S24 ドナテロとの約束
その翌早朝、エルツはスウィフトに呼び出されDIFOREを訪れていた。早朝の店内は閑散としていて、僅かな冒険者の姿しか見られない。
そんな中、スウィフトは店の奥隅の席に俯き一人座っていた。
「スウィフト……おはよう」
エルツはそんなスウィフトに悟られぬよう語調が乱れないようにと、そう言葉を掛けた。少しでも気を緩めれば声が震えてしまいそうだったから。
だが、エルツの声掛けにもスウィフトはただ俯いたままだった。そんなスウィフトの様子にエルツは薄々気付いてはいた。
「昨夜問い詰めたんだ」
スウィフトのその深く悲し気な表情にエルツは掛ける言葉が見つからなかった。
ここへ入ってきたその時から……彼はもう既に知っているんじゃないか、と。
「全部話されたよ。彼女の病気も、ここへ来たその理由も……そして、今彼女が置かれてる状況も」
その言葉は悲痛に満ちていた。
だが、今スウィフトが話した事は全て事実。それが事実である以上、自分達には逃げ出す事は出来ない。
力無く微笑むスウィフト。それはエルツに向けてのものだったのだろうか。
「目にクマが出来てるぞ」
「……え」
当惑するエルツにスウィフトはこんな言葉を掛けた。
「ろくに寝てないんだろ。リンスから聞いたよ。ずっと黙っててくれたんだってな。悪かったな」
――こんな時まで人の心配するなんて――
そう思うとエルツは胸が締めつけられそうだった。
「皆にはこの事は……」
「出来れば話さないで欲しい」
スウィフトの言葉に黙って頷くエルツ。
「それが彼女の意志なんだ」
その言葉にエルツは頷き、しっかりと心に留めた。
「もしかしたら、ドナテロさんは気付いてるかもしれないんだ」
「ドナテロさんが……?」
エルツの言葉にスウィフトは唇を噛んだ。
「そっか、あの人……勘鋭そうだもんな」
「ドナテロさんには自分から言っとくよ。そのくらい自分にも出来る。自分だって少しでも彼女のために出来る事があればやってあげたいんだ」
エルツのその言葉にスウィフトは俯いていた顔を上げた。
「悪いな、エルツ。その件についてはお願いしてもいいかな」
力強く頷くエルツにスウィフトは再び視線を落とした。
「今は少しでも、彼女の傍に居てあげたいんだ」
早朝ディフォーレでスウィフトと別れたエルツは、PBを開きふと顔を顰める。
ドナテロとはフレンド登録をしていないため連絡を取る手段が無い事に気付いたからだ。
以前、何度かメールを貰った事はあるがこの世界でのメールというシステムは少し厄介で、基本的にはフレンド登録した人物にしかメールを送る事が出来ず、又はPBの通信範囲内に存在するプレイヤーにのみメールの送受信が可能となっている。
相変わらずの自分の不用意さに腹が立つを通り越して、激しい憤りにエルツは顔を歪ませていた。
――スウィフトは僕を信用して任せてくれたのに――
力強く頷いた先程の自分を殴り飛ばしたかった。
こうなったらとりあえず、昼間ドナテロさんが行きそうなところに手当たり次第足を運ぶしか無い。
――時間が無いんだ、やろう――
そうして、エルツは街の雑踏に向けて勢い良く駆け出した。
だがその日は結局、夕方まで走り回ったエルツだったが、虚しくもドナテロを見つける事は叶わなかった。
夕方、疲れ切った身体を引き摺ってコミュニティルームを訪れたエルツはそこでドナテロの姿を見つける事になる。
これも、運命の巡り合わせか。幸いにもコミュニティルームには今はまだドナテロの姿しか見られなかった。
「ドナテロさん。ちょっとお話があるんですけど」
「何だ、そんな息切らせて。大丈夫かお前?」
ソファーへと向かい合って座った二人の間に響くものはエルツの息遣いだけだった。
やがてその呼吸音が落ち着いてくると、エルツは切り出す言葉に悩み始めていた。
ドナテロは一体どこまで知っているのか。もしかしたら実は気付いていない可能性もある。
そんな二人の均衡状態を破ったのは意外にもドナテロの言葉だった。
「……リンスの事か」
その言葉に動揺を隠しきれないエルツ。
「ドナテロさん、やっぱり」
でも、何故?
「俺が何故知ってるかって? まぁな、二十八年も人間観察やってるとな。見えないもんが見えてくるようになるんだよ。彼女の顔を見て一目で分かったさ。これは何か隠してるってな」
エルツはドナテロの言葉をただ黙って聞いていた。
「病気か?」
確信を突いたドナテロの言葉にエルツは静かに頷く。
やはり、ドナテロさんは全てを知っている訳では無い。だが、ここはドナテロさんにも真実を話しておくべきだろう。黙秘して貰うためには、真実を話しておかなければならない。
「実は彼女は……」
「いいよ、お前の顔見りゃ普通の病気じゃない事くらいは分かる。何か命に関わる病気なんだろ。お前も隠すならもっと上手く隠せよ。あれじゃ少し勘のいい奴なら誰だって気付くぞ」
ドナテロの言葉に項垂れるエルツ。
「尤も、無神経なうちのコミュニティの連中じゃ気付かない奴も多いだろうがな」
そう言ってブランデーグラスを口に運んだドナテロは静かにこう告げた。
「安心しろ。俺は誰にも言うつもりは無い。ここでお前と話した内容も全て俺は聞いていなかった。これでいいか?」
無言で頷くエルツ。流石ドナテロさんだ。
何も話さなくても全て察してくれていたんだ。それなのに自分は。
「……エルツ」
ドナテロの呼び掛けに顔を上げるエルツ。
「あんまり背負い込むなよ。これはお前だけの問題じゃないんだからな」
「分かってます。一番辛いのは彼女ですから」
その言葉に黙ってグラスを口に運ぶドナテロ。
コミュニティルームには再び静寂が訪れていた。