【エピソード】穏やかな日常
二人がこの世界を去ってから、暫くは皆その悲しみに打ち伏せていた。
けれども人間とは不思議なもので時が経過するに連れて自然とARCADIAでの元の生活を取り戻しつつあった。それは決して彼らの事を忘れたわけじゃない。
彼らの事は大切な記憶として頭の中に焼き付いている。
どんなに悲しい事があっても、自然と人は前へと足を進める。今回の一件がそれを教えてくれた。
そんな事実を受け入れられたのも、それはエルツの周りに大切な仲間が居たからだ。
仲間の存在がいかに大きなものであるか、人は決して一人では生きられない。もしたった一人でこの世界で生き抜いていける人物がこの世に存在するなら、それは「生きる」という事を極めた人物に違いない。
――だけど、自分は……とてもそんな孤独には耐えられない――
コミュニティルームの一角に飾られた一輪の琥珀蘭を見つめながらエルツはふとそんな事を考えていた。
通常、現実で白色の蘭が持つ花言葉は「清純」や「幸福」を意味し、琥珀蘭もそれと同意を持つ。ただ加えて琥珀蘭にはこの世界においてはもう一つの花言葉がある。白き花弁に浮ぶ、小豆色の美しい斑紋の数々。その斑紋の一つ一つが指し示すもの。
――それは希望――
その言葉を浮かべながらエルツはまるで遥かな記憶を遡るように遠い目を向けていた。
「エルツさん、今何考えてますか」
「え、いや。ごめん。そんな辛気くさい顔してた?」
ユミルの言葉にエルツがそう謝ると彼女は切なげな微笑みを見せた。
「そりゃ、わかりますよ。だって私も今……同じ顔してたから」
その言葉にエルツも微笑を浮かべる。
子供達が狩りへと消えたコミュニティルームは酷く静かだった。
「ケヴィンはまたミサの尻追い掛け回してるのかな」
「あの人最悪ですよ本当に。馴れ初めだって、彼女は嫌だったのに何度も強引にしつこく言い寄ったらしいですから」
まぁ、ケヴィンらしいと言えばケヴィンらしいか。
「でも、この前ぼやいてたよ。付き合って日も経つのに、まだキスはおろか手さえ握らせて貰えないって」
「そんなの当分お預けですよ。というか絶対に私許しませんから、ミサにそんな事したら」
ユミルの言葉に笑みを零すエルツ。
その時、微かな足音と共にコミュニティルームの扉が開く音。
「こんにちは、っと」
扉から姿を現したのはリーベルトとフランクだった。
「あ、いたいた。エルツさん。今日行きませんか?」
「行きませんかって、どこに?」
そんなエルツの反応に微笑するフランク。
「なんだ、忘れたんですか。ほら、この前今度ログインしたらバッファロー狩り連れて行くって言ってたじゃないですか」
「ああ、言ってた。確かに言ってた。本当に連れてってくれるの?」
そんなエルツの言葉にリーベルトは「勿論」とそう頷いた。
「え、いいなぁ。バッファロー狩り。私も行きたいです」
「そうだな……危険だけど。時間空いてるならユミルも来る?」
フランクの言葉に顔を輝かせるユミル。
「え、私も行ってもいいんですか?」
「まぁ、ちょっと危険だけど俺らが守れば」
フランクの言葉にすかさずリーベルトが口を挟む。
「俺は守らないからな。守るんだったら……しっかりお前が守れよ」
リーベルトの言葉にフランクは不意を突かれたような表情を見せる。
「ああ、わかった。ユミルは俺が……守るよ」
一瞬、言葉を溜めたフランクの様子に思わず抑えきれず笑みを零すエルツ。
「いいなぁ、皆青春してるな」
「ちょっと……エルツさん!」
エルツの言葉に顔を赤くするフランクに、ユミルもまた照れ笑いを浮かべる。
「それじゃあ、CR上げ行きましょうか。バッファローのレベルはLv15〜16ですからね。間違っても群れに突っ込まないで下さいよ。即死ですから」
リーベルトの言葉に腰を上げるエルツとユミル。
そこに待ち受けるのはまた冒険の世界。そこには変わらない世界の姿がある。
「変わらない世界……か」
「詩人モード発動ですか?」
リーベルトの言葉に失笑する一同。
「何だよそれ。ごめんごめん。じゃ行こうか」
「はーい」
そして冒険者達は今再び旅立って行く。
その先にある。変わらない世界を求めて。