S11 Aブロック中堅戦
盛り上がる会場の中、落ち込んだユミルを慰めるWhite Gardenのメンバー達。
だがユミルの敗北によってこれで二敗。戦況としては非常に苦しい立場に追い込まれた事は事実だった。次の中堅戦でもし敗北するような事があればWhite Gardenの敗北は確定する。ドナテロ達に出番を回す事無く、大会からの脱落が決定するのだ。
「中堅戦か。エルツの奴上手くやってくれればいいけど」とケヴィン。
「対戦相手の人、Lv13の方みたいですね。エルツさんより一つLv上ですよ」
リーベルトの言葉に一同は広場に現れた対戦相手の姿をじっと見つめていた。
ここからは一戦も落とす事は許されない。
一方Alchemists陣営では、第三の刺客を送り込み一同は広場に映るエルツの姿を見て言葉を交わしていた。
「大会主催者か。アリエスの情報通りなら一筋縄では行かない相手か」
そう呟きながら微笑するメンバー達。
「だけど、相手はあのLeoだ。主催者がLeo相手にどこまでやれるか見物だな」
そんなコミュニティメンバーの会話を微笑を携えながらじっと聞き入るシルビノ。
その隣で広場のエルツを見つめながらアリエスは複雑な表情を浮かべていた。一緒に冒険していたからこそ分かるエルツの実力。
アリエスが持てる情報の全ては団員達に捧げてある。
そんなアリエスの様子にシルビノがそっと肩に手を乗せる。
「分かってます……これは真剣勝負ですから」
その頃、広場に響き渡るアナウンス。
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■Aブロック中堅戦
▼Alchemists
Leo<レオ>Lv13 ソルジャー
<<<VS>>>
▼White Garden
Elz<エルツ> Lv12 ソルジャー
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「続いてAブロック中堅戦を行います。両者、礼」
リーシャンテの言葉にエルツは深く辞儀すると対戦者と堅い握手をかわす。
「主催の方と闘えるなんて光栄です」
獅子の鬣のように天を突く金髪のその青年は、透き通るような灰青色の瞳でエルツに丁寧に挨拶をする。
「悔いの無い闘いにさせて貰うよ」とエルツ。
そうして二人は定位置へと着くと、ただ開始の合図に備えて待機する。
「それでは、両者構えて」
アシッド装備に身を包んだ両者、扱う武器はどちらも剣。装備に差は見られない。Lv差によるパラメーターの補正差はあるが、充分技術力で挽回出来る範囲内である。
アシッドソードに手を掛け構えるエルツ。そして決戦火蓋は切って落とされた。
「始め!」
リーシャンテの掛け声と同時に剣を引き抜く両者。
だが互いに動きは見せずただ相手の様子を静観する。相手のその佇まいからエルツはこのレオというプレーヤーの強さを肌で感じ取っていた。
――この人……強いな――
じっとエルツの様子を窺がっていたレオはふっと微笑すると、足を使って一気に間を詰める。瞬間的なその攻撃態勢の転換にエルツは、間一髪でアシッドシールドを掲げレオの剣閃を跳ね返す<D値:5>。
盾を通して伝わってきたその衝撃に浸っている間は無い。迷わずエルツの間合いに踏み込んだレオは巧みな足捌きで剣撃を次々と繰り出す。その一つ一つをエルツは動揺しながらも、剣と盾で上手く捌きながら対処して行く。
観客からは早くも歓声が上がり始めていた。
「せぁっ!」
掛け声と同時に繰り出されたレオの剣撃を盾で大きく弾き返したその瞬間、レオは後方ステップアウトしながら剣を腰後ろへと引き下げる。
Alchemists陣営ではレオのその戦い振りに感嘆の声が上げられていた。
「相変わらず闘い方に隙が無いなレオさん。主催もあれじゃ防戦一方ですね」
「盾で防御してもダメージは削られるし、これじゃこの勝負も時間の問題だな」
メンバー達がそんな言葉を漏らす中、一人が決定的な言葉を呟く。
「それに主催の一番の不運は、まだレオが本気出していない事だ」
そして観客の目の前では一旦距離を置いたと見えたレオが、その直後バイカースラッシュをエルツに浴びせ掛けていた<D値:8>。
盾で辛うじて防いだエルツだったが、その衝撃に一瞬盾を構えていたエルツの腕が下がったその瞬間をレオは見逃さなかった。
鋭い剣閃がエルツの身体に浴びせられ、エルツの身体から遂にヒットダメージがポップアップする<D値:12>。
観客席から上がる悲鳴。だがそれよりも、何より流れるような連続攻撃を仕掛けるこのレオという青年のバトルスタイルに周囲からは歓声の声が上がりつつあった。
「何だよあいつ。半端じゃなく強ぇ……あのエルツが手も足も出ないなんて」
ケヴィンのその言葉に応える者は居なかった。どう見ても戦況は絶望的だった。
広場では一旦レオが距離を取り仕切り直していた。
「まだギアが入ってない感じですか。隠してても分かりますよ。お互いそろそろウォーミングアップは終わりにしませんか?」
レオの言葉にふっと微笑するエルツ。
「何だあいつあのレオ相手に実力隠してたのか」
「だがそれもレオに無理矢理引きずり出されたな。この後惨敗したら主催の面目丸潰れじゃないか。主催のお手並み拝見といったところか」
Alchemists陣営のそんな会話を外野に剣を構える二人の対戦者達。
この時点でほぼ無傷のレオに対してエルツは総体力の半分程を既に削られていた。
「……エルツさん」
ユミルが呟いたその時だった。
弾けた様に飛び出したのはまたしてもレオだった。だが、その勢いはまるで今までは前座と言わんばかりの、まるで獅子のような凄まじい猛攻でエルツを追い立て始める。再び防戦一方のエルツ。その様子にAlchemists陣営は勝利を確信する。
「この勝負、貰ったな」
仲間達のそんな呟きの中、だが闘っているレオはエルツに対して違和感を隠せなかった。
状況的には相手の防戦一方だ。だが先ほどまでとは何かが決定的に違う。その違和感にレオが悩んでいたその時だった。
エルツが大きく剣を振るい、レオの剣閃を迎え撃ち弾き返す。
――そうか……盾での防御が消えたのか――
そう、先ほどまでは盾による防戦を行っていたがエルツだが、今はレオのその全ての攻撃をエルツは自らの剣によって迎え撃っていた。
盾での防御はダメージから完全に逃れる事は出来ない。あくまで盾は防御であり、ブロックダメージは受ける事になるのだ。
この今の状況は同時にレオにとって重大な事実を示していた。それは。
――剣筋が既に見切られている――
その事実に気づいたレオの眼前をエルツの剣閃が過ぎる。
いつしか手数でもエルツが上回りつつあった。
――一旦距離を取る――
そうしてレオがステップアウトしようとしたその時だった。
「悪いけど……逃がさないよ」
それはエルツが悪魔のような微笑を浮かべた一瞬だった。レオの動きにぴったりと寄り添い剣撃を繰り出すエルツ。
それは初めてレオがこの試合で動揺を見せた瞬間でもある。
実力を隠していたのはお互い様だった。ここまでレオはコミュニティの中でも有望株として注目されてきた。その立ち回りや戦術においては、同Lvの冒険者に対してかつて一度でも引けを感じた事は無い。それはレオにとっては揺ぎ無い自信へと繋がっていた。
「はぁっ!」
レオの掛け声と同時に繰り出された剣撃が空を切る。
――こんな馬鹿な――
繰り出されるエルツの剣撃がそこでレオの右肩を捉える。
湧き起こる歓声。広場で展開されるその逆転劇に観客はこの上ない盛り上がりを見せていた。
だがレオも歴戦の強者。そんなエルツの立ち回りの変化に対応するために冷静に戦況を捉え始める。
エルツの首元を目掛けて薙ぎ払ったレオは、エルツが身を屈めると同時にステップアウトして距離を取る。それはレオが得意とするバイカースラッシュへと繋ぐ流れだ。
再びステップインして対戦相手に目掛けて攻撃態勢に入ったその時だった。ふと眼前を目遣るとそこには自らと同様の攻撃態勢に入っている対戦相手の姿が映った。
――まさかバイカースラッシュ――
レオが構わずWAを発動させたその時だった。鳴り響く激しい金属音。
「……そんな」
レオが放った剣撃はエルツが放ったバイカースラッシュによって完全に相殺されていた。
いや、正確には相殺では無い。今ゆっくりと空中を舞うレオのアシッドソードが緩やかな軌跡を描き地面へと落ちる。
乾いた金属音が鳴り響くと同時に、レオの首元へ突き寄せられる刃。
その瞬間歓声は完全に止んでいた。
状況の把握に苦しんでいたレオは突きつけられた刃を前にただ一言口を開く。
「ま……参りました」
レオの言葉にざわめき立つ会場。
ここでWhite Gardenは一勝を上げる事になる。
まだここで負ける訳にはいかない、それはそんなエルツの気迫が貫いた一戦だった。