S8 開催挨拶
コミュニティ対抗試合開催当日、その日は良く晴れ空には雲一つ無い青色が広がっていた。
普段は人通りの少ない早朝9:00に、広場に集まった溢れる冒険者達。凡そ八十名近い冒険者の数にただ白庭の参加メンバーは口を開けて呆然としていた。
「こんなに居るのか」と口を開けたケヴィンが呟く。
それは明らかに想定した人数を大幅に越える参加・見学者の数であった。
「エルツさん大丈夫ですかね?」とリーベルト。
「なんかさっきあいつスーツ着てたの見たけど」とケヴィンが答える。
当惑するコミュニティメンバーを残してエルツは集まったそれぞれのコミュニティへと挨拶に駆け回っていた。当日企画関係者は皆スティアルーフ繁華街の祭儀洋服店St.Formaで販売されているカスタムスーツ着用という事で話は纏まっていた。
挨拶回りにはドナテロもエルツに同行してくれ、各コミュニティにドナテロは丁寧に礼を尽くしてくれた。実は企画段階からドナテロは会議にも出席するとエルツに申し出てくれていたのだが、この企画について自分のコミュニティに関しては全て自分が責任を持ちたいというエルツの言葉にドナテロは身を引いていたのだった。
AlchemistsとTIFFANYのメンバーに挨拶を済ませたエルツとドナテロは最後にBLOODY MARYへの挨拶に向う。エルツ達の姿を見るなり、歓迎の歓声を上げるBLOODY MARYのメンバー達。
「おうおうおう、一同静かにしやがれぃ! お兄様はおいらだけのもんだ! 文句ある奴はかかってきやがれ!」
ポンキチの煽り文句に一斉にメンバーが襲い掛かるのを確認すると、ジュダは一人エルツ達の元へとやってくる。
「あんたが大将のドナテロか」
「ああ、今日はよろしく頼む」
ドナテロの差し出した手にふっと微笑するジュダ。
「成る程、あんたも一筋縄じゃ行かなそうだな」
「お互いな」
ドナテロの返し言葉にジュダはすっと手を差し出すと二人は堅い握手を交わす。
まさか、この二人がこんな形で対面するとは夢にも思わなかった。
「今日は宜しくお願いします」
「主催者は大変だな。皆待ってるぜ、開催の挨拶しっかりやれよ」
ジュダの言葉に深く頷いたエルツは広場を見渡す。
広場に溢れたたくさんの冒険者。彼らは皆この企画のために集まってくれているのだ。
――失敗は許されない――
広場の中央へと歩み出て行く一人の人影。
「あ、エルツさんだ」とユミルが顔を輝かせる。
広場の中央に躍り出たエルツの姿に歓声を上げる各コミュニティのメンバー達。
エルツはPBについているマイク機能を使ってテストを始める。
「あ……あ……マイクテスト。マイクテスト。あ……あ……い……う……ぶ……うぇ」
「そんなもんここ来る前にやっとけ!」
どこからともなく湧いて出たつっこみにどよめく笑い声。エルツの言葉に一気に沸き始める観客達。
「あいつ何やってるんだ」と笑いながらケヴィン。
「でも、やっぱ緊張してるみたいですね。大丈夫かな」とフランク。
そんなエルツの様子を心配そうに眺めるWhite Gardenのコミュニティメンバー達。
「はい……えーと、それでは。本日はようこそお集まり頂きました。私、今回本企画の主催を務めさせて頂きますエルツと申します」
「エルツー!!」
観客の予想以上の掛け声に動揺するエルツ。その掛け声がポンキチが誘導したものだという事も知らずエルツは言葉を続ける。
「当日、晴れるかそれが一番心配だったんですけど。無事晴れてくれて、本日快晴という事で。日頃の行いが良い方が多かったみたいですね。素行が悪い人は感謝して下さいね」
再び場から漏れる笑い。それは前日にポンキチが言えと作成した提言だった。
「あいつ結構口回るな。大丈夫かあんなに飛ばして」とケヴィン。
そこには普段見慣れないエルツの姿が在った。大会の士気を上げるために必至にテンションを高めているのだろうと、その姿は滑稽にも痛々しくも見える。
「本来ならば本企画の経緯についても長々とお話したいところなのですが、焦らす趣味もありませんし、単純にそんな時間もありません。開催の挨拶も程ほどに、大会の宣誓をさせて頂いて早速トーナメントのクジの方へ移りたいと思います」
歓声が巻き起こる中。マイクを通してエルツはBLOODY MARYの陣営に向かって手招きする。
彼等がその様子に沸き始めると、その中からピエロの着ぐるみを纏った一人の人物が姿を現した。
観客から笑いが零れ始める中、その人物は無言で見つめるエルツの前を通りPBを広げマイクに向かって咳払いを一つする。
「始めまして。エルツお兄様の従順なる下僕第一号、筆頭戦士ポンキティです」
臆する事なく堂々と発言したポンキチのその言葉にエルツが観客の目にも明らかな動揺を見せる。
「な……ポンキチ、お前何言って。しかも何でお前スーツ着てないんだよ。打ち合わせと違うだろ」
小声で囁くエルツに対し、敢えてマイクに鼻息を響き渡せるポンキチ。
「打ち合わせと違う? ふっ、お兄様。お言葉ですが、本大会に打ち合わせなんて存在しませんぜ」
「分かった。お前もう喋るな。宣誓も自分やるから一旦引っ込め」
エルツの声がマイクに乗り始め、会場は笑いに包まれる。
「お前、開会の挨拶って一番大事なとこなんだって。頼むよポンキチ」
「一番大事なとこ? お兄様、敢えてここは言わせて頂きますぜ。一番大事な事はここにいる観客様方が一番良く分かってる筈ですぜ」
そうして、ポンキチは観客に向かって大きく手を広げる。
「それは、嘘偽り無くコミュニティ同士が身体一つでぶつかり合う真剣勝負。そうだろ、お前ら!」
その言葉に観客達が一斉に沸き始める。
そして手を広げ掲げたままポンキチは高らかに宣誓を始める。
「宣誓、我々は本対抗試合に於いて穢れ無き冒険者の清き精神に基づき、対戦相手への敬意を忘れず正々堂々と闘い抜く事を誓います」
一同が注目する中、広場に響き渡るポンキチの宣誓。
「今日はとことん楽しんでいきやがれ! 紛れも無い真剣勝負を見せてやるぜぃ!!」
ポンキチの全力の掛け声が広間に鳴り響いたその時、広場から大歓声と拍手が巻き起こり場が騒然とし始める。
騒然とした場の空気に揉まれながら共に声を張り上げるコミュニティメンバー達。
通行人達も何事かと足を止め、いつしか広場には多くの冒険者達が集まっていた。
「おお、凄いな。盛り上がってきましたね」とリーベルト。
「若干、エルツは空回ってたけどなあいつ」と笑いながらケヴィン。
ポンキチの咄嗟のアドリブながら宣誓の成功を確認したエルツは早速次のアナウンスへと移る。
そのアナウンスに中央には四人の冒険者が姿を現す。
その冒険者達の姿に場からはどよめきが漏れ始めた。
「それでは、各コミュニティの代表者の皆さん、広場中央に設置してありますボックスの中からクジを一枚引いて下さい」
エルツの言葉に各コミュニティの代表者達がそれぞれボックスに手を潜らせ始める。
「エルツさん、開会の挨拶お疲れ様です」
リーシャンテがボックスに手を通しながらそう語り掛けてきた。
「あ、ありがとうシャンテ。一時はどうなるかと思ったけど、皆が協力的に乗ってくれたから助かった。本当に皆に感謝しないと」
エルツの言葉に微笑むリーシャンテ。
「ふふ、でも協力的なのはここまでですよ。これからは私達は敵同士なんですから、今日は正々堂々と闘いましょうね」
「ああ、勿論」
そんな会話を後ろから聞いていたドナテロがふっと微笑を携えながらボックスに手を潜らせる。
「あんま意気込むなよ。お前の悪い癖だからな」
「あ、はい」
ドナテロの言葉にお互い微笑み合う二人。
そうして、クジの結果組み合わせが決まるとエルツはそれを皆に発表する。
「それでは、クジの結果を発表させて頂きます」
エルツの言葉に再び場が静まり返る。
「トーナメントAブロック第一組『Alchemists』」
エルツの言葉に歓声が巻き起こる。
そんな歓声の中心でシルビノ率いるメンバー達は恥ずかしそうに手を振って見せた。
「続いて、ではBブロックの第一組を発表しましょうか。じゃないと組み合わせが分かってしまいますからね。Bブロック第一組は『BLOODY MARY』の皆さんです!」
その言葉にBLOODY MARYの大慣習から凄まじい歓声が上がる。
口々に「やばい」と声を上げ始めるBLOODY MARYのメンバー達。そう残るコミュニティは二組。そのうち一組は本大会の優勝候補『TIFFANY』が残っているからだ。
何を隠そう、今回TIFFANYではヴァニラが参戦する事が本日公表されていた。まだ本人は会場に姿を見せていないが、参加メンバーにはしっかりとその名が刻まれていた。
「ヤヴァイってヴァニラ来るよ。ヴァニラ!」
「副団長、瞬殺されるんじゃないですか」
そんなコミュニティメンバーの心無い声援にポンキチがさらに彼らを煽り始める。
続いて残るニ枠の発表を始めるエルツ。
「さて、残るニ枠ですが。それではAブロックの第二組を発表させて頂きます。大会の流れを運命付けるこのトーナメント第一戦ですが、Aブロック第二組は」
そうして一息呑んでエルツは高らかに宣言する。
「『White Garden』です!」
その言葉に歓声と同時に「ああ!」という声も多く場に飛び乱れる。
「となると残るBブロック第二組は自動的に『TIFFANY』という事になりますね。がっかりとした声も少なからず上がったようですが、第一戦は以上の組み合わせで行いたいと思います。流れとしては第一戦の勝者二組で決勝を行います。なお敗者による三位決定戦は行いませんので予め御了承下さい。本大会は順位付ける事が目的では無く、あくまで優勝を争う大会です」
そうしてエルツは沸き上がった会場に向けて開催挨拶を締めくくる言葉を送る。
「トーナメントAブロック『Alchemists』VS『White Garden』は午前10:00より開催致します。それでは、ここで最後にちょっとした注意事項をさせて下さい。本大会はこのスティアルーフの街の中央広場を貸し切って行っています。当然広場には大会に参加しているコミュニティとは無関係な冒険者の方も多数いらっしゃいます。そうした冒険者の方々にはなるべくご迷惑をお掛けしないよう、例えば無闇な争い、つまり喧嘩ですね。あと食べ物や香煙草のポイ捨て等といった公共良俗に反する行為はお控え頂くようお願い申し上げます。楽しい大会にするためにも皆でマナーを大切に守りましょう。主催からの大会開催のご挨拶は以上を以って終わりとさせていただきます。それでは皆さん本日は宜しくお願い致します」
そうして挨拶が終わると同時に拍手で送られるエルツ。
開幕の挨拶を終えた事でちょっとした重責から解放されたエルツは胸を撫で下ろしながら自らのコミュニティ『White Garden』へと向かう。コミュニティのメンバーはスーツ姿のエルツの姿を確認すると笑顔で迎え入れる。
「お疲れ様、エルツさん」と満面の笑みで迎え入れるユミル。
「いやぁ……緊張した」
そうして広場付近に引いたコミュニティ専用のブルーシートに座り込んだエルツは小瓶の水を口にする。
「お前、最初のマイクテスト何だよあれ。前出て張り倒そうかと思ったぞ」とケヴィン。
「いや、なんか緊張して何だかよくわかんなくなっちゃってさ」
エルツの言葉に失笑するリーベルト。
「え、じゃあ。あれ素ですか?」
「全然、素」
エルツの天然を確信した一同は、心から彼が空回らなかった事に安心して胸を撫で下ろす。だが綱渡りの開催挨拶が終わったところで、ここで一同は本来の目的に集中する事が出来る。
初戦の相手はシルビノ率いるAlhemistsだ。相手の戦力は未知数。決して油断のならない相手である。
対戦するコミュニティが決まった所で早速一同は初戦について話し合いを始める。
「初戦の相手決まりましたね」とリーベルト。
「Alchemistsか。初戦は重要だな。誰出す?」とケヴィン。
その言葉に騒ぎ出す子供達。
「オレ、オレやる!」とウィル。
「あ、ずりぃ。俺だってやりたいよ」
早速揉め出すウィルとシュラク。
エルツはふと隣に居たチョッパーに視線を振ると、彼もまたそんな二人に羨望の視線を向けているように見えた。
「アルケミストの低レベル帯さっき確認して来たんだけど人数が多くて誰出してくるかわかりらないな。最悪じゃんけんで決めるしかないかな」とエルツ。
戦略もひったくれもないエルツの言葉にウィルとシュラクがじゃんけんに手を振り翳したその時だった。
人ごみの隙間を縫って現れた二人の人影に視線を投げる一同。
「シルビノさんにアリエス。どうしたんですか?」とエルツ。
「すいません、突然お邪魔して。先鋒戦についてちょっとした提案があるのですが聞いて頂けないでしょうか?」
突然の来訪者に顔を見合わせる一同。
「ええ、勿論。一体どんなご提案ですか?」
「実は先鋒戦につきましてうちの者達は複数参加希望者が居りまして。そこでなのですがもし宜しければタッグ戦をご提案させて頂きたいのですが」
タッグ戦、その言葉に皆が顔を上げる。
それは一同が考えてもいない案だった。確かにタッグ戦なら出場出来ないメンバーにも平等に参加権を与える事が出来る。
「見たところWhite Gardenの皆様にも複数条件に合う方はいらっしゃるようです。こちらからご提案させて頂いたお話なので、人数についてはそちらにお任せ致します」
シルビノの言葉に振り向くケヴィン。
「お前等タッグ戦だって、どうする?」
「タック船ってなに?」
ウィルがぴょんぴょんと飛び跳ねながら聞き返す。
「タッグ戦だよ。チーム組んで闘うって事だよ。そうすりゃお前等皆出れるぞ」
その言葉に瞳を輝かせ顔を見合わせる三人の子供達。
子供達はそれで納得のようだった。それを見てエルツが皆に視線を振る。
「皆意見ある?」
「別に構わないとは思うが、もしかしてAlchemistsの方々がチーム戦一生懸命練習してたりしてな」
ケヴィンの言葉に微笑するアリエス。
「嫌な微笑だな」
「でも、まぁ初戦だし。三人も誰か出れないと可哀想だからここで出しとくのも手ですよ」
フランクの言葉に頷く一同。
正直、この三人に関しては戦術も通用しない。ならば好きにやらせた方が反って良い結果に結びつくかもしれない。
「それじゃ、三対三のタッグ戦を希望します」
エルツの言葉に頷くシルビノとアリエス。
「わかりました。それでは先鋒戦、お手柔らかに宜しくお願いします」
そう言い残して去って行く二人の姿を見送るWhite Garden一団。
コミュニティ対抗試合の幕はここに切って落とされた。