S25 琥珀園の思い出
天刻23。宿命の日まで残り二日。
この日の正午過ぎから、エルツはスウィフトにまた呼び出され西門へとやって来ていた。
スウィフトの隣には痩せ細ったリンスの姿があった。その姿は先日見たリンスの姿では無い。日に日にリンスのその様子は見た目で分かる程変化が現れていた。
このARCADIAでの外見情報を決めるものは現実の情報がそのまま適用される。ARCADIAで変更が可能なのは「髪型」「髪色」「瞳色」の三点だけだからだ。
この事はつまり、現実でリンスが明らかな衰弱を見せている事の証明だった。
「今日はどうしても彼女が行きたい場所があるって言うんだ」
「……行きたい場所?」
尋ね返すエルツにスウィフトは頷く。
「お前にも、付いて来て欲しいんだってさ」
エルツがリンスに視線を投げると、彼女はそっと顔を背けた。
衰弱した今の自分の姿を見られたく無かったのだろう。
それから西門をくぐった三人は言葉も無く、草原の中を歩き始める。
リンスはスウィフトの肩にしっかりと掴まりながら、背負われるような形で身体をしっかりと支えられていた。
「疲れたら代わるよ。交代して行こう」
「ああ……悪いな」
それから三人を包むものはただの静寂だった。
エルツは一人、この草原へ初めて出た時の事を思い返していた。
「新歓の後、三人でこの草原へ出た時の事覚えてる?」
「……ああ、覚えてるよ」
エルツの言葉にスウィフトは頷いた。
「あの時はさ、ムーキャットに襲われて大変だったよね。あいつ素早しっこくてさ」
「ああ……あったなそんな事」
その時、三人で必死に倒したあの瞬間に。
今ここに居る三人の気持ちは戻っていた。
「リンスは優しいから、ウーピィも最初は倒せなくて。本当に楽しかったな」
「ああ、そうだな」
そんなエルツの言葉に優しい表情を浮かべるスウィフト。
その背中では、その痩せ細った表情にリンスは微笑みを浮かべていた。
「あの時は本当に……楽しかったな」
その言葉に再び三人の顔が沈む。
そこには戻れない現実がある事を知っているから。
それから約一時間以上もの時間を掛けて、ゆっくりとセントクリス川に沿って北上した三人はようやく目的の林へと辿り着いていた。
ここまで来ればエルツにも、リンスが求めていた場所がはっきりと分かる。
――そう、ここは――
「琥珀園……か」
今三人の前には真白な花々が咲き渡っていた。
断崖の麓に咲き渡るその花々に向けて今ゆっくりと、エルツの背中からリンスが降りる。
「エルツ、悪かったな。途中で代わってもらって……」
「このくらい何とも無いって」
リンスはその花畑の中に静かに膝を付くと、そこで戯れるウーピィ達に向かって優しく微笑み掛けた。
「ここだったんだ……リンスが来たかった場所って」
「ここは……俺達三人にとっては思い出の場所だから」
スウィフトの言葉に頷くエルツ。
――だから、リンスは自分にも来て欲しいと、そう言ったのか――
琥珀園で思い出を振り返る三人。
そこには、あの時と代わらない三人の姿が映し出されていた。