S18 ブレイクタイム<PM3:00〜3:30>
Bブロック予選が終わり審判の任を終えたエルツは、試合場で観客に辞儀をするとすぐにその場を離れた。エルツの頭の中では今ただジュダの身が気掛かりだったのだ。
BLOODY MARY陣営へと駆け寄ったエルツの目に映ったのは、ブルーシートに引かれた毛布の上で横になるジュダの姿だった。その時、彼は既に意識を取り戻しており朦朧とする視界の中にエルツの姿を捉えると自らのその姿を恥じるように目を背けた。
隣では、遅れてイベントに足を運んでくれたBLOODY MARY団長のローズが彼の看病をしていた。彼女はエルツの姿を見ると立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
その姿にエルツもまた頭を下げて、彼女に挨拶をする。
「お久し振りですローズさん。エルムの村ではお世話になりました」
「本当に久し振りね。見違えるような成長振りで驚いたわ」
ローズはそう笑顔で微笑むと、顔を背けているジュダの背中に手を当てる。
「ジュダ、エルツ君が来てくれたわよ」
ローズの言葉にジュダは反応せずエルツに背を向けたままだった。
そんなジュダの様子に申し訳無さそうに顔を伏せるエルツ。
「すみません、大会運営者としてもっと不測の事態に備えておくべきだったんですが。僕の責任です」
エルツの言葉に顔を振るローズ。
BLOODY MARYの団員達の多くがエルツの言葉に首を振った。
「エルツ君はよくやってるわよ。私は素晴らしい大会だと思うわよ。この大会。ジュダの事なら気にしないで。何よりこの大会は彼が望んでいた事なんだもの。ヴァニラさんと闘えるかもしれないって子供みたいにはしゃいでいたんだから。当然、こうなる覚悟もしてた筈よ」
彼女の言葉にエルツは今一度ジュダの背中に視線を沿わせる。
この世界でのダメージの概念は明確だ。ARCADIAの世界ではプレーヤーが怪我を負う事は無くダメージは全てLEと呼ばれる白光体に変換される。たとえ、斬撃だろうが突きだろうが打撃だろうが、そのエネルギーは全て衝撃に似たエネルギーに変換されプレーヤーを見舞う事になる。現実であれば斬られれば流血する、だがこの世界ではそうした描写は全てカットされている。矛盾を孕む様だがどんなに致命的な攻撃を受けたとしても、それはプレーヤーの致命傷には成り得ない。
だから、そうした意味ではエルツは安心していた。今ジュダに起きている状況は、先にローズが述べた通り衝撃による一時的な昏睡状態。予選Aブロック大将戦でシルビノに起きた状況も同様に時間が解決してくれる問題だった。
「そういえば、ポンキチ達は?」
「ポンキチなら今キューブと繁華街に毛布と氷買いに行かせたのよ。もうその必要も無さそうだけど。ほらジュダいつまでも寝てないで」
そんな口調でジュダを起こそうとするローズを制し、エルツはジュダに声を掛ける。
「ジュダさん、今はゆっくり休んで下さい」
そうして、エルツが立ち去ろうとしたその時だった。
ふと背後に気配を感じてエルツが振り向くと、そこには今まで姿を消していたドナテロの姿があった。隣にはリーベルトの姿も見えた。ドナテロは無言でローズに頭を下げると、エルツに向き直る。その真剣な眼差しに気圧されするエルツ。
「ドナテロさん? 戻ってきたんですね」
「エルツ、準備しろ」
ドナテロの言葉に首を傾げるエルツ。
「え、準備って?」
「決勝の準備だ」
その言葉に思わず表情を強張らせるエルツ。ドナテロは確かに今決勝の準備と告げた。それは一体どういう事なのか。そんなエルツの表情を前に、ドナテロの隣に佇んでいたリーベルトが静かに事の成り行きを語り始めた。彼の話によるとこういう事だ。
予選AブロックでWhite GardenとAlchemistsが激戦を繰り広げた結果、最終的に次の決勝戦へと駒を進めたのはAlchemistsだった。だが昼休みの際、リーベルトはAlchemists勢の昼食に誘われそこである申し出を受けたと言う。それは。
「決勝戦への出場を辞退する?」
リーベルトの言葉に思わず聞き返すエルツ。Alchemists陣営にとっても予選Aブロックの結果には抱く想いがあった。結果的に試合には勝ったが、勝負には完全に負けていた。彼らの中に残されたそんな認識は覆せなかったという。
「それで申し出を受け入れたの? 事実としてAlchemistsの勝利は変わらないよ。それは胸を張っていい内容だったじゃないか」とエルツ。
「勿論、彼らも勝利という事実は受け止めていますよ。ただその上で決勝戦に駒を進める事に抵抗があると」
確かに大将戦での一連の流れを考えると彼らが不本意なのは少なからず理解出来る。だが、だからとって彼らの辞退をはいそうですかと納得する事にもエルツには抵抗があった。
リーベルトの言葉にエルツが頭を悩ませていると隣に居たドナテロが口を開く。
「エルツ。今俺達が考えるべき事は何だ」
ドナテロの言葉に顔を上げるエルツ。今考えるべき事。その問いに対する答えがエルツの中ではすぐには思い浮かばなかった。
そんな沈黙するエルツの様子に会話の流れを聞いていたローズが口を挟む。
「横から部外者が口を挟んで申し訳無いけど、これは願ってもいないチャンスだと私は思うわ。決勝戦に懸ける意志があるのなら、Alchemistsさんのお言葉を受け入れた方がいいんじゃないかしら。この大会に懸ける皆の想いは理解しているつもりだし、その上でのAlchemistsさんもそうしたお言葉を掛けて下さってるわけでしょう?」
ローズの言葉に頷くドナテロとリーベルト。
そんな状況にエルツが困惑していると、毛布の上で横たわっていたジュダがその身体を起こした。
「何悩んでんだお前は」
起き上がったジュダに慌ててエルツが言葉を掛ける。
「ジュダさん、起きて大丈夫ですか」
ジュダは首を回しながらゆっくりと振り向くとエルツに向き直った。
「お前の悪い癖だ。論点をすり替えるなよ。今は何を最優先するべきか、そんな事も見えない程、馬鹿じゃないだろお前」
「何を最優先するべきか?」
エルツはジュダの言葉に呟き返す。
「お前の本心は今どこにあるんだ? それにな、Alchemistsの連中がどんな想いでその言葉を吐いたのか、その意味が分かってるのか。この大会に参加してる奴で決勝を望んでない奴なんて居ないだろうが。その上でAlchemistsはお前等に決勝譲ったんだ。この意味が分からないのか」
ジュダの言葉に押し黙る一同。
そんな中、彼はエルツに鋭い眼差しを向けながら言葉を続ける。
「試合には勝ったかもしれないが、実力では負けた。闘ったお前達を誰よりも評価し認めてるからだろうが。決勝をお前達に托したんだよ」
その言葉に顔を上げるエルツ。
闘った自分達を誰よりも評価し認めてくれた。その言葉がエルツの胸に強く響いたのだ。
そのエルツの表情を見てジュダは余計なお節介をした事を後悔したかのように苦笑する。
「本当なら決勝でお前達と戦いたかったんだけどな。結果は見ての通りだ。不様なもんだぜ」
ジュダの言葉に首を振るWhite Garden一同。
BLOODY MARYのその戦い振りは鮮烈に一同の眼に焼き付いていた。彼らは決して弱かったから負けた訳では無い。その試合内容を見ればそれは誰もが頷く事だろう。
いつしか買出しに出掛けていたポンキチとキューブリックが戻り、ジュダの語るその内容に静かに耳を傾けていた。
まるで送り出すかのような気持ちの込もった強い視線をエルツ達に向けて投げ掛ける彼ら。
「連中は強い。間違いなくな。だからこそ今となっては俺らもお前等に期待しちまうんだ」
ジュダの言葉にドナテロは真正面から真剣な眼差しを返していた。
大将として、彼が感じていたその責任や強い衝動は誰よりもドナテロには理解できた。
「俺達の……」
そう言ってジュダは言葉を飲み込んだように思えた。
「いや人並みな言葉だが……頑張れよ」
そうして手を差し出したジュダと固い握手を交わすドナテロ。
彼が言い掛けたその言葉の真意はしっかりとドナテロには伝わっていた。
――俺達の無念を晴らしてくれ――
彼がこの大会に懸けていた強い想い。
それはこの時、White Gardenにしっかりと受け渡されていた。