の中心にはふらついた足取りで立ち上がる一人の姿があった。
通常、クライシスハーケンの直撃を受けて立ち上がる事など考えられない。
立ち上がったドナテロのその様子に思わず表情を崩して微笑むヴァニラ。今まで彼女のこの技を受けて立ち上がった者が何人居ただろうか。
歴戦の強者も含めても、それは数える程だろう。だが、それはあくまでも同レベル帯での話だ。Lv差というハンデキャップを背負いながらも、こうして立ち上がってくるドナテロのその姿は戦いの前に彼が漏らしていた想いの強さを象徴していた。
そんな彼の強い意志にヴァニラは微笑んだのだ。
槍を持ちフラフラと構えるドナテロの姿に今ヴァニラは声を掛ける。
「少し休め。その状態では戦えないだろう」
ヴァニラの言葉に強い語気で即座にドナテロは言葉を返した。
「断る。敵に情けを掛けられる程俺は」
「情けではないさ。お前を摘むのに、今の状況では不本意だからな。万全の状態で戦ってこそ、互いの望むところだろう」
ヴァニラの言葉に押し黙るドナテロ。そんな二人のやりとりの間でポンキチはきょろきょろと二人を見回しながら静かに気配を消してその場から離れて行く。
僅かにそれは三分程の間だった。当然、そんな時間ではドナテロの状態は完全に回復するわけでは無い。それでも戦える程までには復帰していた。
互いに微笑み合う二人。そんな二人の様子は見ている観客にとっては実に眩く輝かしいものだった。
そして、再び両者が激突する。
数度槍を交えた後、攻撃に合わせて風車を発動したドナテロがヴァニラを大きく弾き飛ばす。
空中で軽やかに身を翻しながら、着地すると同時に手を振り翳すヴァニラ。
その様子にドナテロが慌てて走り込んだ時には既に遅かった。空中で弾き飛ばされた瞬間にその武器変更は行われていた。手に持たれるはストーンロッドII。
そして、ここで彼女がとってくる戦術は既に確定している。
彼女の印言と共に場を埋め尽くす石群。再び彼女の気配が完全に消える。
――同じ技が二度通用すると思うな――
辺りに注意を凝らすドナテロだったが、この戦術を十八番とする彼女にとって相手の警戒など些細な問題に過ぎない。
「迂闊だったな。後ろだ」
再びドナテロの背後から突きつけられる強烈な気配。
振り返ると同時に繰り出したドナテロの突きをかろやかなステップでかわしたヴァニラはドナテロの足元を槍で大きく払う。そして、その足払いをドナテロが跳んで回避した瞬間。
そこで、彼女のパターンが始動する。飛び上がった無防備なドナテロの身体が再び空中高く掬い上げられる。
観客から巻き起こる歓声と悲鳴。
それは誰の目にも明らかだった。全てが断ち切られる瞬間。
「Crisis Harken」
あとは完成された連続攻撃の前に再び一人の冒険者が沈むのみ。
だが、この時誰もが予想し得なかった会場のどよめきが巻き起こる。
空中に弾き飛ばされたドナテロが起こしたそのリアクション。空中で槍を回転させるその動きはまさしく風車に他ならない。
だがその動きはそこに止まらなかった。
「絶対勝つって……誓ったからな」
微笑するドナテロが繰りだすその技は、彼が最も得意とするあの技だった。
「Stera Flits<ステラフリッツ>!」
ドナテロの掛け声と同時に両者の出した技が交錯する。同時に弾き飛ばされる二つの影。
完全に時が止まったその瞬間。観客はその止まった時の中で息を呑む事さえ忘れていた。
一体何が起こったのか。二人は無事なのか。そんな疑問に答える影は一つ。最後に立ち尽くすのは影は一つだった。弾き飛ばされながらも体勢を整えたその影に対して、もう一つの影は全ての力を使い果たし地面に伏せていた。
立っていたのは他でも無い。
「久々に充実した戦いだった。こんな気持ちを味わったのはいつ振りだろうな」
ヴァニラは微笑みながら倒れているドナテロに背を向ける。
彼女の足取りはバトルエリアの外に置かれていた。それが意味するところを会場に居た誰もが認識出来ずに居た。
自体を完全なハニワ顔で見つめていたポンキチが、我に返る瞬間。
「もしかして……もしかするとこれは」
場外へ弾き飛ばされたヴァニラに対してドナテロはバトルエリア内で崩れ落ちていた。
規定ルールに従えば、この場合ここで勝負の決着が着く事になる。
満面の笑みも浮かべて振り返るポンキチ。
「揃いも揃ってハニワ顔の皆さん落ち着いて聞いて下さい。この瞬間、決勝ブロック、大将戦の勝者が決まった事をお知らせします」
もはやハニワ顔という表現に突っ込む者など誰も居なかった。
決定されたその事実を耳にしたくて、皆がポンキチの言葉を待ち望む。
「決勝ブロック、大将戦の勝者は……ドナテロだーー!!」
湧き起こる歓声。
この瞬間、この対抗試合において優勝コミュニティが決定する。
手を取り合うWhite Gardenの面々。
「やった。やったよな? やっただろ!」と混乱するケヴィン。
「ドナテロさんが勝ったよ」と泣き顔のユミル。
腕を組み微笑み合うフランクとリーベルト。
そして子供達もまた事態を飲み込み飛び跳ねて大はしゃぎする。
そんな中エルツもまた感極まった表情でその場に立ち尽くしていた。
「皆、ドナテロさんのとこ行こう」エルツの言葉に微笑む一同。
「そうだよ、俺らいつまでドナテロさん放置しとくつもりだっつうの。皆行くぞ!」
走り出すケヴィンに皆がバトルエリアで倒れているドナテロに駆け寄る。
倒れているドナテロは遠い目で空の彼方を見上げていた。視界の中にコミュニティメンバーの満面の笑みが浮かび上がると面倒臭そうな表情で失笑するドナテロ。
「何だニヤニヤしやがって。揃いも揃って気持ち悪い奴等だな」
ドナテロの言葉に大きく笑い顔を綻ばせる仲間達。
「ドナテロさん。勝ったんですよ。あのヴァニラさんに勝ったんですよ!」
「知ってるよ」
ユミルに抱き起こされて身体を起こしたドナテロは皆の顔を見回す。
「俺とした事が随分泥臭い試合したもんだな」
「ドナテロさんこんな時くらいは素直になってもいいんですよ」
リーベルトの言葉にドナテロが微笑する。
「嬉しくない訳ないだろうが」
そんなドナテロの言葉に一同は大笑いする。
そこに駆け寄ってくる一つの影。ポンキチだ。
「皆さん、準備して下さいや。優勝チームの表彰ですぜ」
「お前なんでまたピエロの格好してるんだよ。さっきまでスーツ着てただろ」
先程から笑いの絶えないエルツがポンキチに声をそう掛ける。
「いやハニワ顔のマヌケな観客達を煽るにはこの格好の方が相応しいかと思いまして。さぁさぁ皆さん準備して下さい」
ポンキチの言葉にエルツとケヴィンがドナテロに肩を貸して立ち上がる。そうして、次々とバトルエリアの中央へと躍り出ていく仲間達の姿。そして、彼らをまた見つめる者達もまた全身全霊を尽くして戦い抜いた大切な戦友達。
ここで、祝福されるべき者達はWhite Gardenのメンバーだけでは無い。
これはこの大会に情熱を注ぎ協力してくれた全ての者達に平等に与えられる祝福。
それでも、今心から今バトルエリア内で喜ぶ一同の姿を称賛できる気持ちを持つ者達が大勢居る。
この世界で行われたこのコミュニティ対抗試合は、それだけでもこのイベントに関わった全ての者達にとって大きな価値があった。
それはその場に存在した全ての者達が優しくなれた、そんな瞬間だった。