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ARCADIA ver.openβ≪Playing by Elz≫  作者: Wiz Craft
〆 第七章 『夢・絆』
234/242

 S21 決勝ブロック 中堅戦

 決勝ブロック次鋒戦を終えて、これで勝負は一勝一敗。

 次なる対戦を制したチームが得るアドバンテージは非常に大きい。そうした意味でもメンバーから寄せられるエルツへの期待は非常に大きいものだった。そんな自分に掛けられた想いをエルツは冷静に状況判断していた。

 TIFFANY陣営から中堅戦にはまた新たなプレイヤーが送られてくる事になる。恐らくは決勝に向けてくる布陣に隙は無い。

 先方戦のキャロルにしても、勝利は収めたが彼女は試合中にいつ化けてもおかしくない相手だった。シュラクの予想以上の成長はエルツ達にとって嬉しい誤算だったが、もし彼が予選と同じ心持ちで臨んでいたら敗北していたかもしれない。

 次鋒戦のジュリアに到っては、ケヴィンには申し訳ないが相手が悪過ぎた、というのが仲間達の思うところだった。彼女の立ち回りからしてその実力はこの世界でも稀に見る実力者だろう。そういう意味ではあのキューブリックもまたそんな片鱗を見せていたが、そんな相手と実際に手を合わせる身となったケヴィンは言葉は悪いが不運であったとしか言い様が無かった。

 勝負が終わった後に二人は何か話し合っていたようだが、普段のケヴィンなら苛立つ所、妙に心晴れやかな表情で皆に笑顔を見せていた。この戦いの中で何か得られたモノがあったのだろうか。だとするならば、仲間としてはたとえ敗北でもその健闘を称えたい気持ちだった。

 そして迎える中堅戦。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ■決勝ブロック中堅戦


 ▼White Garden

  Elz<エルツ> Lv12 ソルジャー


  <<<VS>>>


 ▼TIFFANY

  Exi<エクスイ> Lv15 ハンター


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 既に見渡す限りの人々で溢れ返ったスティアルーフ中央広場。道行く者はその人だかりに足を止め、その連鎖が既にバトルエリアの外周を完全に覆うように層を成していた。


「それでは、これより決勝ブロック、中堅戦を始めます」


 ポンキチのアナウンスにバトルエリアで対峙した二人は今一度礼をする。

 エルツは向かい合ったその対戦者の姿をしっかりとその瞳に焼き付けていた。

 太陽光を受けて反射するその真白な短髪が印象的なエクスイという名の女性。艶やかなバッファロー革の胸当てから覗く豊かな胸、長身でスレンダーなそのスタイルをバッファローの革(トルーパーズ)装備に包んだその姿はまるでモデルのようで、ヴァニラと二人で並んでいるその様子は会場でも既に話題となっていた。年は大体ドナテロと同年代の二十代後半。レベルはLv15。エルツの頭の中にそれ以上の情報は無い。この対抗試合では参加するメンバーの情報は直前まで秘密裏に隠す事が出来る。その情報を前もって知る事が出来るのは審判だけなのだ。

 だがエルツが審判を担当した予選では彼女は出てこなかった。


「よろしくお願いします」


 挨拶と共にエルツが手を差し出すと、彼女はただ無言で頭を下げ握手に応じた。

 僅かに感じる体温差、その冷たさを感じエルツが視線を上げるとそこには鋭い眼差しをエルツに向ける対戦者の表情が在った。

 彼女のその佇まいから感じるその感覚は独特のものである。一言で言えば攻撃的。だがケヴィンのように飢えた獣のような攻撃的な感性とはまるで真逆。彼女のその無機質な視線には、落ち着きや冷静といった言葉では表現しきれない機械的な冷たさがある。無機質という言葉は攻撃的という言葉と矛盾するが、彼女を目にした時に浮んだその印象はこの機械的な冷たさに由来するものだった。

 外見や雰囲気だけで他人を判断する危険性を重々感じながらも、そのイメージから相手が採ってくるであろう戦略をエルツは自分の中で連想していた。


「それでは、両者構えて」


 ポンキチの合図に戦闘態勢を取る二人。

 エルツの中で相手のイメージは既に固まりつつあった。逆にエルツの立ち回りもまた予選で既に相手に伝わっている。

 小さな呟きと共に使用するアシッドソードを発現し握り締めるエルツ。

 溜めていた間を切り裂くように今ポンキチの腕が振り下ろされる。


「始め!」


 開始合図と同時に矢が放たれる可能性を考えて、避ける体勢を整えていたエルツ。開幕攻撃を可能とするのもハンターの特権の一つである。だが矢は飛んで来なかった。

 まるでエルツの動きを観察するように、その場で弓を構えるエクスイ。


――なんだ、こっちの様子を窺がってるのか?――


 ならばとエルツが距離を詰めようとしたその時、視界の中でちらついた一瞬の光。

 その光る弓矢の視覚効果エフェクトからエルツは瞬時にエクスイのその狙いに気付き身体を反転させる。


――String's Shot<ストリングスショット>だ――


 矢を構えていたのは既にString's Shotの予備動作だった。彼女は冷静にエルツの動きを見ながら、既に攻撃態勢に入っていた。

 反転したエルツに対して、今度は彼女が動きを見せる。ハンターがソルジャーと対戦する時の定石とされている動きはその高い機動力を活かして一定距離を取り、有効射程から攻撃を続ける事である。

 だが、彼女がここで採った行動はあまりにも意外だった。前屈みに前傾するとそのまま腰元のリンカーナイフを抜き、一気にエルツ目掛けて走り込む。その唐突な動きにエルツの対応が遅れた。瞬く間に詰められた距離、視界の前を塞ぐように現れたエルツの中では完全にその想定外のその動き。次の瞬間、エルツの胸元に強烈な衝撃が走る。


――Stinger Bite<スティンガーバイト>――


 確かにハンターは主戦力となる弓以外に近接用武器として短剣を装備する事が出来る。だが、実際にこの世界で有効とされる定石が固まりつつある中、短剣を振り翳してハンターがソルジャーに近接戦闘を挑むなど考えられない選択肢だった。

 畳み掛けるように攻撃を繰り出すエクスイを前に、折れかけた膝を立て直しアシッドソードを彼女に向けて一振りする。そんなエルツの攻撃をただのワンステップで後方回避したエクスイは素早く身体をエルツの死角に飛び込ませ、背面から攻撃を加える。

 エルツの背中に走る強い衝撃。衝撃の度合いからしてそれがただの通常攻撃で無い事くらいは認識出来る。短剣による背面攻撃、そうBehind Attack<ビハインドアタック>だ。

 流れるように近接WAを繰り出すエクスイの前に必死に身体を振り回し牽制するエルツ。だが、エクスイのその素早い連続攻撃に完全に翻弄されていた。

 ハンターの俊敏性を活かした意外な立ち回り。確かに理論上ソルジャーよりも俊敏性に優れたハンターであれば攻撃速度において近接戦闘でソルジャーを凌駕する事が出来る。だがそれはあくまでも理論上の話だ。

 いくら攻撃速度でソルジャーを上回っていても物理防御力の高いソルジャーに短剣で挑んでも与えられるダメージは高が知れている。逆に物理防御力の劣るハンターが、一撃に優れたソルジャーの攻撃を食らえばそれは致命傷となる。そんな高いリスクを犯してまで近接戦闘にハンターが勝負を持ち込むのは、それはもはや完全にプレイヤーのポリシーや趣向のレベルである。決して定石とは成り得ない、高いプレイヤースキルを要求される。

 だが、実際に今エクスイはそのハンターというクラスの定石を覆している。攻撃力の弱さを急所狙いのWAによってカバー。また高い技術力によって裏付けされたステップとその高い機動力でエルツの攻撃については完全に寄せ付けない。

 今エルツの前に立ちはだかる敵は完全に未知の技術を有した敵だった。そして、それこそが彼にとって最大の穴でもあった。オートマタ戦から学習した自らの欠点。それは未知の状況への対応能力の低さ。

 予め対応策が練れない相手へ対処する能力が極端に低い。オートマタ戦でも掲示板で情報を集めながら何度も何度も同じ相手に挑み続ける事で動きをパターン化し、やっとの事で敵を攻略してきた。

 エルツが魔法杖の使用能力に長けたのも、その努力の賜物だった。決して閃きの中で生み出した独自のスタイルでは無く、さまざま経験を組み合わせる事で培ったコピースタイルなのだ。

 エルツにとっては今最も困難とする状況に追い込まれていた。独創性に富んだエクスイのそのバトルスタイルは完全なるオリジナルスタイル。

 相手の攻撃の為すがままにまるでサンドバッグと化すエルツを前に盛り上がる会場。反面、White Gardenの面々は言葉を失い状況を見守っていた。

 今観客達の視界の中ではエクスイの猛攻から逃げるように敵に背を向け走り出すエルツの姿が映っていた。その姿は些か幻滅を招く程、惨めで滑稽な姿にも見える。そんなエルツに対して容赦無く素早く背後から襲い掛かるエクスイ。

 彼女の攻撃にエルツが振り向いたその時だった。観客から大きくどよめきが上がる。


「……あれは」


 会場の視線がエルツが両腕に抱えたその武器に注がれ始める。それは重武器店Dinastonにて販売されているLv12から装備可能となる両手剣クラウザーブレードである。

 コミュニティ試合の前に軽い息抜きのつもりでフランクと共に向ったクエストの報酬として受け取ったソルジャーの装備枠の拡張。エルツのスタイルは全て経験則の組み合わせから生まれるコピースタイル。それを自覚している今、逆にその全ての経験則を無駄にするつもりは無かった。

 咄嗟に取られたエルツのその選択肢が想定外だったのか。冷静だったエクスイのその眉が一瞬釣り上げられる。

 追い詰められたエルツの表情に浮ぶ勝気。


「Screw Driver<スクリュードライバー>」


 今両手に突き出されたクラウザーブレードが、攻撃のために近づいていたエクスイ目掛けて大きく一回転する。両手剣のその攻撃範囲は片手剣の比では無い。両腕で振られる横薙ぎのその剣閃は、その尺の長さからエクスイにとって回避不能な攻撃範囲へと変わる。

 エルツからの強烈な横薙ぎの剣撃に、その表情を歪めるエクスイ。彼女の足元が僅かに数センチメートル浮かび上がる程、強烈なその衝撃。すかさず追い討ちを掛けるように叩き込まれた縦薙ぎのニ撃目。

 衝撃によろめきながら、その数撃から近づく事を危険と悟ったエクスイはエルツから距離を取る。だが、近づく事が危険となった今彼女は本来のハンターの姿に戻るだけだ。両手剣という武器を手にしているエルツにとって、その定石と言われている立ち回りが有効なのは間違い無い。

 掛け声と共に一定距離から冷静に射撃攻撃を始めるエクスイ。

 エルツはこの試合が始まってから初めて彼女の声を聞いたような気がした。それ程、彼女も今感情が高ぶってきたという事の表れか。

 放たれた矢を冷静にかわし、そして両手剣を平で矢を弾き返し始めるエルツ。その巧みな剣捌きに会場からは感嘆の声が漏れ始める。

 そんなエルツの様子に今まで機械の如く正確無比だったエクスイの様子に変化が現れる。掛け声を上げながら放たれるその矢弾は相変わらずの精度を誇っていたが、それでも今までの冷静な彼女の立ち回りから遠ざかって行く。

 並のプレイヤーならば、一定距離からこうして攻撃をしているだけで、エルツは沈む筈だった。だが、エルツはミスを見せない。全ての攻撃を冷静に捌いて行く。この事実が彼女にとって精神的プレッシャーとなっていた。

 先程のエルツの加えた数撃は試合の展開において大きな意味を持っていた。

 それはエルツが与ダメージ量において彼女を上回った事を示していた。たったのニ撃、それでもそのニ撃は絶大な効果を齎していた。

 このまま、彼女が今のスタイルで攻撃を仕掛ける限り、エルツにダメージを与える事は出来ない。

 ならばより近距離からの射撃、もしくは短剣による近接攻撃に持ち込むか。

 ここで、彼女はそのリスクの高さに気付く事になる。いつの間にか、追い詰めていたつもりが完全に逆転していた形勢。

 中・遠距離による射撃はもはやエルツには通用しない。ならば近距離に近づく訳しか無いわけだが、今のエルツにはクラウザーブレードという脅威がある。

 そのリスクの高さは見ての通りである。


「来るなら来なよ。もうそれしかないだろうし。ただここからは相打ち覚悟でこいつを振り回していくんで。多少泥臭くなるけど、これもチームのためだから。悪いけど、もう覚悟は決めてるんだ」


 確固たる意志に基づいたエルツのその言葉。

 エルツの言うとおり、ここからはエクスイの攻撃を受ける事を覚悟で相打ちを狙うだけで、そのダメージ差は開いてゆく。

 その言葉を確かめるように、再びリンカーナイフを構えてエルツに近接攻撃を仕掛けるエクスイ。

 だが、エルツは避ける素振りも見せなければ完全に仁王立ちで彼女の攻撃を受け止める。そこから繰り出されるのは宣言通りの彼女に合わせて放たれた大薙ぎのカウンター。

 エルツの重い剣閃が彼女の腰元に食い込むと、ここで彼女が初めてここで膝を付く。その衝撃に歪む表情。

 それは、ハンターがソルジャーへ近づく事のリスクを示す象徴的な一撃となった。

 膝を崩したエクスイは、即座に体勢を立て直そうとするが彼女はそこで異変に気付く事になる。

 膝に力が入らない。エルツが放ったただの一撃を腰にまともに受けた彼女は、その衝撃によって一時的に下半身に麻痺が生じていた。

 そして今ゆっくりと彼女の首元へと当てられる刃。

 エクスイは刃に沿って見上げた先にあるエルツの眼差しに今静かに俯く。


「……私の負けだ」


 その言葉に刃を下げて彼女に手を差し出すエルツ。

 差し出された手をエクスイは跳ね除けるように腕で払う。


「敗者へ手を差し延べるか。お前の真意はどこにあるんだ」


 エクスイの嘲笑。敵から情を掛けられる事など彼女にとってはただの屈辱だった。

 そんな彼女の後ろ背中にエルツはそっと言葉を投げ掛ける。


「あなたのそのスタイルを尊敬しているから、手を差し延べたんですよ」

「……尊敬?」


 エルツにとってオリジナルスタイルを確立している彼女のその姿は、まさにエルツが理想とするものだった。自らの個性を反映させたそのバトルスタイルはエルツにとって非常に輝かしく、心からの尊敬に値する対象だった。

 そんなエルツの想いを聞き、ふっと微笑するエクスイ。


「甘い奴だな」

「よく言われますよ」


 今静かにエルツの手を取り立ち上がるエクスイ。

 それは互いに全力を尽くした者達が認め合う瞬間だった。

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