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ARCADIA ver.openβ≪Playing by Elz≫  作者: Wiz Craft
〆 第七章 『夢・絆』
228/242

 S15 Bブロック先鋒戦

 それぞれが思い思いに過ごした休憩時間、皆の期待がますます高まりを見せる中、審判のエルツの登場と共に予選Bブロックが幕を開ける。

 挨拶回りに打ち合わせや見回りと結局、ゆっくり寛ぐ時間を取れなかったエルツはそんな疲れの色は見せず緊張感を持った面持ちで試合場中央でアナウンスを始める。


「それではこれより予選Bブロックの試合を開始致します。両チーム前へ」


 各陣営から対戦者達が姿を見せる瞬間。この時既に観客からはどよめきが起きていた。広場中央に両コミュニティのプレイヤー達が立ち並ぶ中、そこにはあの人物の姿があった。

 そう、その人物とはあの名高い元ヴァルキュリア所属のプレーヤー。ヴァニラだ。その長身の美しい体躯はTIFFANYのメンバーの中でも一際目を惹く存在だった。そんな彼女の存在を確認しつつ緊張した面持ちでエルツは審判の任を務め始める。


「それではこれより予選Bブロックの対戦を開始します。両者、礼」


 エルツの言葉に丁寧な辞儀を見せるTIFFANY陣営に対し、BLOODY MARY陣営は対戦参加者メンバー全員が揃った敬礼を行う。紳士に深々と頭を下げ辞儀をしたその中にはあのポンキチの姿も含まれており、開会時のあのふざけたピエロ姿の印象が焼き付いていた観客にとって彼のその変貌振りから生まれるギャップは印象的であった。

 対戦者同士が固い握手をかわし合うと、早速エルツの口から先鋒戦のアナウンスが告げられた。


「それでは、これよりBブロック先鋒戦Cublic(キューブリック) VS Julia(ジュリア)の試合を開始します。両者、前へ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ■Bブロック先鋒戦


 ▼BLOODY MARY

  Cublic<キューブリック>Lv10 ソルジャー


  <<<VS>>>


 ▼TIFFANY

  Julia<ジュリア> Lv10 マジシャン


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 BLOODY MARY所属のキューブリックっと呼ばれたその小柄な青年は、エルツの手元の資料では若干十五歳と記されていた。首元まで流した美しい銀髪を風に梳かされながら対戦者に鋭い眼差しを向ける彼。アシッド装備に身を固めたその背中には大きな両手剣フォルクスブレード。大剣を背負うその小柄な姿には、言わずと覇気が満ち溢れていた。

 対するジュリアという名の女性、いや女性と呼ぶよりは女の子と表現した方がこの場合は相応しい。長いオレンジ色の巻き毛に、華奢な身体を隠すように覆ったコカトリスのベストを羽織り、その小顔もまたコカトリスの羽帽子を深く被る事で隠されていた。羽帽子の下にはアナライズゴーグルが装着され、彼女のその表情の多くは窺がえず口元のみがはっきりとその輪郭を現していた。資料には十八歳と記されている彼女だが、実年齢よりとても若々しく見える。

 真正面から鋭い視線を浴びせるキューブリックに対し彼女は一礼すると、すっとその手を差し出す。


「このたびは〜、よろしくお願いします〜」


 抑揚のついたその突飛な語調に思わず、前のめりにずっこけるエルツ。

 おっとりとしたその語り口と共に口元に笑みを浮かべるジュリア。一瞬にして不可思議な空気感を作り出した彼女は、周囲の戸惑いも全く気にしない様子で自らの立ち位置を築き上げる。

 キューブリックはただ無言でそんなマイペースな彼女を見つめると、手を差し出し握手をかわす。彼の目には一体どんな風に彼女が映っているのか。キューブリックは静かな口調で語り始める。


「……美しい」


 青年が呟いたその言葉。表情が見えないとは言え、神秘的なジュリアのその佇まいを称賛した言葉なのか。

 まるでジュリアに見惚れるような恍惚の表情を浮かべるキューブリック。エルツはただ黙って彼の言葉を待つ。


「あなたの瞳に映る僕は美しい」


 真顔のキューブリックを前にエルツはずっこけるタイミングを失うほど虚を突かれた顔で呆けていた。


「この世界では美しさが全て。そう、僕の華麗なる超絶技を見ればあなたも理解するだろう。この世界はこのキューブリックを中心に回っているのだと。どうしました? 言葉も出ませんか。でしょうね、大概の非才なる者達は僕を見れば畏怖しひざまずく。だがそれも仕方の無い事。遠慮する事は無い。さあ、跪きなさい」


 青年の言葉に石化するエルツ。

 どうやら両コミュニティ共に初戦を完全に捨てて来たらしい。硬直するエルツの前でジュリアは微笑みを浮かべながら彼の話を「あらあら〜、ま〜」と聞いていた。会場の誰もが彼らをこの大会には場違いな重病者だと判断する中、エルツは折れた膝を立て直しながら彼らの間に立つ。


「それではこれより先鋒戦を開始します。両者、構えて」


 エルツの言葉に構える両者。だが、ここでキューブリックが口を開いた。


「審判さん、勝負の前に一つ」


 その言葉にエルツが応対する。


「……何でしょう?」


 観客が見守る中、青年は間を贅沢に弄びながら語り始める。


「この勝負は卑怯だとは思いませんか」


 キューブリックの言葉に首を傾げるエルツ。


「何故ですか?」


 エルツの問いにキューブリックは愚問だと言わんばかりに髪を梳き流す。


「限りなく神に近い存在である僕に対して、彼女は残念ながらただの人間、しかも女性だ。神である僕に対してあまりに無力だとは思いませんか」


 青年の台詞を聞きながらエルツは必死に自らの人生を振り返っていた。

 未だかつて出遭った事の無い人種、これも一種のロールプレイなのだろうか。いや、そうでないと今起きているこの現象は説明が付かない。だが、もし彼が本気だとしたら。まさしく彼は自身が言う通り、人智を超えた存在なのかもしれない。

 エルツはふと真剣な表情で彼に頷く。


「君の要求を聞こう」


 観客からはこの不可思議な展開に笑いが零れ始める。

 だが、キューブリックはそんな好奇な視線に陶酔するかの如くただ意志を告げる。


「簡単な事ですよ。ハンデを付けようと言っているんです。僕はこの試合、左腕しか使わない。それくらいのハンデが無いと勝負にならないでしょう」


 エルツは彼の台詞を聞きながらさらに彼という人間について考察を深めていた。

 きっとこれはギャグなんだ。最近のティーンネイジャーのボケ感覚はもはや自分の世代では到底理解出来ない宇宙領域へ到達している。

 これはきっと人間の進化だ。今エルツが目にしているものは紛れも無く人間の進化の軌跡なのだろうと。

 そして、もしそうだとするならばこのボケが成立するためには彼は華々しく散らなければならない。上げるだけ上げまくったハードルを前に潔く散ってこそ、そこで初めてエルツの中では彼という存在が初めて神格化する。

 つまり要約するとこういう事だ。


――できる限り派手に散れ――


 公正な立場を保つべき審判としてはこんな感情を持つ事は許されない事である。

 だが、それがエルツの正直な気持ちだった。


「ふふふ、あらまあ〜。右腕さんが〜可哀想ですよ〜。両方平等に使ってあげないと〜。そういう私も〜、よく左手さんを使わないので〜使い方忘れちゃうんです〜」


 対する彼女の反応を見てエルツは今ゆっくりと両者に微笑みを向ける。


「両者、構えて。いいからお前ら構えろ」


 そんなエルツの様子に外野のポンキチが呟く。


「あのお兄様がついにキレた。うちの隠し球に劣らず相手の姉さんもなかなかの破壊力」


 観客の微笑みに包まれて、ついにBブロックの先鋒戦が開始される。

 強い語気と共に吐き出されるエルツの掛け声。


「始め!」


 エルツの掛け声が響いても微動だにしない二人。

 ジュリアに到ってはニコニコしながらファイアロッドをまだ腰に携えたままだった。

 そんな二人の様子にエルツが苛立ちを隠さず声を掛けようとしたその時だった。


「動けませんか。まあ、それもこの僕を前にしては自然の摂理でしょう。それならば、僕から行きましょうか。女性に手を掛けるのは僕の美学に反するが、この場合は仕方ない。恨むならこの大会で僕という存在と出会わせたあなたの運命を恨む事だ。だが、それは逆に幸運とも言える。僕の存在を知った事はあなたの人生にとって大いなる価値がある。いや、それはあなただけに限った事では無い。今ここに存在する全てのプレーヤーにとって、僕という存在はこの試合の中で神格化される。何故かと? それは愚問ですね」


 そうして微笑するキューブリック。


「何故なら僕は神だから」


 キューブリックが彼の言う通り、限りなく神に近い存在だとするならば。この時エルツは、限りなく透明に近い存在へとその存在感を薄めようとしていた。この試合において、少しでもこの場から離れたい。

 そんな救いを求めるようなエルツの心理は観客には痛い程伝わっていた。


「神様〜ですか〜、すごいですね〜。うちはカトリックなのですけれども〜、拝ませて頂いてもよろしいですか〜?」

「全知全能の神に宗派など関係無い。それも愚問です。好きなだけ拝むといい」


 二人の会話に耐え切れなくなったエルツがマイクに顔を向けたその時だった。

 ふと痺れを切らした観客から立ち上がる者の姿。その手にはよくしなった弓に矢が引き絞られていた。突っ込みたい気持ちは分かるが、その行為は幾分過激な悪ふざけだ。

 その狙いにエルツが気付いた時、矢は既にその者の手から放たれていた。

 エルツが注意を促すために叫ぼうとしたその時、矢はまさにキューブリックの後頭部を捉えようとしていた。


「危ない!」


 エルツの声が鳴り響いたその時。観客が静まり返る。

 矢はキューブリックを確実に捉えていた。だがその矢は実際は彼に触れる事も無く地面へと落ちた。

 キューブリックの手が緩やかな軌跡を描いたあの瞬間、彼は後方に差し迫った矢を振り向く事なく両手剣で撃ち落した。しかもその動作は左腕のみで行われた。


「どうやらゆっくりと拝ませている時間もないようだ。これは悲しい宿命でね。僕は神である以上、こうした感情は甘んじて受け止めるつもりだ。非才なる者達の嫉妬という奴をね」


 ただ大口を叩く誇大妄想患者という認識であったキューブリックの在り方がここで変容を見せ始める。口だけでは無い、もしかしたらこの青年はその大口を裏付ける確かな実力を秘めているのか。

 そんな疑問を観客が抱いたその瞬間、エルツもまた試合に参加していない第三者による攻撃の警告を促す事も忘れ、ただ彼のその一動作に気を取られていた。

 キューブリックが構えを見せると、ここで初めてジュリアもまた腰元に携えていたファイアロッドを手に取り構えた。

 ファイアボールのフロートを始める彼女を前に、キューブリックは静かに歩み始め、やがてその足取りは駆け足へと変わる。


「……速い」


 観客が驚きの声を上げる。

 だが、実際に両手剣を構えた彼の動きはそこまでのスピードを有した動きでは無い。

 緩やかな動きから一気に加速をつける事で、対戦者の手前で急激に伸びるその様子から観客には彼の動きが速く錯覚させられる。

 それは、ジュリアから見れば観客以上の視覚効果をもたらす。


「Fire Ball」


 距離が一メートルへと近づいたその瞬間、ジュリアはファイアボールを対戦者であるキューブリックの突進に重ねる。その一動作から彼女もまた並の使い手では無い。接近した相手を充分に引きつけてから予めフロートしていた火炎球を重ねるその絶妙なタイミングとその軌道。

 だが、至近距離から発動された魔法に対してキューブリックは足を一瞬交差させると、突進していた勢いを一瞬にして側方に流し身体を回転させる。それはまるで優雅な舞曲を踊っているかのようなその洗練された美しい動き。

 観客からどよめきが上がると同時にジュリアの身体が後方へと弾き飛ばされる。

 ファイアボールを紙一重の動きでかわしたキューブリックはかわすと同時にジュリアへ、両手剣の強烈な一撃を込めていた。


「Breaker Knock<ブレイカーノック>だ!」


 観客の誰かがそう叫ぶ。Breaker Knock<ブレイカーノック>、それは両手剣を振るう際、半回転以上の回転を込めた時に発動するWAである。避けた際のあのモーションは既にこの攻撃へ繋げる為の布石だった。

 息突く間も無く、体勢を崩したジュリアへ向けて連続的に攻撃を仕掛けるキューブリック、その攻撃の一つ一つは彼の言動からは想像もつかない程洗練された芸術的な動きだった。


――こんなプレーヤーが居たのか――


 いつしかその闘い方に見惚れる観客一同。左腕一本で両手剣を振り回し敵の間合いに嬉々として飛込み華麗な連続攻撃を繰り出すその姿は観客を魅了するには十分な魅力を秘めていた。彼が繰り出すその一手一手が独創性に富んでおり、観ている者を飽きさせない。いつしか彼への嘲笑は消え、また別の感情を生み出していた。

 自陣で腕を組みながらその様子を眺めていたポンキチが微笑する。


「あれで口だけならただのギャグ製造機なんですがね。悔しい事にあのジュダさんに膝着かせたあいつの実力は本物だ」


 公正に戦況を見つめるならば、彼の猛攻を前に冷静に捌きながら反撃しているジュリアの技術も決して低くは無い。だが、それ以上にこのキューブリックというプレーヤーの持つ何か得体の知れない力が場を支配しつつあった。その得体の知れないエネルギーこそ、人はカリスマと呼ぶのかもしれない。

 攻撃を繰り出す度にその切れを増してゆく剣筋。思わずエルツの口元に笑みが浮ぶ。


――こいつすごい――


 ジュリアに踏み込んだキューブリックは彼女の眼前まで顔を近づけふと自らの身体を沈める。

 ジュリアの視界では眼前からキューブリックが消えると同時に、畳み掛けられるように縦の半円軌道を描いた両手剣が襲い掛かる。

 息つく間も無いその連続攻撃を前に、観客は呼吸する事すら忘れてその試合に釘付けになる。

 キューブリックの渾身の一撃を受けたジュリアは後方へ大きく弾き飛ばされながらその場に膝をつく。いつしか彼女の身体は赤点滅を始めていた。自らの危機を察知しているのかしていないのか、相変わらずマイペースな微笑みを浮かべるジュリア。

 その様子を見ていたティファニー陣営ではリーシャンテが冷静に戦況を見つめていた。


「まさか、あんな子が居るなんて」


 その呟きに不安を隠しきれない様子で視線を投げるペルシア。

 リーシャンテは闘場で苦しむジュリアを見つめながらふと片手を上げる。

 

「あのジュリアがここまで追い詰められるなんて夢にも思わなかったわね」


 リーシャンテが指し示した合図。それが何を示すのか。

 Bブロック先鋒戦、この試合はまさに本大会を刻む激戦の幕開けとなる。

 観客の前で、闘いの手を止め向き合う二人。


「何故ですかね」


 そう切り出したのはキューブリックだった。


「身震いがするんですよ。だが、その事実を認める事は明らかに愚かしくてね」


 その言葉にジュリアがこれまでにずっと浮かべていたその微笑が止む。


「Analyze Goggle OFF」


 ボイスコマンドと共にアナライズゴーグルを外したジュリアのその表情では美しく黒く大きな瞳がキューブリックを見つめていた。

 初めてここで明らかになった彼女のその表情。観客席からは彼女のその愛らしい表情に対しての歓声が漏れていた。


「お強いのですね。ご無礼をお許し下さい」


 今までの冗長だった彼女の不可思議な語調は消え、滑らかな発音に導かれた美声が会場に静かに響く。


「へぇ。別に構わないさ。これからようやくその全力とやらが拝めるんだろう? 手加減した相手を摘む程、意味の無い作業は無い。僕が望むのは極限まで互いの力を高め合う死合だ。あなたが僕の力を引き出してくれるというのなら望むところだと思ってね」


 キューブリックの言葉に再び微笑を浮かべるジュリアは静かにPBを開く。

 ジュリアの身体が衣装効果ドレスエフェクトの光に包まれた次の瞬間、会場に居た観客から驚きの声が上がる。


「おい……あれ、もしかして」


 彼女の身を覆うその不可思議な道化の衣装。

 だが問題はそんな衣装ではない。問題なのは彼女の片手に握られた五色の輝きを持った杖。その杖こそ知る者ぞ知る、幻の杖。

 その輝きにはエルツもよく覚えがあった。


「間違いないぞ……ワンダーロッドだ!」


 会場の誰かが叫んだ。どよめき出す会場。

 ワンダーロッドを所持している者は、この世界でも数は少ない。何故ならその取得条件は双華祭限定のあのオートマタイベントのコンプリートが必須条件であるからだ。

 その内容は極めて難易度が高く、五原色を司る各強敵のオートマタを撃破した後にさらに、その全ての能力を包括する統率者マスターオブマジシャンを倒さなくてはならない。

 その内容は筆舌にはし難く、その本当の強さは実際に対戦したものしか分からない。かくいうエルツもこのマスターオブマジシャンを前に攻略を何度も諦めかけたのだ。

 その取得が極めて難しいとされた装備を何故彼女が。


「観客の皆さんは今疑問に思ってるでしょうね」


 観客のそんな疑問に答えるかのようにリーシャンテは自陣で微笑する。


「答えは簡単よ。彼女がそれだけの実力者という事。この状況も彼女が本来の実力を出せば、何ら問題も無い状況ですもの」


 ジュリアはその表情に先程までとは別質の微笑みを浮かべると、その不可思議な道化姿で大きくロッドを振り翳す。

 その色は緑、つまりMagician of Greenの力を有している事になる。

 エルツの全身を駆け抜ける身震い、その感覚はエルツだけではない筈だった。

 そんなジュリアの道化姿を前に、闘場ではキューブリックが高笑いを始めていた。


「面白い。面白いよ! 最高だ。相手にとって不足は無い。さぁ、始めよう。今すぐ!」


 キューブリックの言葉にワンダーロッドを構えたジュリアが緑色の軌跡を描く。

 同時に放たれた真空刃を、見事にかわしたキューブリックはそのままジュリアに向かって一直線に駆け始める。

 駆けながら放たれた二射目の真空刃をかわしたキューブリックは既にその距離を数メートルまで詰めていた。

 既にここで二撃目を発動しているジュリアにとって、再詠唱時間から三射目は放つ事が出来ない。そう判断したキューブリックはここで地面を蹴り飛び上がった。

 両手剣を頭上に掲げながら空中を残り数メートル泳ぐようなそのエアスライドに観客が声を上げる。

 高笑いを上げながら、キューブリックが渾身の一撃を振り下ろしたその時、彼女のロッドがゆっくりと彼に向かって振り下ろされる。


「Fire Ball」


 彼女の印言と同時に発生した火球が飛び込んだ彼の身体ごと後方へと弾き飛ばす。

 不意を食らったキューブリックは咄嗟に空中で体勢を立て直し着地する。

 今起きた現象を前に咄嗟に動きを止めるキューブリック。だが考える事はしない。起きた現象は現象としてだけ捉える。


「面白くなってきた!」


 そう叫んだ彼はすかさず休む暇も無くジュリアへ特攻を仕掛ける。

 そんなキューブリックの特攻に対して、再びロッドが振り下ろされる。


「Thunder Bolt」


 今度は雷属性呪文。彼女の衣装が黄色に変化すると同時に、咄嗟に攻め込んでいた身体の勢いを反転させ身を引くキューブリック。だがステップ直後、彼は硬直する事になる。

 身に迸る電撃。彼が振り向いたそこには既に設置された雷球が存在した。


「何で次から次へとあんなに魔法が」


 疑問を浮かべる観客の前で、エルツは一人呟いていた。


「そう・・・ワンダーロッドはリキャストを想定して戦っちゃダメなんだよ」


 そう、ワンダーロッドではそれぞれ五つの魔法の再詠唱時間は共有される事なく独自にカウントされる。つまりエアカッターを発動した場合、再びエアカッターの再発動にかかる時間は八秒を要するが、この時その他四属性の魔法については詠唱条件を満たしていれば即座に発動が可能となるのである。

 だがこの場合称えるのはそのロッドの性能というよりはその使い手であるジュリア本人だろう。ワンダーロッドの能力を最大限に引き出した闘い方を可能とするのもジュリアの確固たる技術力によって裏付けされている。


「失礼しますね」と先程とは異質の笑みを浮かべながらキューブリックへと近づくジュリア。


 サンダーボルトのリンクダメージを受け硬直するキューブリックの身体に彼女はそっと手を当てる。

 皆が息を呑んだその瞬間、ジュリアの衣装が青色へと変化する。


「今度は青色だ……硬直中に」


 観客が騒然とする中、印言と共に発生する水球。

 水球に飲み込まれたキューブリックはダメージを受けながら大きく弾き飛ばされる。弾き飛ばされたキューブリックの身体は場外へと向って行く。

 場外を前に弾けた水球を見て、観客が再びどよめく。


「あぁ……勝負あったか!?」


 水球の漂うキューブリックはその中でしきりにもがいていた。

 そして場外付近で放り出されたキューブリックは水球から解放される直前に動きに出る。

 放り出される直前、彼は水球内から両手剣を地面に突き立て、エリア内にその身体を留める。地面に突き立てた剣で一点倒立しながらエリア内へと舞い戻るキューブリック。その姿には会場から拍手さえ上がり始めた。

 そんなキューブリックをジュリアはじっとその瞳に映していた。

 キューブリックは地面から両手剣を引き抜くと即座に再び駆け始める。緩急をつけた巧みな彼の足捌きだが、ジュリアの波状攻撃の前に完全に形勢は逆転していた。

 いつしか、赤点滅を始めるキューブリックの身体。だが、そんな状況でも彼は不敵な笑みを崩さず心底面白そうに笑っていた。完全にジュリアが優位に立った試合だったが、それでも少しずつ再びキューブリックが彼女を押し始める。

 そんな矢先だった。


「Stone Blitz」


 ジュリアの放ったストーンブリッツが飛び込み切り掛かったキューブリックの身体を捉え大量のライフエナジーが立ち昇る中、彼はその光の中へと消えて行った。それはつまり彼のHPがここで尽きた事を示している。

 光の中へ消えた彼はバトルエリアの場外へと転移されそこで膝を着く。

 そんな彼の姿をジュリアはその笑顔の中に少し物寂しさを添えて見つめていた。


「出来ればハンデなど無く、あなたとは対等な立場で勝負したかったです」


 そんなジュリアの小さな呟きが勝利者の名を宣言しようと彼女の元へと近寄ったエルツの耳に飛び込んで来た。

 そう、彼女の言う通りあのキューブリックという青年は試合の前に掲げたあの馬鹿げた誓約を最後まで貫き通していたのだ。


――この試合、僕は左腕一本しか使わない――


 敗者にとってはそれは負けた言い訳にしか成り得ない。

 だが、もし彼が本当に誓約など打ち立てず全力で戦っていたら。


「僕も本気の君が見たかったよ」とそう囁くエルツ。


 場外で自陣へと引き返すキューブリックの姿を見つめながら、そこでエルツはBブロック先鋒戦の勝者の名前を高らかに宣言した。


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