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ARCADIA ver.openβ≪Playing by Elz≫  作者: Wiz Craft
〆 第六章 『残されしモノ』
201/242

 S23 救い人

 天刻20、宿命の日まで残り五日。

 誓いを立てたエルツの心理とは裏腹に、時は無情にも過ぎ去って行く。

 全てにはきっと意味がある。もしエルツが彼女の病気の事を知らなければきっと彼女は誰にも悟られる事なくその宿命の時を迎えただろう。

 そして、もしエルツがクラインと出会わなければ、そんな彼女の病気に気付く事すら出来なかった。

 エルツは確かな決意の元、その日もさりげなくコミュニティルームにリンスを誘ったが、彼女は体調不良を理由に、体調が良くなったら顔を見せる、とただそう返事を返してきた。


「エルツ、誰にメール送ってるんだ?」

「ん、いや。ちょっと……」


 言葉を濁すエルツのPBを後ろから覗いたケヴィンが声を上げる。


「ん、宛先リンスってまさかお前本気で狙ってるのか!?」

「いや、違うって」


 慌てるエルツを前に腕を組んだケヴィンは複雑な表情をエルツに向けてきた。


「お前もし友人の彼女を本気で奪おうと考えてるんだったらそれ最悪だぜ。ドナテロさんもあれ冗談で言ってるんだからな」

「分かってるよ、そんな事……ちょっとこの間具合悪そうだったから心配でさ」


 エルツの言葉に納得したのかしていないのか、だがもはやエルツにとってそんな事はどうでもよかった。

 無造作に流れる時間、エルツの誓いは何の意味も為さないまま、ただただ宿命の時が近づいて行く。


――何とかしないと――


 そんなエルツの想いだけがただ空回る。

 結局、その日はリンスがコミュニティルームに顔を見せる事は無かった。

 その日の夜エルツは子供達が寝静まると、コミュニティルームのシャワー室で一人物思いに耽っていた。

 リンスと、彼女と初めて出会った時の事は今でも鮮明に覚えている。

 ギルドの囲炉裏に当てられて、美しく輝くそのブロンドの髪と透き通るようなその瞳。そんな彼女の美しさに思わず言葉を失ったんだ。

 それから、彼女とはこの大陸に来るまでずっと旅を共にして来た。シャメロット狩り、レミングスの酒場での雑談、そしてWHITE GARDENへの入団。初心者講習にクリケットとコーザとの出会い、青の洞窟でのシムルーとの闘いに、マリンフラワー号での船旅。

 彼女はいつも屈託の無い優しい笑みを浮かべて僕とスウィフトの話を黙って聞いていた。

 自分から話す事が苦手な彼女にとって、僕らと一緒に居る事は始めは苦痛じゃないかと心配していたけど、そんな彼女の笑みに僕らはいつも癒されていたんだ。


――それが一体どうして……どうしてこんな事になったのか――


 降りかかるシャワーの温水が今日はやけに冷たく感じた。

 そんなエルツの想いも虚しく、時は無情にもただ流れ過ぎてゆく。



 天刻22。いつの間にか宿命のその時まで残り三日を切っていた。

 エルツはこの時になるとただただある人物のログインを待ち望んでいた。

 今、現状でリンスが最も会いたい人物。それは一人を於いていないからだ。


「スウィフト……何やってんだよ。早くログインして来いよ」


 その日もリンスの居ないコミュニティルームで、ただエルツは彼女が来るのを待ち続けていた。


「今日も来ませんねー彼女、ああ切ねーなー。切なーい」


 ケヴィンの茶化しにいらいらする気持ちを抑えながらそれでもじっとリンスが来るのを待ち続けていた。


「え、エルツさんリンスさんの事好きなの?」


 今日ログインして来たユミルが不安気な表情でそう呟くと、ケヴィンが大きく頷き皆の前で宣言する。


「否定すりゃいいのに、こいつ不思議と否定しないんだよな。まさか本当に好ーきなーんでーすかー!」


 正直、本気でケヴィンをぶん殴ってやりたかった。だが、今はそれ所じゃない。

 なんとかこの場を鎮めて、リンスの事を隠さなければ。

 エルツの苛立ちは自分への苛立ちでもあった。


「な、否定しないだろ。これはスウィフトに報告だな」


 エルツが流石に耐え切れず、ケヴィンを黙らせようと立ち上がったその時だった。

 コミュニティルームの扉が開く音。


「こんばんは」


 その優しい響きを持った声は間違える筈も無い。


――やっと、来たのか――


「どうも、お久し振りです。あ、エルツ。随分と久し振りな感じが」


 そう言って微笑むスウィフトの隣にはリンスの姿も見られた。


「偶然、女神像の前で会ってさ。連れて来たんだ」


 リンスは黙ってスウィフトの肩に寄り添い、俯いていた。


「なぁ、スウィフト聞けよ。今の今までエルツの奴、ずっとリンスの事待ってたんだぜ。この事実をどう思う?」

「リンスを待ってた?」


 握り締めた拳を必至に抑えながらエルツは後ろからケヴィンの背中をただ睨みつけていた。


「ああ、リンスの具合が悪そうだからってずっと心配してくれてたんだろエルツ。サンキュ。さっき自分も気になってさ、問い詰めたんだけど風邪としか言わないからさ」

「リンスさん、具合悪いんですか? 大丈夫?」


 ユミルの言葉に、リンスは無言でただ頷いた。

 スウィフトの肩にぴったりと寄り添いながら、その瞼は赤みを帯び、必至に彼女は溢れる感情を押し殺しているように見えた。

 思わず込み上げてくる想いにエルツもまた必至でその感情を押し殺す。

 目頭が熱くなるのを悟られないように顔を伏せながら堪えていると、ソファーの隣に座っていたドナテロがそっと肩に手を掛けてきた。

 ただ無言で、ドナテロさんはただじっとリンスにその視線を向けていた。


――ドナテロさん、まさか気付いてたのか――


「おい、リンス。どうした? 何泣いてるんだよ。どうした?」

「……何でもないの」


 遂には堪えきれなくなったのだろう。スウィフトを前に涙を零し始めたリンスは「何でもない」と精一杯スウィフトに笑顔を向け、そう呟き続けていた。

 エルツは今までの自分の想いが恥ずかしかった。


――リンスを救えるのは自分だけだ――


 そんな想いでこれまで頑張ってきたがそれは思い上がりも甚だしい。

 リンスを今救えるのはこの世にただ一人の人物を於いて他には居ない。

 ただ傍に居るだけで、その存在感を感じるだけでリンスにとっては幸せなのだ。


――スウィフト、来てくれて本当に良かった――


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