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ARCADIA ver.openβ≪Playing by Elz≫  作者: Wiz Craft
〆 第七章 『夢・絆』
232/242

 S19 決勝ブロック 先鋒戦

 日が傾き始めた世界の中で、観客達は皆持ち場を離れる事も無く、ただその数を増していった。空はまだ明るくこれから迫る日暮れに向けて観客達は今一度自らの気持ちを仕切り直す。決勝ブロックに向けて期待を高める人々、そんな中、White Garden一同は決勝を前に誓いを立てていた。陣営で円陣を組むメンバー達のその姿。

 これから行われるその勝負は間違いなく険しい戦いになる。一同の共通認識として決勝で対するTIFFANYのその実力はもはや明白だった。場合によっては勝負にすらならない可能性もあるだろう。それ程までに彼女達は強い。

 だが、たとえどんな状況に陥ったとしても最後まで決して勝負を諦めない事。

 それが、この決勝に自分達を送り出してくれた者達への最大の礼儀だと誓っていた。

 会場ではスーツを纏ったポンキチが観客を既に盛り上げ始めていた。決勝の審判を務めると真っ先に名乗りを上げたのは彼だった。Alchemistsサイドからもアリエスを筆頭に数名が名乗り出てくれたのだが、決勝戦の盛り上げ役にはポンキチの方が相応しいだろうと自ら裏方へと回ったのだ。

 参加コミュニティ全員の協力の上でこの大会は成り立っている。


「それでは、これよりいよいよお待ちかね。決勝ブロック、両チーム前へ!」


 ポンキチのアナウンスを受けて肩を叩き合い励まし合いながら今試合場へと赴くメンバー達。対するTIFFANYの面々と顔を見合わせた一同はそこで試合前の握手を交わし、それぞれの対戦相手の姿を確かめる。互いの手と手が触れ合った時に、初めて分かる事もある。その質感、温度、表情。そのどれもが具体的な根拠には成り得ないが、そうした全ての要素を含めて相手が放つ空気感に似たその雰囲気から相手の実力が窺がい知れる事もある。


「それでは、これより先鋒戦を開始します」


 そんな刺激的な緊張感の中、ポンキチは先鋒戦のアナウンスへと移る。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ■決勝ブロック先鋒戦


 ▼White Garden

  Shuraku<シュラク>Lv5 ハンター


  <<<VS>>>


 ▼TIFFANY

  Carol<キャロル> Lv5 フリークラス


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 White Garden陣営から送る先鋒戦のメンバーは、予選のその動きから見てシュラクを選出していた。戦いを前に試合場で再び握手を交わす二人。シュラクの手を握り屈託の無い笑みを浮かべるのは愛らしい少女だった。オレンジ色のロールを帯びたショートヘアに、全身をウーピィ装備で固めた彼女はその背中に巨大な物体を背負っていた。その存在に視線を釘付けにされる観客一同。


「何だあの武器……?」


 観客から漏れる声。その視線の先には彼女の背中にしっかりと背負われた巨大な生魚の姿があった。口元から伸びた鋭い小剣のような骨格。完全に冷凍されたその魚は太陽光を受けてその逞しい身を黒光りさせていた。

 サーベルフィッシュと呼ばれるその体長一メートルを裕に超す巨大な魚は、シトラス海岸の断崖から釣り糸を垂らす事で捕獲する事が出来る。釣り上げた魚はスティアルーフの生魚店に持っていく事で、こうして冷凍されプレーヤーは譲り受ける事が出来るという。実際こうして入手されたこのアイテムは武器として用いる事も可能だという話だが、この世界でそれを実践している者は極めて少ない。

 ウーピィ装備の愛らしいメルヘンチックな彼女の姿から、はみ出す様に背負われた巨大な生魚。その存在感は思わず閉口して見入ってしまう程重厚だった。

 だが、そんな彼女を前にしてもシュラクは極めて冷静だった。握手を交わしながら対戦する彼女をじっとその瞳に映し何も語らずに溜息を吐く。普段ならば冷静なシュラクのつっこみの一つや二つが彼女に突きつけられているだろうが、この決勝において皆が懸ける想いをシュラクもまた充分に理解していた。ただの冗談として気楽に流せない試合もある。真剣勝負を望む者にとって対戦者の悪ふざけなど、失礼以外の何物でも無い。仮にもし相手が本当にそんな軽い気持ちでこの試合に臨んでいるならば、想い知らせてやるとシュラクはそう考えていた。そんなシュラクの気持ちとは裏腹に対戦者の少女は満面の笑顔で喜びの声を上げる。


「キャロルです。宜しくお願いします。シュラク。予選見てました。一番格好良かったです。今まで同世代のお友達って居なかったのでワクワクします。あ、顔が怖い。笑って下さい」


 彼女の裏の無いその無邪気な言葉に再び溜息を吐くシュラク。

 どうやらこの試合に懸けるモチベーションが彼女と自分では違うようだとシュラクが認識し掛けたその時、ふと彼は試合前に掛けられたエルツの言葉を思い出していた。


――たとえどんな状況でも、決して油断はしないように――


 そのエルツの言葉にはある根拠があった。この対戦者のキャロルという少女。彼女はあの予選Bブロックの先鋒戦でキューブリックとの激戦を制したあのジュリアの妹だという話だった。ワンダーロッドを操り自在にバトルメイクをしたあの姉のポテンシャルの高さを見れば妹もまた決して油断は出来ない相手だ。何より決勝の第一戦にTIFFANYが堂々と送り込んできた刺客である。一見ふざけたあの生魚にも隠された意図があるのかもしれない。何よりシュラク自身、実際あの生魚の武具としての性能は知らない。

 笑顔で生魚を背負うキャロルと名乗った少女に、シュラクは呆れた様子で微笑みを向ける。


「いいセンスしてる。魚好きなの?」


 さり気無く掛けた言葉によってシュラクは願わくばそこから情報を引き出すつもりだった。一体どんな使い方をするものなのか、朧気でもその使い道が見えれば対策も立て易い。

 そんなシュラクの思惑に対してキャロルから返された言葉は意外性に満ち溢れていた。満面の笑顔で彼女が言い放った言葉。それは。


「小太郎ですよ」


 彼女の笑顔とその言葉に不意を突かれたシュラクは満面の当惑顔で聞き返す。


「は……?」


 そんなシュラクの様子にもキャロルは全く気にしない様子で再びその言葉を口にした。


「この子、小太郎って言うんです。可愛いでしょ」

「こ……小太郎?」


 どうやら彼女はこの生魚に名前を付けているようだった。小太郎というのはその名前だろう。

 一瞬にして彼女が創り出したその不可思議な世界観に完全に飲み込まれる観客一同。

 姉のジュリアといい、どうやら姉妹揃ってその不可思議な独特の世界観は受け継がれた才能らしい。

 完全に彼女のペースに飲み込まれたシュラクに対して、White Gardenのメンバーは祈るように手を合わせてその様子を見守っていた。

 そんな二人のやりとりにポンキチは満足気に頷くと、先鋒戦開始のアナウンスを始める。


「それでは、これより決勝ブロック先鋒戦を開始します。両者、定位置に」


 ポンキチの言葉に定位置へと後退りする小さな対戦者二人。


「両者、構えて」


 緊張が走る一瞬。だがシュラクの冷静な面持ちにWhite Garden一同は安心すると同時に、対戦者であるキャロルという少女の屈託の無い笑みに逆に不安感を煽られていた。

 全てが未知数の不思議少女。一体彼女はどんな立ち回りを見せるのか。


「始め!」


 ポンキチの掛け声と同時に、まずは様子見と言わぬばかりに後方へとバックステップするシュラク。最初からいきなり攻撃を仕掛ける程、大胆ではない。まずは相手の出方を窺ってから戦略を組み立てていく。

 そんなシュラクの視界の中では開始と同時に、生魚を両手に大きく振り上げて一直線に駆け込んでくるキャロルの姿を捉えていた。その姿にふっと微笑するシュラク。

 その突進に計画性はあるのか、一見無計画に見えるその猪突猛進な姿がシュラクの中ではあのウィルの姿と重なっていた。


――ウィルの女版か――


 それならば戦略は組み立て易い。だが、まだ安易に決め付けるのは早過ぎる。振り回されたサーベルフィッシュの尖った骨格は予想以上にリーチがある。その名の通り、まさにサーベルのように伸びたその一撃を充分な間合いを取った上でかわすシュラク。

 ハンターの高い機動力を以ってすれば、彼女と距離を取る事はそう難しい事では無い。今の動きからして流石というべきか、キレのあるその動きから近づく事は危険だとシュラクは判断していた。

 そうして、シュラクが彼女から充分な距離を取ったところで攻撃を仕掛けようとしたその時だった。

 キャロルがふと呟いた。


「チェンジ ウェポン バロックボウ」


 そして、生魚が光り輝き消えた直後。彼女の手には赤銅の弓がしっかりと握られていた。

 彼女が弓を手にした事に少なからずの動揺をシュラクが覚えたその時、そこで事実が思い出される。それは彼女のクラスにある。そう、彼女はフリークラスでこの試合に臨んでいるのだ。フリークラスには基本三クラスと比べてパラメーターの補正ボーナスも付かず、その能力は劣るものの全ての武器防具を装備出来るという利点がある。

 弦を引き絞ったキャロルの手から放たれた矢を間一髪でかわすシュラク。視界を切り裂くような一筋の軌跡に続いて、再び弓を構えるキャロル。

 あはは、と漫画で描くような能天気な彼女の笑い声が場に響く中、同時に彼女からはシュラク目掛けて的確に矢が飛んでくる。走り込みながら矢を打つその動作には隙は無く、無駄な動作は見られない。

 だが一方的な展開を許す程、シュラクもおとなしくはない。彼女が狙う瞬間の僅かなストップモーションを狙って弓を構え反撃のチャンスを窺がっていた。普段から射撃に馴れているシュラクとキャロルとを比較すると射撃するまでにかかる時間、つまり狙うスピードにはシュラクに分がある。それ故に彼女が立ち止まり弓を構える動作を見てから、シュラクが反撃に出ても充分に間に合う。

 シュラクの思わぬ反撃に身体を大きく反らしてバタバタと慌てふためくキャロル。


「ぅわわ。今のは危なかったです。もっと注意しないと」


 シュラクの正確な攻撃が次第に光り始める。キャロルのストップモーションのタイミングは完全にシュラクに把握されていた。キャロルは必死に弓を構えて攻撃しようとするものの、その僅かな攻撃動作の間にシュラクによって放たれた矢が飛んでくる。

 完全に中間・遠距離を支配されたキャロルにとっては近距離戦に持ち込みたいところだろう。だが、シュラクにはそうさせるつもりは毛頭無い。ハンターの高い機動力を活かして彼女には一歩も近づけさせるつもりは無かった。彼が最も得意とする中間距離からの射撃で仕留める。

 そんなシュラクの徹底した動きに再びキャロルは武器を交換するようだった。


「チェンジ ウェポン エアロッドI」


 彼女のボイスコマンドと共に現れた緑色の鉱石のついたロッド。

 ロッドで素振りを始めるキャロルを見つめながら冷静に再び戦略を練り始めるシュラク。

 この中間距離を保っている以上、相手が用いる魔法杖として有効なのはファイアロッドかエアロッドの二択。エアロッドは厄介だが、無造作に振り回され空中に描かれるその軌跡の中でも注意するのは縦に振り下ろされた瞬間のラインに気を付ければいい。Alchemistsの大将戦を務めたシルビノ程卓越した読みやフェイクの技術の無い彼女が相手ならば、それはそう難しい作業では無い。また仮に相手がもしファイアロッドを出してくれば、完全に射程外である八メートルラインの外から遠距離攻撃を加える方針に切り替えればいい。

 キャロルが振り回すその軌跡に目を凝らしていたシュラクだが、実際に彼が彼女の攻撃をかわすにはもっと分かり易い根拠が在った。

 それはキャロルの口の動き。

 魔法発動の際には必ずプレーヤーは印言か刻印を結ばなくてはならない。エアカッターでフェイクを掛ける際は、ロッドを振り下ろした際に印言の発音が必須となるわけだが、この事実を知るプレーヤーならば口の動きを読む事で容易に発動と偽動を見分ける事が出来る。

 キャロルの場合、彼女は腕を振り回す動作の中で発動する瞬間だけ口を動かしている。それだけにシュラクは容易に彼女の攻撃をかわす事が出来た。

 熟練した使い手であれば、こうしたフェイクを混ぜる際は小刻みに口元を動かせるというのが常套手段である。

 こうした一連のキャロルの動きを見る事で、シュラクは彼女のその詰めの甘さを感覚的に見出していた。一つ一つの技術は低くは無いが非常に荒削りである。

 勝負に油断をするつもりは全くないが、もしかしたらこの勝負は勝てるかもしれない。そんな気持ちがシュラクの脳裏を過ぎっていた。

 シュラクの放った矢弾が今キャロルの胸を捉える。

 観客からどよめきが起こる中、コロコロと地面を転がりながら伏せるキャロル。

 White Garden陣営ではその様子を皆固唾を呑んで見守っていた。


「勝負あったか」


 ケヴィンの言葉にユミルが静かに頷く。だが、その様子を見ていた他のメンバーは試合から全く目を反らす事無く二人の様子を見つめていた。

 今、一同の視界の中で立ち上がるキャロルの姿。

 気のせいだろうか、この時エルツは既視感のような妙な胸騒ぎを覚えていた。この感覚の根源にある要素を突き詰めて行った時に、エルツはふとある光景を思い出した。

 そう、あれは予選Bブロックの先鋒戦にてキューブリックに追い詰められて立ち上がったあのジュリアの姿だ。勝敗はあの時点で完全に喫していると見られたあの試合。

 立ち上がったキャロルはふとシュラクに視線を投げる。そこには、また屈託の無い彼女の純粋な笑顔が存在した。


「強いです。予選で見た時よりもずっと」


 彼女の言葉にシュラクは何も言葉を返さなかった。

 人は動機があれば時に強くもなれる、それは彼の無言の返答だった。


「私も頑張らなきゃ。なかなかお姉ちゃんのように上手くは行かないですけど」


 それは彼女の笑顔が一瞬どこか寂しげに映った瞬間だった。

 屈託の無い笑みは変わらない、彼女が見せている表情は終始満面の笑顔だった。それでも、その笑顔がシュラクの目にどこか寂しげに映った事には何かしらの根拠があるのだろう。

 ふとした想いがシュラクの中に浮ぶ。だがそれを突き詰める事はシュラクはしなかった。彼女にどんな事情があるのかなどと関係無い。今はただ勝つ事だけを考えようと誓っていた。

 今彼女に向けて弓を構えるシュラクの前で再び武器を変更するキャロル。

 その手には戦闘開始時に彼女が小太郎と名付けていたサーベルフィッシュがしっかりと握られていた。


「その武器でいいの?」


 シュラクの問い掛けに一瞬きょとんとした彼女は笑顔で頷く。


「これが私が一番好きな武器ですから」


 彼女の言葉にシュラクも「そっか」と微笑を見せる。

 それから再び相対する両者は、武器を手に舞い始める。

 このイベントの中で急成長したシュラク、対人の実戦の中から子供とは思えない程卓越した読みと分析能力を磨いた彼の前では残念ながらキャロルは今一歩及ばない。

 そんな実力差をシュラクは感じながらも彼女から発せられる何か言葉にはし難い胸騒ぎのような感覚に常に捉われていた。

 そんな彼女に対して最後まで手を抜く事なく全力で対峙するシュラク。

 勝負に決着がついた時、そこには小太郎を両手にうずくまるキャロルの姿があった。


「ありがとな、面白かった」


 そう言って手を差し出すシュラクをうずくまりながら見上げるキャロル。


「お前同年代の友達居ないんだろ? だったらこれから友達になろうぜ。俺の仲間も紹介したいしさ。ちょっと変な奴居るけど」


 そう言って手を差し出しながら、そこで初めて満面の笑顔をキャロルに向けるシュラク。

 そんなシュラクの言葉に、俯いていたキャロルもまた満面の笑顔を浮かべた。

 微笑ましい二人の様子にWhite Garden陣営ではケヴィンが呆れた顔で呟きを漏らす。


「あいつらまだ決勝戦終わってないってのに意気投合してどうすんだよ。やっぱああいうとこガキだよな、ったく」


 ケヴィンの呟きに微笑するエルツ。


「そうかな。自分は随分と驚いたよ。シュラクってこんな大人っぽかったんだと思って」

「お前どこ見て大人っぽいって言ってんだよ。ガキはガキだって。たまにお前って訳わかんねぇ感想漏らすよな」


 そんな二人の会話に笑みを零すWhite Garden一同。

 シュラクの活躍によって決勝ブロック先鋒戦は見事勝利を収める事が出来た。

 試合中にエルツが胸騒ぎを感じたのは、やはりキャロルのそのポテンシャルの高さだった。今はまだ荒削りとは言え、攻撃の端々で見せる洗練された動きは今後の飛躍を彷彿とさせた。

 続く次鋒戦はいよいよ予選Bブロックで驚異的な力を見せ付けたあのジュリアが待ち構えている。あの強敵を前に対戦を予定しているケヴィンもまた緊張しているのだろう。

 シュラクの勝利は、White Gardenにとって今心地良い刺激を齎してくれた。


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