S22 二つの誓い
昨夜リンスの容態は一時的に回復し彼女は自らの宿泊部屋と戻って行った。
だがあの夜、彼女が語ったその内容にエルツはただ一人頭を悩ませ続けていた。
今朝までその想いは駆け巡り、エルツは一睡も取る事が出来なかったのだ。
――お願い、この事は誰にも話さないで……お願い――
全てはクラインの言う通りだった。彼女の口から実際にその事実を聞くまではどこかまだそれはでたらめの可能性もあると、半信半疑な気持ちがあった。
だが今は違う。エルツは彼女から実際に聞いてしまった。それは紛れも無い事実なのだ。
そして彼女に掛けられた誰にも話さないでというあの言葉に、あの時エルツは頷いてしまった。
もし、あの時自分が冷静だったなら彼女の言葉に首を振る事が出来ただろうか。
誰にも話さないでというその言葉には、当然スウィフトも含まれている。これから、あと六日間。彼や彼女と顔を合わせた時に自分は一体どんな顔をして会えばいいのか。
そう考えた時に、誤魔化し切る自信は無かった。
だが、彼女は今まで笑っていた。こんな事実を一人抱えながら、今までずっと誰にも悟られないように笑っていたんだ。
そう考えると、エルツは居ても立ってもいられなくなった。
「くそ!」
そこには壁に拳を突き立て一人苦悩するエルツの姿が在った。
その日の正午、エルツは再びクラインと、DIFOREで話し合っていた。
「クラインの言う通りだったよ。昨日彼女本人から全て話された」
エルツの言葉にクラインは無言でコーヒーに入れたミルクをかき混ぜていた。
誰にも話すなと言われた今、こんな事を話せるのは既にその事実を知っているクラインしか居ない。
そして、彼女を死から救える情報を持ち得るのも彼しか居ないとエルツはそう希望を掛けていた。
「彼女を救う方法を教えて欲しい……あるんだろ?」
エルツの言葉にクラインは無言でかき混ぜたコーヒーカップを口元に当てると、静かにその瞳を閉じた。
「頼むよ……彼女を救いたいんだ」
切実なエルツの言葉にクラインはそこでようやく口を開いた。
だが、そこで彼が発したその言葉はあまりにも残酷なものだった。
「こいつらが告げる不幸は百パーセント当たる。それは変えられない宿命なんだ」
クラインの言葉にエルツは全身から力が抜けるのを感じた。
そんなエルツに対してクラインは追い討ちを掛けるように決定的な言葉を浴びせる。
「彼女が死ぬのは変えようがない。決定された未来だ」
その言葉にエルツは完全に閉口する。
まるで時が凍りついたかのようだった。このまま全ての時が止まってしまえばいい。それが今のエルツの素直な本心だった。
「宿命は変えられない。今から変えられるとすれば」
その言葉は今のエルツにとって希望となるのだろうか。
力無くクラインの言葉に耳を傾けていたその時だった。
「変えられるのは運命」
「……運命?」
クラインの真意をエルツは掴み切れなかった。
宿命がリンスの……「死」だとするならば、運命とは何だろうか。
「今から残り六日間、彼女がどう生きるか」
「彼女がどう生きるか?」
宿命が結果だというなら、つまりは運命とはその過程か。
リンスがその死を迎えるまでに、まさかクラインは少しでも充実した人生を彼女が全うできるようにその手助けをしろと、そう言ってるのか。
「強制はしないさ」
クラインの言葉にエルツはただ黙り込んでいた。
――そんな事が出来るだろうか――
何故なら、エルツは彼女との誓いがある。
――お願い、この事は誰にも話さないで……お願い――
エルツは静かに頷いた。
「やるよ。まだ今は何が出来るか分からないけど。やる」
それは彼女との誓いとは別に、もう一つ立てたエルツの大切な誓いだった。