S6 Green Hole<緑穴>
激流に身を投げてからの記憶はもはやまともな認識ではなかった。凄まじい激流に身を転がされながら洞窟を下るその様子はもはや探索などという言葉で済まされるものではない。まさに命を懸けたアドベンチャーだった。
もはや下っているのか上っているのか、その認識さえも崩壊する異常な意識の中、大量の水を飲みながら水流から解放されたその先には一瞬の浮遊感が待ち受けていた。
一体何メートルという距離を落下したのか、着水した先でゆっくりと身体を起こしたエルツは視界の見えない真っ暗な闇の中で必死に足掻き水面に顔を出す。
「なんだよこのクエスト! おかしいだろ内容!」
自らの恐怖を誤魔化すように暗闇に向かって必死に声を張り上げるエルツ。
「フランク……居る? 大丈夫?」
暗闇の中から一瞬の間を置いて帰ってくる返答。
「……なんとか」
そうして立ち泳ぎをしながら二人は水面に顔を出したまま会話を続ける。
「真っ暗で何にも見えない。PBも開けないしこっからどうしたらいいんだこれ」
「CITY BBSの情報には行けば分かるとか書いてありましたけど、現状打つ手無いですね」
暗闇に怯えながら二人がずっと体力が続くまで立ち泳ぎを続けなければならないのかと不安を抱えていたその時だった。
突然、遥か頭上に光が輝く。
「……光った」
頭上の光に気づいた二人が視線を上げると同時に遥か頭上から一筋の光が空間に舞い降りる。水面上に小さな光のスポットが当てられると、その光にまるで呼応するかのように周囲の洞窟が光を帯び始める。光を帯びた洞窟の岩壁が見せるその光景に思わず息を呑む二人。
「……凄い」
一面が不思議な輝きを帯びた緑色の苔に包まれた神秘的な世界。不思議な輝きに包まれたその苔達はまるで自身が光を放つかのように、その洞窟空間を美しく照らし上げていた。
「これが緑穴」
その余りに美しい世界に二人が見惚れていたその時、スポットで照らし出された空間の中央の水面上に浮かぶ二枚のカードにエルツが気付いた。
「フランク……あそこにカードがある」
エルツの言葉に二人は顔の水滴を拭いながら、中央スポットのカードの元へと向かい、そして手を伸ばす。
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〆カード名
緑穴<グリーンホール>
〆分類
貴重品-サークリングカード
〆説明
ラクトン採掘場の奥深くに眠る神秘の洞窟。一面を緑光苔に覆われたその神秘的な世界は冒険者達を魅了して止まない。
〆所持効果
風属性抵抗+3
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「サークリングカード……?」
そのカードを口に咥え、両手を広げてPBを広げるエルツ。
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■サークリングとは
大地にはそれぞれ地脈と呼ばれる流れが在り、そこには一つの質感を持った気流が流れている。普通の人間には見る事の出来ない自然の力であるこの気流は、時折一つの場所に停滞し留点を造る。それがサークリングである。
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腕を水面上に広げてPBの説明を読みながら、そんな中エルツはふとした疑問をフランクに投げ掛ける。
「ふと思ったんだけどさ。こっからどうやって出るんだろうね。さっきから出口探してるんだけど見当たらないし」
その言葉にフランクがふっと微笑して呟く。
「手に入れるモノは手に入れたし、溺れて帰還しますか?」
「それこの状況だと冗談に聞こえないから止めよう」
二人がそんな会話をして笑いを零していたその時だった。
突然二人が置かれていたその状況がまた変化を見せ始める。その変化に気づいたエルツが声を上げる。
「……水位が上がってる」
先程までどこからか流れ過ぎていた水音は今は消え、光り輝くこの世界に流れ込む水流によってただただ水位が上昇して行く。
状況が飲み込めず当惑しながら、ただ浮上して行く二人。だが遥か頭上で輝いていた光源が近づいてくるにつれ二人は、頭上にぽっかりと空いたその穴に向かって笑みを向ける。
「なるほど、そういう事ね」
どういう仕組みからは分からないがプレイヤーがこの空間を訪れると、水流は塞き止められ自然と水位が上昇する仕組みになっているらしい。水位が上昇すれば遥か頭上に見えた穴から地上へと脱出する事が出来る。
美しい空間に居られる時間も僅か、二人はその神秘の世界との別れを惜しみながら外界へと浮上するのだった。
ゆったりとした水位の上昇と共に緑穴を抜けた二人を待っていたのは澄み渡る青空とそして。
急に目に飛び込んできた眩しげな光にエルツは手を翳す。
「青空か、このイベントも何気に悪くなかっ……て、マジかよ!」
そう動揺したエルツを横目にフランクが笑い声を漏らしたその時だった。
二人の身体が洞窟外を流れていた水流によって空中へと投げ出される。眼下に広がる森林と草原。そして足元には足場の無いただ澄み渡った空気が凛然と存在した。その壮大な景色を前に今二人は重力に導かれ自由落下する。
一瞬の無重力感に完全に不意を突かれたエルツが体勢を崩しながら無様に頭から着水すると、続いてフランクが器用に足元から飛込む。
それから勢い良く水面上に顔を出した二人は声を上げて笑い出す。
「ふざけんなよ! 予告無しにいきなり二十五メートルのフリーフォールってどんだけユーザー舐めてるんだよ!」
激昂するエルツの怒声に声を上げて爆笑するフランク。
それは振り返れば本当に楽しい時間だった。エルツの中で決定された一つの未来、そんな決心さえ揺らいだ、そんな瞬間だった。
■【Q&A】読者様からのご質問
Q:S6の最後の一文で展開が読めてしまったんですが、だとするならエルツが許せません。六章の最後でスウィフトに「絶対忘れない」と誓ったあの言葉は何だったんですか?
A:ご質問ありがとうございます。内容に思わず感動しました。
最後の一文についてですが描くかどうかは非常に悩みました。この一文から連想される皆さんのイメージは恐らく統一されていると思います。そして、この一文が暗示する内容は鋭い方は物語のエンディングへと結び付けているかもしれません。
興醒めにも繋がると思いますので、ここでははっきりとはお答えしませんが、皆さんがご想像している大よその流れは私が抱いている構想に順ずるものだと思います。つまり、皆さんのご想像通りという事です。
第五章での経験則から私はどうもオチを隠すのが苦手なようなので(笑)。結末を隠して不自然さを露呈するよりは、先出しして過程を楽しんで貰おうと、安直なスタイルに至りました。
頂いたご質問の後半部分についてですが、これは重要です。本章の章題を考えて頂くと分かるかもしれませんが、実はそれこそが本章のテーマとなっています。なので色々と語らせて頂きたいところなのですが、このご質問については物語の中でお答えさせて頂きたいと思います。
『夢絆』という言葉の意味を色々とご連想して頂ければ、本章を描く価値があります。