序幕
穏やかな日常、ARCADIAでのそんな平和な日常に戻りWHITE GARDENの面々はいつものようにコミュニティルームで寛ぎ、そんな日常の変化を待ち望んでいた。
「何か最近皆弛んでるよな」とケヴィン。
「まぁ、そうですね」
リーベルトが頷きながらカシスリキュールを口に運ぶ中、ケヴィンはフランクに視線を投げる。
「なぁ、悪ぃ。フランク、何も考えずにさ。今からちょっとそこで三点倒立やってくんねぇ?」
そのケヴィンの言葉にぎょっとした表情を見せるフランクに口に含んだカシスリキュールを吹き出すリーベルト。
「冗談だよ、ああ……何か面白ぇ事ないかな」
そんな折だった。コミュニティルームの外から聞こえてくる足音。
開かれた扉から現れたのはエルツだった。
エルツの姿に、空き瓶で汚れたテーブルの上を黙って片付けていたユミルが笑顔を見せる。
ユミルが言葉を掛ける前に子供達がエルツの元へ駆け寄り金をせがむ。
「あ、エルツ! お金ちょうだい」
エルツが「却下」と言い捨ててウィルが騒ぎ出す中、彼を無視して皆に視線を投げるエルツ。
「こんばんはー、お。皆居るな。ちょうど良かった。実は皆に話があってさ。何人かには既に話してあるんだけど」
エルツの言葉に首を傾げる一同。
「話、ですか?」
「なんか面白い話なら歓迎するけどな。で、何だよ」
ケヴィンの言葉に微笑する数名。その微笑の意味を知らぬ者達はただエルツの言葉に耳を傾け始める。一体エルツは皆を前に何を話そうというのか。
突然切り出したエルツの話に黙って聞き入る一同。退屈な毎日に辟易としていた彼らにとってその話は幸運以外の何モノでも無かった。その内容に驚きの色を隠せなかったケヴィンが真っ先に声を上げる。
「マジかよそれ……!?」
「既に他のコミュニティからは参加の確認を得てる。今回参加に合意してくれたのはアリエスが所属するAlchemists、ポンキチが所属するBLOODY MARY、それからペルシアが所属するTIFFANY。残念ながらミサのところは今回は参加を控えたいとの連絡を受けてる」
そうしてエルツはソファーで寛ぐ数名に視線を向ける。
「今回、立ち上げからこの企画に賛同してくれたのはユミルとチョッパー、フランクとリーベルト、それからドナテロさんの五人」
「知ってたのかよお前等!? 何だよ、また俺だけ仲間外れか」
ケヴィンの言葉に面倒臭そうに失笑するリーベルト。
「エルツさんなりのサプライズなんですよ。俺らもその企画の話聞かされた時は驚きましたから。もっとも、まさか実現するとは思いませんでしたけど」
リーベルトの言葉に頷いたフランクはエルツに視線を返す。
「具体的な日程とか、もう決まったんですか?」
「予め、皆にはそれとなく空けるように伝えておいたけど現状では風刻の一日目。だから今からちょうど二十四日後かな。幸い今祝日だからログアウトする人も少ないし。他のコミュニティの人達の予定とあとPvPエリアで予約取れる日がその日しか無くてさ」
そうしてエルツはそこで溜息を吐いた。
「ちなみにここで聞いておきたいんだけど、今回のこのイベントに参加希望の人ってどのくらいかな。ちょっと手上げて」
エルツの言葉に一斉に上げられる手。
その様子にエルツははぁっと溜息を吐き、顔を顰める。
「やるに決まってるだろそんなもん。こんなチャンス滅多に無えよ」
「やっぱそうだよな……中には参加しないで見学に回る人も居るかなと思ったんだけど」
それがエルツの誤算だった。皆がまさかこんな乗り気になるとは夢にも思わなかった。
「他のコミュでもさ。結構な希望者が出てるみたいで、特にポンキチのコミュなんか全員参加希望だって話だから」
「人数は搾った方がいい。総当りは無いとしてトーナメントでも時間的に全員参加は無理だろ」
ドナテロの言葉に頷くエルツ。
「そうですよね。やっぱり、それじゃ人数は搾らせて貰おうかな。その上でも見学する皆にも楽しんで貰える様に組み合わせ考えないと」
「確かにトーナメントにしてもLv差がある対戦は勝負が見えてつまらないからな。ここはお前の企画力の見せ所だな」
ケヴィンのプレッシャーに苦笑いするエルツ。
「一応、今考えている方式だと四つのコミュニティでまず二組に分かれて、トーナメント。それぞれそこで勝ち上がった二組で決勝という形。具体的な試合方法は各コミュニティから五人選抜して貰おうかなと思ってる。試合は先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の組み合わせで五回戦。勝ち抜きでは無いです」
「その五人を選抜する条件って何かあるんですか?」
そのリーベルトの言葉に頷くエルツ。
「まだ確定では無いけど、Lv差が開いた対戦が起きないようにそれぞれ条件を付けるつもり。現状設定だと先鋒はLv5以下、次鋒はLv6〜10、中堅はLv11〜15、副将はLv16〜20、大将は無制限。ただこれだと、他のコミュによっては該当Lvが存在しない場合もあるからその場合は適宜、お互い協議の上条件を合わせて行こうかなと。たとえばLv5以下が居なかったら先鋒の条件も次鋒と同条件にするとか」
エルツの説明に頷く一同。
「もし、他にこんなルールが欲しいというのがあったら土刻の十二日までに自分まで意見を寄せて。検討します。十二日に他コミュにもイベント内容の詳細を回すので、それ以降の変更は不可」
説明を受けた一同はその目に期待を込めて輝かせ始める。
「シンさん達には連絡取ったのか?」
ケヴィンのその言葉に視線をドナテロに振るエルツ。
連絡手段が無かったエルツは唯一フレンドリストに彼らを登録しているドナテロに託したのだった。
「イベントへの参加は無理だそうだ。ただもし都合が合えば見学には来るとさ」とドナテロ。
そんなドナテロの言葉を聞いたケヴィンが素朴な疑問を挙げる。
「シンさん達参加出来ないって他のコミュの連中は知ってるのか?」
「いや、まだ伝えてないよ。自分も今聞いたし」
そのエルツの言葉にケヴィンが真面目な顔を見せる。
「それ早く伝えた方がいいな。白庭のSinって言ったら有名だからさ。今回こうして他のコミュニティが参加表明してくれたのもSinさんグループが目当てかもしれないぜ。これでもしSinさん達が参加しないと知ったら結構反感を募る可能性もある」
「確かに……それはありますね」
ケヴィンの言葉にここでリーベルトが同意する。
――なるほど、そこまで考えてなかったな――
「それについては、他のコミュに連絡しておくよ。確かにそれは重要だ」
エルツがそう心に留めていたその時、ふとソファーに居たドナテロが呟いた。
「背負うモノはでかいぞ」
ドナテロのその言葉の意味が分からず一瞬首を傾げるエルツ。
――背負うモノ?――
シンさん達が出ないこのイベントにおいて、当然エルツ達はWHITE GARDENの旗を背負った顔になる。
―ーそうか……そういう事か――
ただ単純にPvPを楽しめればそれでいいと思ったが、これが対抗試合である以上、自分達はWHITE GARDENというコミュニティの代表者としての責任がある。
――もしかして自分はとんでもない事をしてしまったのだろうか――
そんなエルツにドナテロは鋭い眼差しを向けた。
「怯むなよエルツ。やるからには全力で当たる。WHITE GARDENはSinの名で持ってるんじゃない、それを証明するいい機会だ」
ドナテロの頼もしい言葉に頷くエルツ。
――コミュニティ対抗試合――
それはこの大会に懸けるエルツの動機が高まったそんな一瞬だった。