S20 決勝ブロック 次鋒戦
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■決勝ブロック次鋒戦
▼White Garden
Kevin<ケヴィン>Lv10 ソルジャー
<<<VS>>>
▼TIFFANY
Julia<ジュリア> Lv10 マジシャン
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シュラクの活躍によって流れは完全にWhite Gardenへと向いていた。
だが、そんな一同の安心感も続く次鋒戦で完全に掻き消される事となる。
ただ手を組みながら祈るように戦況を見守るWhite Gardenのメンバー達。
既に開始された次鋒戦。観客達はその試合の内容に完全に閉口していた。試合エリア内では道化姿となったジュリアが圧倒的な展開を見せていた。
「くそ……化け物かよこいつ」
アシッドソードを構えて斬り掛かるケヴィンの攻撃に対して、サンダーボルトで迎撃するジュリア。見事な位置取りからのリンク攻撃にケヴィンはフィールドに崩れる。
電撃による麻痺から立ち上がった時にはジュリアの予備動作は完了している。掌で弄ばれた火球を起き上がりに重ねられ、身体を捻りながら懸命にかわすが、その間に生み出された次撃の石弾を右太腿に受け再びその衝撃から蹲る。
無言で迫るは愛くるしい道化師。ケヴィンは彼女を前に必死に勝機を見出そうと思考を巡らせていた。予選Bブロックでは、彼女を前にあのキューブリックはまだ善戦し試合の形態を取り繕っていた。
だが、今のこの対戦はもはや試合などと呼べるものでは無い。
それは圧倒的な実力者による搾取。弱者にとってはもはや何も抵抗する術は存在しないかと思える程、絶望的な状況だった。
対戦しているジュリアは攻撃をしながらも時折手を休め、ケヴィンに考える時間を与えてくる。本来ならば攻撃の手を止めなければあっという間にケヴィンのHPは尽きてしまうだろう。だが、彼女はそれをしない。それは彼女の優しさからなのか。圧倒的な実力を行使する前に自分から降参してはどうかと、ケヴィンにとっては彼女からのそんな余裕のようにさえ感じられていた。
だが、降参などケヴィンにとっては屈辱以外の何物でも無い。
次第に曇り始めるケヴィンの表情。彼にとって負け試合など何の価値も無い。負ける事が分かっているのに何故戦う必要があるのか。始めから勝算の無い戦いはしない。する必要も無い。そんなポリシーを持っていた彼にとってこの戦いは苦痛以外の何物でも無かった。今彼を苛やますのは決勝ブロックの前に仲間と誓ったあの言葉。
――たとえどんな状況に陥っても決して勝負を諦めない――
彼にとっては酷く重い言葉だった。そんな言葉を誓わせたドナテロに対してちょっとした嫌悪感さえ覚える程に。フェミニストを気取ってるようで、そんな真っ直ぐな姿勢で臨んだところで結果がついて来なければ何の意味も無い。大事なのは過程などではなく結果なのだ。
美しいまでのジュリアの波状攻撃の前に為す術も無く這い蹲るケヴィン。そんな彼の姿に魅せる美しさなど微塵も無い。潜在的なそのプライドの高さに彼は気付いているのだろうか。プライドの高い彼にとって地に這い蹲ったこの屈辱的な姿など最も忌むべき光景だった。
それでも彼は気付けば立ち上がっている。伏せていればそこで試合は終わる。だが彼は立ち上がる。そんな自己矛盾は何より彼の葛藤を示していた。何故自分は立ち上がっているのか。倒されるために立ち上がる事に意味など無い。ならば何故彼は今立ち上がっているのか。
対戦を見ている仲間達もまたそんなケヴィンの葛藤に気付く者は気付いていた。
「昔親父に言われた言葉、今思い出したぜ」
そんなケヴィンの呟きにふと攻撃の手を止めるジュリア。
ふらついた足取りで立ち上がったケヴィンはダメージを受けた身体を奮い立たせるように唸る。
「鳶が鷹を目指した瞬間、そいつは偽者になる。だが鳶が鳶である以上、そいつは本物。いくら俺が粋がったってお前に適わない事くらい分かってるさ」
オートマタのあの苛酷なクエストを乗り越えた者と、僅か初戦で諦めてクエストを放棄した者。
正直ここまでの実力差があるなどとは夢に思わなかった。キューブリックが互角の戦い振りを見せていたためか、自分にもまた良い勝負が出来るのではないだろうか。そんな考えを持っていた自分自身の甘さをケヴィンは痛感していた。
その決定的な質の違いを味わう事はこれが初めてでは無い。この世界を渡り歩いていれば、たとえ同レベル帯であっても自分とは大よそ掛け離れた領域に君臨するプレーヤーと出会う事もある。そう、エルツもまたそんな感覚を味わされた人間の一人だった。
そんな連中と対峙した時は決まって彼はこう考えてきた。
――こいつらと自分は住む世界が違う――
そう考える事が彼が自分自身を保つ唯一の方法だった。質の違いを認める事で自らの存在をまた認める。質の違いを認識する事で、努力を否定する。
――お前は鳶でもいいじゃないか――
それがケヴィンが父親から受けた言葉だった。
あの時は酷く父親に反発した事を覚えている。実の息子に向かって鳶と切り捨てるなど、自らのその才能を否定されたも同然だった。
たとえどんなに努力したところで、才能のある奴等に適う筈なんか無い。だったら努力なんて無駄じゃないか。
少なくとも今までの彼ならその考えに尽きていた。
「きっとお前みたいに才能のある鷹は大した努力もせずにやれば何でも出来ちまうんだろ。世の中不公平だよな」
そんなケヴィンの呟きに黙って耳を傾けるジュリア。
その黒く大きな瞳は真っ直ぐに彼に向けられていた。
「全く不思議だよな。こんな試合に何の意味も無い。頭ではそう考えてる自分が居るんだぜ。だけど、少なくとも今はこんな負け試合にさえ期待してる仲間が居る。正直、今までの人生で期待される場面なんてそうは無かったけどな」
そう言って苦笑いするケヴィン。
「こういうのも悪くねぇ、って思う自分が居るんだ。仲間が居るだけでも、それだけでも戦う理由になる。たとえ自分にとっては無益な戦いでもな」
そうして俯くケヴィンにジュリアはただ頷いて見せた。
それは彼女からの無言のメッセージだった。ケヴィンの心情を察した彼女はこの後もまた決して手を抜かないだろう。
それが真剣に真正面からこの戦いに臨む決意をしたケヴィンへの応えだ。
「さて、こうなったら覚悟決めるしかねぇか。元より捨て身だしな」
負ける事を前提に試合に臨む事自体がケヴィンにとっては我慢がならない事だったが、どうせ負けるならば全力を出した上で完全に打ちのめされた方がまだ自分を許せる。
敗北が分かっているから、たとえ負ける可能性が100%だったとしても、時には引けない場面もある。このコミュニティ対抗試合は、ただの催しでは無い。
エルツが主催したこのイベントは一試合一試合、その対戦者達の想いから様々な物語が生まれてきた。
仮にも決勝戦のこの晴れ舞台で友人の企画に泥を塗るような真似は出来ない。自分の体裁も勿論大事だが時と場合に依る。
――こうなったら派手に散ってやるか――
これは考え方の問題だ。たとえ可能性が低くてもそこで諦めれば全ては終わりだ。
だが人間が生きる限りそこには無限の可能性が広がっている。その決意次第で「可能性を広げる」という選択肢も存在するのだ。
そんな前向きな考えに失笑するケヴィン。
「飛躍し過ぎだ馬鹿野郎」
それは自分自身に向けての失笑だったが、満更でも無かった。
今再び試合場で舞い始める二人のプレーヤーの姿。だが、勝負は非情。
試合が終わった時、会場は盛大な拍手に包まれていた。それは勝者と敗者が分たれた時。
会場の拍手が鳴り止まぬ中、White Garden陣営側のバトルエリア外で地面に手を付き項垂れるケヴィンに対してジュリアは一人歩み寄る。
「敗者への弔いの言葉か。止してくれよ」
そう苦笑するケヴィンに対して静かにその美しい巻髪を振るジュリア。
彼女が開いたその言葉はおっとりとしたあの彼女独特の喋り方では無く、流暢な美しい発声だった。
「一つだけ。あなたは私の事、鷹って言いましたけど違うんです」
「違う? 何が」
彼女は真っ直ぐにケヴィンにその視線を投げ掛けていた。
「私には何も無かった。グズでノロマで何をやっても人より出来なくて、虐められて。この世界へ来たのもそんな辛い現実から逃げるためだったんです。でもここへ来ても結局何も変わらなかった。ゲームの世界でさえ、私は落ちこぼれだったんです」
ジュリアのその真剣な眼差しに言葉を失うケヴィン。
彼女は今何を語っているのか。
「そんな私にお声を掛けてくれたのがヴァニラさんだったんです。あの時掛けて下さった言葉は今でもはっきりと覚えてます。死人みたいな顔する暇があったら努力の一つでもしてみろ、って。その時の私にとってはとても辛いお言葉でしたけど、でもその言葉があったからこそ今の私があるんです」
それは彼女の想いが込められた生の言葉。
だがケヴァンは同時に思う。もし彼女の言った通り、ヴァニラの言葉によって彼女自身が変われたとしても、それは所詮この世界の中だけでの変化。ログアウトしてしまえば、そこにはまた彼女にとって辛い現実が待ち構えているのではないか。だとするなら、ここでの彼女の在り方など何の意味も無い。そんな心の問掛けに彼女は自然とその答えを口にしていた。
「意味が無いと、そう思われますか?」
「……いや」
戸惑うケヴィン。
この世界から現実に戻れば記憶は消える。持ち帰れない記憶などに意味は無い。
――違うのか?――
「たとえ記憶は持ち帰れなくても、この世界で変われた私の心の在り方は変わりませんから」
そう言ってジュリアは真剣なその表情にここで初めて優しい笑顔を浮かべた。
「だから、この世界で経験した全ての出来事に無意味な事なんて無いんですよ。すみません、それだけどうしてもお伝えしておきたくて」
立ち去る前に立ち止まった彼女は一言こんな言葉を残して行った。
「あ、すみません。最後にあのお父様のお言葉ですけど」
「ん……?」
――お前は鳶でもいいじゃないか――
父親からかつて受けたその言葉。
怪訝な表情を見せるケヴィンに対して彼女は笑顔を絶やす事なく言葉を続ける。
「それってきっと他人との比較で苦しまないで、見栄なんか張らず自分らしく生きて欲しいって事なんじゃないかなって」
そうしてジュリアは最後に礼儀正しく礼をして笑顔で立ち去って行った。
その場に残されたケヴィンはただ彼女のその最後の言葉を頭の中で繰り返す。
「自分らしく、か……」
彼女の言葉は何もこの世界に限った話で無い。損得勘定で僅かでも可能性のある物事を切り捨ててきた自分。
そんなケヴィンにとって年下のジュリアから突きつけられたその言葉は重く胸に突き刺さっていた。今からすぐに変わる事は困難かもしれない。だが少なくとも……。
White Gardenにとってそれは残念な一敗となったが、誰もケヴィンを責める事は無かった。むしろ彼を迎え入れたのは観客や仲間からの温かい拍手。
その温もりにケヴィンもまた照れ笑いながら、今は仲間達に微笑みを返すのだった。