S4 VS Acid Slyme
その文字を繋げたエルツは静かにその文字を読み上げる。
「クーラー……ド……クラーク」
発音と同時にエルツの背筋を強烈な寒気が襲った。
「これクーラードクラークのネームプレートじゃないか。何でこの白骨が持ってるんだよ!」
この白骨を見た時からある程度推測はついていた。だが、この展開は想像したくは無かった。敢えて避けていたのだ。
そう、この白骨こそがCoolerd Clerk本人に違いなかった。
暗闇の中で突きつけられるこの事実は想像以上に心理的ダメージが大きい。
「運営陣……頼むよ本当に」
「エルツさん静かに」
呻く様な声を漏らしていたエルツにフランクがそう言葉で制した。
「何か聞こえませんか?」
「何かって?」
フランクの言葉にじっと耳を澄ませる二人。
――ジュ……ジュルジュル……ジュルル――
何か地面を這うような気味の悪いその音。
そしてふと足元を見たその時、二人はその音の正体に気づいた。
「何だ……こいつ」
二人の足元に纏わりつくゼリー状の奇怪な生物。いや、生物なのかどうかさえ疑わしい。
爆発的に高まる鼓動を抑えて、咄嗟にエルツはボイスコマンドを発動する。
「Analyze Goggle On」
発音と同時にエルツの眼部に装着される装置。未知の敵との遭遇時はまず敵状視察から始まるという理論に基づくならば意外にもエルツの頭は冷静だった。フィルター越しの情報を暗闇の中で叫ぶエルツ。
「Acid Slime Lv10 確認した限りこっちに一匹」
「情報ありがとうございます。こちらにも一匹確認」
手提げられたランプの灯火を必死に保ちながら足元からAcid Slimeを引き剥がそうと努める。足元からは断続的にダメージ数値がポップアップしていた。その平均数値は「5」未満だが、問題はその侵食速度だ。
「スリップダメージか。どんどんダメージが増えてく。このまま放置するとまずい」
二人は必死に引き剥がそうと足を振るが纏わりついたAcid Slimeは喰らい付いて離れない。
「くそ、こいつら!」
エルツが手に取った剣で突き刺すも、ゼリー状の敵の表面からは「1」と僅かなダメージが表示されるのみだった。
「物理攻撃が効かない」
ここへ来て二人はここへ来る前にCITY BBSで調べたある情報を思い出していた。
――このクエストをクリアするにはマジシャンが必要不可欠である――
その言葉を理解したその時には遅い。二人の身体は足元から這い上がってくるAcid Slimeによって見る見る侵食されて行く。
「フランク、大丈夫!? くそ、ダメだ振り解けない」
咄嗟にエルツが振り回していた手提げランプから白蝋が落ちたその時だった。足元のスライムが熱を持った蝋が落ちたその周りから避けるように身を引いたのだ。
「こいつら熱に弱いんじゃ」
咄嗟にPBを開いたエルツはダメージが身体から絶え間なくポップアップするのを確認しながら、二枚のカードを取り出す。
「Realize」
取り出したのは白蝋とマッチだ。こいつらが火に弱いというなら。
素早く白蝋に火を着けたエルツは身体に纏わり付いたAcid Slimeに向かって、火の着いた白蝋を近づける。
同時にジュルジュルという音と共に、身体に纏わり付いていたゼリー質の物体が滑り落ちる。
「やっぱりこいつら火に弱い」
身体からAcid Slimeを引き剥がしたエルツは、即座にフランクに駆け寄る。首元まで侵食されたフランクに白蝋の火を当てAcid Slimeを引き剥がす。
「大丈夫かフランク」
「なんとか……すいません。完全に油断してたな」
そして、急いで距離を取った二人はいつの間にか落としていた手提げランプを拾い直して再び点火しAcid Slimeの様子をじっと窺がう。
スライム達は厄介な事にここへ降りてくる時に使った岩盤の段差に二匹が陣取りそこで完全に動きを止めていた。
「道が塞がれた……これじゃ動けない」
完全にエルツとフランクが立ち往生していたその時だった。
岩盤の上に現れた小さな光。その輝きの向こうから黒のシルエットが二人を見下ろしていた。
別の冒険者だろうか。それなら助かる可能性もある。エルツが声を掛けようとしたその時だった。
「Explosion」
それは印言だった。印言と同時に岩盤の上に現れた巨大な火球が辺りを照らし上げる。
そして火球に隠れ姿の見えないその人物は今静かに腕を振り下ろす。同時に巨大な火球は岩盤上に陣取っていた二匹のAcid Slime目掛けて放たれ、そして放たれる激しい閃光。
巻き起こる爆音と爆風の中、直撃<D値:279,D値:303>を受けた二体のAcid Slimeからは三百を上回るダメージ数値が表示され、その爆発の中心で彼らは跡形も無く消え去った。
そのあまりの衝撃にエルツとフランクが放心状態で岩盤の上の黒いシルエットを見つめていると、彼は一言こう言い残して去って行った。
「これで貸し借りは無しだ」
その言葉の意味が分からずただ二人で呆然とその場で固まるエルツとフランク。
「借りって……?」
もしかして彼はさっき蝙蝠部屋で会ったあの青年だろうか。借りというのはたまたま生き残っていた蝙蝠が少女に襲い掛かろうとしたのを振り払ったに過ぎない。
「信じられない。あのプレイヤー……Lv26ですよ。Sinさんより上なんて、何でそんな人がこんなところに」
それは二人にとっては鮮烈な光景としてその目に焼き付く事となった。