S10 Aブロック次鋒戦
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■Aブロック次鋒戦
▼Alchemists
Aries<アリエス>Lv10 マジシャン
<<<VS>>>
▼White Garden
Yumiru<ユミル> Lv10 ハンター
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広場は歓声に包まれていた。白熱した先鋒戦の後、リーシャンテは次鋒戦のアナウンスを始める。
エルツの呼び声に現れた二人の冒険者はお互いの姿を確認し真剣な眼差しを向け合う。
「それでは続いて次鋒戦、Aries VS Yumiru戦を行います。両者、礼」
審判の掛け声に丁寧に辞儀する二人。
「弟さん素晴らしい活躍でしたね。いい試合でした」
アリエスの言葉にユミルは何も言わなかった。真剣勝負の世界で敵から掛けられる労いの言葉など何の意味も持たないからだ。
そんなユミルの心情を察したのかアリエスもまた自らの失言を悟り、無言で頭を下げ謝罪する。
「良い試合にしましょう」
アリエスに差し出された手に今握手を交わす二人。
「それでは、定位置に。両者構えて」
リーシャンテの言葉に所定の位置につく二人。
お互いの手の内は知れている。数ある試合の中でもこの対戦に関しては両コミュニティにとって想定された試合の筈だった。
今ゆっくりと振り下ろされる審判の腕。
「始め!」
開始と同時にブロンズボウを引き絞りアリエス目掛けて矢を放つユミル。アリエスは放たれた矢を前に冷静に体を流して対処する。
水属性の魔法を専攻しているアリエスにとって弓の射程の長さはそれだけで驚異になる。何故ならばウォータースフィアの射程は五メートル。しかも発動には五秒という時間を要する。その倍以上の射程を誇り、さらに速射出来る弓の性能を考えれば、アリエスが水属性に拘れば戦況は不利になるだろう。
走りながら弓による矢弾を流れるように浴びせるユミルに対して、アリエスは青い鉱石の付いたロッドを片手にただただ逃げ回っていた。
暫く攻撃を続けていたユミルだが遠距離からの攻撃はアリエスに冷静に捌かれると判断し、自ら距離を詰めていくユミル。
当然だが、距離が縮まれば敵は被弾し易くなる。同時に攻撃を受ける可能性も出てくるがウォーターロッドの射程距離である五メートルライン外に位置する事でその射程から逃れる事が出来る。
矢を放ちながら距離を詰めるユミルの動きを見たアリエスは背を向け走り出す。
その様子を見ていたケヴィンが声を漏らす。
「五メートルの距離に近づいたらユミルが圧倒的に有利だからな。ハンターは敏捷力にパラメーター補正がかかる。あいつが追いつくのは時間の問題だな。この勝負は貰ったか」
そんなケヴィンの言葉に解せない表情で呟くリーベルト。
「だけど、今起こってる状況的不利ってただ武器を変えれば解消される程単純な問題ですよね。ウォーターロッドを持ってればハンター相手に不利になるのは目に見えてる」
リーベルトの言葉に皆が視線を投げる。
つまり、リーベルトはこの状況はアリエスによって創り出された想定内の状況だと示唆しているのだ。
ユミルがアリエスとの距離を詰め、距離五メートルまで近づいたその時、皆の心配は現実のものとなる。
突然振り向いたアリエスが腕を振り下ろす。射程外に居るというユミルの認識がアリエスが赤色鉱石の付いたロッドを持っているという事実の理解を遅らせた。
「ユミル、避けろ!」
ケヴィンの叫びと同時にアリエスの放ったファイアボールによって炎上するユミルの身体<D値:23>。
纏わり付いた炎を払うために必死に動き回るユミルに対して、アリエスは容赦無く再びロッドを振り下ろす。
迫る火球を回避できず右脚に受けたユミルは横転しその場に崩れる<D値:17>。
コミュニティメンバーが息を呑んで見守る中、アリエスは火球を一つ二つとフロートさせ両手の間で無造作に弄んで魅せる。その様子に観客から感嘆の声が上がる。
「あれは、Magician of Redの。アリエスの奴、いつの間にあんな芸当」
ケヴィンの疑問に答える声は無い。
大会が始まるまでに、相当な練習を積んで来た事は誰の目にも明白だった。この大会に懸けるアリエスの想いを皆肌で感じ取っていた。
起き上がったユミルに向けて容赦なく火球を重ねるアリエス。再び炎上し<D値:19>、転がるユミルの姿を前にいたたまれなくなったチョッパーが立ち上がる。
「お姉ちゃん……!!」
今にも飛び出しそうなチョッパーをエルツは必至に抑えながら戦況を見守っていた。
「悪いですけど手は抜けません。これは真剣勝負ですから。最後まで全力を尽くす事が、ユミルさん。あなたへの最大の礼儀だと思っています」
完全にアリエスの術中に嵌ったユミルの身体が再び炎上<D値:21>する。
起き上がりに攻撃を重ねる。それは戦術において基本だ。アリエスはそれをただ忠実に実行しているに過ぎない。だが、見ての通りその効果は覿面だった。
「ユミル降参するんだ。後は俺達に任せろ!」
フランクの言葉に倒れながら視線をこちらへ向けるユミル。
その視線に言葉を失う一同。力無く立ち上がるユミルを一同はただ無言で見つめていた。
ユミルのあの眼光、彼女もまたこのWhite Gardenを背負った者の一員なのだ。彼女のその意志を誰も止められやしない。
今更ながらにエルツは自らが企画したこの大会の意義を改めて痛感していた。
今はただ彼女を外から応援する事しか出来ない。
「ユミル、頑張れ!」
エルツは気づけばただそう大声で叫んでいた。
そんなエルツの様子にコミュニティメンバー達も次々と応援の声を上げ始める。
その応援を受けながら起き上がりと同時に身を翻して火球を回避するユミル。回避と同時に放った一筋の矢がアリエスの追撃の手を止めた。
距離を取り仕切り直すユミル。そんな彼女に向けて周囲から応援のコールが巻き起こる。観客から巻き起こるそのユミルコールをアリエスは複雑な表情で受け止めていた。
だが、たとえ悪役になろうともアリエスにはこの大会に懸ける強い想いがある。
ここで、手を止める訳にはいかない。持てる策のその全てを使って彼女を追い込んで行く。
そうして、アリエスはユミルをじっと見据えロッドを構える。
一方距離を取ったユミルは再び遠距離からの攻撃を始めていた。だが距離を取っての攻撃は既にアリエスには見切られている。アリエスに攻撃を当てるには中間・近距離からの射撃が必要となるのだ。
遠距離に居ながらアリエスに確実にダメージを与えられる方法、それが理想的な攻撃方法だ。だが、限られた条件下においてはそれを実現する方法がたった一つ存在した。
ユミルは真っ直ぐにアリエスを見つめながらその言葉を口にする。
「Rapid Shot<ラピッドショット>」
ユミルの宣言と共に光り輝く弓。
そのユミルの姿を確認したアリエスは動揺を隠さなかった。
引き絞られたユミルの手から放たれる瞬速の矢。目にも留まらぬ一撃を胸に受けたアリエスは、その衝撃<D値:33>にフラつき持ち応える。
Rapid Shot<ラピッドショット>。それはハンターがCR5から使用可能になるクラス固有スキルである。その効果は宣言後、一回目の射撃速度に1.5倍の補正を掛ける。
攻撃を受けたアリエスは冷静に状況を分析していた。今受けた攻撃は必然のダメージ、盾を持たないマジシャンが避ける事は困難な攻撃だ。だがその技の特性上攻撃は一回で打ち止めだという事も把握していた。再び今の攻撃をユミルが行うには再使用時間の五分が経過しなければ使う事は出来ない。
この大会では一試合の持ち時間は二十分と決められている。両者がその時間までお互いに身を保っていた場合、その時は総被ダメージで勝負の雌雄は決定される。
ここまででアリエスがユミルに与えたダメージは八十程。
恐れる事は無い、現状を保てばそれでいい、とアリエスはそう考えていた。
だが、ここからユミルの戦法は一変する事になる。完全にアウトサイドからの攻撃に徹したユミルはひたすらアリエスの攻撃が及ばない遠距離から矢弾による攻撃を仕掛ける。近づかない事を徹底していたアリエスだったが断続的に仕掛けられるユミルの攻撃とあの瞬速の矢が来るタイミングを恐れて回避ミスが誘発されていた。
一度目のラピッドショットから五分が経過する頃、この時点で試合時間は十七分を回っていた。二度の回避ミスによりアリエスの総被ダメージは七十前後。ここでラピッドショットを受ければ形成は逆転という所まで迫っていた。
この時アリエスの中では心の葛藤が生まれていた。攻めるべきか守るべきか。もう一度ラピッドショットが来れば避ける事は難しい。そうなれば残り時間から前に出ざるを得なくなる。だが、もし避ける事が出来たなら。このまま避け続ければアリエスの勝ちは確定だ。
ここまでこの戦いのシミュレートを重ねてきたアリエスにとって攻めの姿勢は最終手段と考えていただけに尚更アリエスはここで保守の姿勢を取らざるを得なかった。
だが、その選択がこの試合の流れを大きく変える事になる。
試合時間が残り二分を切ったその時、アリエスの目の前でユミルが持っていた弓が光を帯びる。
――ラピッドショットが来る――
心理的動揺を負ったアリエスにとってそれは必然の結果だった。
一瞬の迷いを覚えたその瞬間、瞬速の矢がアリエスに突き刺さる<D値:23>。
ここで観客が一斉に湧き始める。
ダメージを追ったアリエスは完全に我を失ったのか、不気味な程静かに着いた膝を立ち上げるとそのままユミル目掛けて走り出す。
走りながらロッドを背に構えるアリエスに対して的確に射撃するユミル。距離が近くなった今、アリエスが避ける事は困難だった。避け切れず矢弾を受けたアリエス<D値:21>。ここでアリエスの身体が赤点滅を始める。
「この勝負貰った! 行け、ユミル!」
ケヴィンが叫んだその時だった。ユミルが止めを刺そうとアリエス目掛けて矢を振り絞る。
だが放たれた矢に対して走り込むアリエスは避ける素振りも見せない。
ここでエルツはアリエスの狙いに気づく事になる。背中にロッドを隠していたアリエスのその意図に。
矢弾を受けた瀕死のアリエスだが、彼にとってはもはやそんな事は些細な問題だった。
ユミルの眼前まで近づいたアリエスが彼女の手を取ったその瞬間、青色鉱石の着いたロッドが振り下ろされる。
「ユミル、離れろ!」
エルツの掛け声にユミルがその意味に気づいた瞬間、彼女の身体は水球の中へと包まれて行く。
そう、それはWater Sphere。
広場端を背負って闘っていたユミルにとってこの状況は決定的なある事実を指し示していた。
アリエスがロッドを差し向けると同時に場外へと跳ね飛ばされるユミルの身体。
場外からは怒涛の悲鳴と歓声が上がっていた。
それは、この厳しい戦いの末に勝者が決まった瞬間だった。