S26 全てを知る時
琥珀園から戻った三人は、街へ戻るとコミュニティルームへ顔だけ出そうという話に落ち着いた。
少しでも、この世界で出会った皆と時間を共有しておこうと、スウィフトの提案にリンスは同意した。その表情は皆に見られないように、顔には街で購入した薄いヴェールを被せていた。皆には病気で顔が腫れていると、そう話すつもりだった。
コミュニティルームに行けば、いつもと変わらない皆が出迎えてくれる。
そんな期待を胸にそうして三人はコミュニティルームの扉を開けた。
「こんばんは」
エルツの挨拶にいつもなら陽気な皆の返事があるところだ。だが、この日はいつもと様子が異なっていた。コミュニティルームに人が居なかったわけでは無い。
逆にコミュニティにはドナテロ、リーベルトにフランク、そしてケヴィンにユミル。ウィルにシュラクにチョッパー。スニーピィを除いた新歓の時のあのメンバーが勢揃いしていた。
だが、その表情は皆重く、言い様の無い空気に包まれていた。
その皆の視線から、この状況がどういう事なのか。三人は理解に苦しんでいた。
「皆……もう知ってます」
ユミルの言葉にエルツは憤りを隠さなかった。
「どうして……どうしてですかドナテロさん! 信用してたのに、何で!」
ドナテロはそんなエルツの様子に何も言わなかった。
ただ黙って視線を落とし、三人から目を背けていた。
「違うんです!……私なんです。私が皆に言ったんです」
そう声を上げたのはユミルだった。
――ユミルが……何で?――
「私聞いちゃったんです……あの時二人が会話してるのを。扉の外で」
ユミルが扉の外に居た? あの話を全て聞かれていたというのか。
「どうしてですか、どうして私達には話してくれなかったんですか? こんな重要な事」
ユミルの言葉に押し黙るエルツ。
その状況にエルツは居ても立ってもいられなくなった。
自分は何をやってるんだ。これじゃ場をかき混ぜてるだけじゃないか。
――この数日間で自分はリンスに何をやった?――
自分への怒りにエルツが身をうち震わせていたその時。
背後からそのか細い声は聞こえた。
「もう……いいのエルツ君。今まで黙っててくれてありがとう」
「……リンス」
リンスはその表情を皆の前に見せると静かに語り始めた。
「私が……私がエルツくんに頼んだんです。誰にも知られたく無かったから」
「リンスさん」
俯いたのはユミルだけでは無かった。皆がその言葉に視線を落としたその時、スウィフトが口を開いた。
「本当はここへ来たのは、今日僕から話すつもりだった」
「……スウィフト?」
その言葉にエルツはスウィフトに視線を投げる。
「ここへ来てから皆と過ごした時間は僕らにとって本当に貴重な思い出なんだ。だから最後は全てを知ってもらった上で笑顔で見送って貰いたかった」
「スウィフト……」
スウィフトの言葉にエルツが想い沈んだその時だった。
突然、視界の中で人影が崩れる。
「リンス!」
その掛け声と共に一斉に彼女に駆け寄る一同。
スウィフトの腕の中で突然の発作に必死に左胸を掴んで、首を振るリンス。
「リンスさん、しっかりして!」
ユミルに続いて皆が頻りに声を上げる中、エルツは必死にそれを制す。
「皆落ち着いて! 静かにしてくれ」
――別れはいつも唐突にやって来る――
その場に居た誰もがその重要な事実を忘れていた。