S3 Coolerd Clerkの行方
一方その頃、洞窟の奥を目指していたエルツとフランクは蝙蝠の消えた広間を抜けると、そこからランプの灯りを頼りの奥へ奥へと足を進めていた。
十数メートル程の距離を歩き、差し掛かった分岐点で再び足を止める二人。行く手右側にはトンネラーが掘り開けた穴を人為的に通れるようにした小さな通路が、その道は平坦になっており、その先にはかつてエルツが使用したトンネラーの狩場がある。
そして、行く手左手にはこちらも人為的に鉱石発掘ように掘られた下りの通路。こちらは人が通るには充分な幅があるようだが、ランプは消灯しておりその先には深い闇が続いていた。
「ここを左みたいですね」
フランクの言葉に分岐路を予めCITY BBSで調べていた情報通り、左へと曲がる。ここから先の地下二層は多数の分岐路によって入り組んだ迷宮となる。一つでも道の選択を誤れば遭難は免れない。
二人はPBを開くと街で前もって購入しておいた一枚のカードを取り出す。
「Realize」
掛け声と共に具現化されたのは古びた手提げランプだった。スティアルーフの街の道具屋ペンタロンでこのアイテムは166ELKと比較的安価で売られている。
二人は合わせて購入しておいた白蝋をランプに立てると、燐寸を使って静かに火を灯す。
片手にこの灯を手提げる事で自然、盾は封じられる事になる。
「やっぱり武器は無いとキツイよね。それとも一人だけ灯り持って、もう一人は装備整えておこうか」
「いや、何が起こるかわかりませんから。一応二人共灯りは着けておいた方がいいですよ。幸いこの辺りにはウェアラットしか出ませんし。盾装備してなくてもダメージなんてそんなに受けませんから」
暗闇の中に浮かび上がる二つの灯火。洞窟内に響き合うお互いの言葉を確認しながら二人は地下二層へとその岩盤を下って行く。
時折、耳奥を掠める鼠の鳴き声に警戒しながら慎重に歩を進めるエルツ。そんな様子を見て先導していたフランクが振り向き声を掛ける。
「ウェアラットはアクティブなんですが、自分よりLvが高い者には攻撃を仕掛けずに避けるという習性があります。こちらから攻撃を仕掛けて防衛本能を刺激しない限り襲ってきませんよ」
フランクの言葉に少し安堵を覚えたエルツは剣を構えていた手を下げ、鞘に収める。
流石にこの暗闇の中で、たとえ格下とはいえこの動きの素早い大鼠達を相手にするのは至難だ。手提げたランプの灯りを保つため、こちらは激しい動きも許されない。ペンタロンでは三種類のランプが売っていたが、エルツとフランクが購入したのはその中でも最も安価なものだった。
高価なものは灯油式で、火が消えにくいというのがその特徴のようだったが、購入するその時点はその利点が見えず節約してしまった。
だが、実際に使ってみて分かった事はこの安価なランプでは剣の一振りでさえ中の白蝋が倒れて火が消えてしまう可能性がある。はっきり言って戦闘を想定して作られたランプではないのだ。
「失敗したな……今更言ってもしょうがないけど」
そんな呟きを漏らしながら二人は無駄な戦闘を避けるため、周囲のウェアラットを刺激しないように慎重に洞窟内を進んでゆく。
いくつもの分岐点を越え、入り組んだ地下洞窟の奥へと目指して歩きながらふと後ろを振り返るエルツ。前にも後ろにも、そこには先の見えない深い闇が広がっている。
それからさらに奥へと踏み込み、いつの間にか二人は目的地である深層へと近づきつつあった。
ここへ来てつくづく一人でここを訪れなくて良かったとエルツは心からそう感じていた。かつて一人でここを訪れた時は岩壁に取り付けられたランプの僅かな光のお陰でそこまで恐怖を覚える事は無かったが、この暗闇の中を手提げランプ一つで突き進んでゆくこの感覚は筆舌にし難いものがある。人間は本能的に暗闇を恐れるというが、まさに今エルツはそれを実感していた。そんな気持ちを紛らわすかのように口を開くエルツ。
「調べて来て良かったな。こんなの何の前情報も無く一人で来たら確実に遭難だよ」
「まぁ、MAP機能がありますから一度通った道はPBに記録されますし遭難は無いと思いますけど、それでも探索する時は不安になりますよね」
フランクの言葉にマップ機能がある事を思い出し頷くエルツ。
確かにこの機能があれば遭難する事は無いか。だとするならば、ここで一つ疑問が湧く。たとえ設定されたNPC的な存在だとしても、このクエストの捜索目的となっている人物Coolerd Clerkは何故ここラクトン採掘場で行方不明になったのか。CITY BBSで調べた内容はネタバレ禁止というキーワードで検索を掛けたため二人はこのクエストの真相は知らない。
「掲示板の情報だと、この先が目的のポイントなんですけど」
狭い通路の足場はここで急激に荒削りな段上の岩場へと変化する。空間的にも多少の広がりを持ったこの足場を踏みしめながら、手提げの灯りで慎重に辺りを照らす二人。
視界の行く手は巨大な岩盤が遮っていた。
「ここで行き止まりになってるね」
足元の固い地盤は湿った緩やかな足場へと変化を見せる。
「湿ってるな。水脈が近いのかな」
「それにしても、おかしいな。道間違えましたかね。戻ってみます?」
二人がそんな会話をしながら辺りに細かく灯りで探っていたその時だった。手分けをして探していたエルツのランプが岩盤に生え渡った緑色の苔に混じってふとあるものを映し出す。
「ん、何か白いのが岩盤の下から……何だこれって、うおっ!?」
突然のエルツのその悲鳴に慌てて飛んでくるフランク。
「どうしました!? って何だこれ……骨? 人骨ですか」
フランクの言うとおり岩盤から伸びたその白い物体は人骨に間違い無かった。
二人の眼前でうつ伏せた白骨。下半身を完全に押しつぶされたその遺体は、上半身を岩盤外に覗かせ必至に助けを求めるような姿でその左手を差し出していた。
「本物……?」
「まさか……と思いますけど」
フランクは勇敢にも静かに白骨に手を伸ばすと、何か手掛かりはないかとまさぐり始める。
「よく触れられるな……たとえバーチャルだって分かってても心臓に悪いよこれ」
「あれ……ちょっと待って下さい。腰のポーチに何か」
白骨が纏っていた麻の上着をまさぐっていた手を腰のポーチに伸ばしたフランクがそこから何かを引っ張って見せた。
薄汚れた小さなキーホルダーのような何か。
「何だろこれ……何か書いてある」
そこにはかすれた文字で次のように記されていた。
――C...oo...ler...d...C...ler..k――