S18 試練の洞窟
突き出た岩礁に囲まれた洞窟の入り口には海水が浸水していた。一同は海水の浸水を免れた壁際の足場を選んで洞窟内へ。薄暗い洞窟内に入ると、洞窟特有の冷たい空気の中に一同は包まれ、ふと足を止める。
「何だよ……これ」
エルツのその問いが静かに響く。外気との空気の変化に戸惑ったわけではない。事実、今この場でその変化に気づけた者は一人も存在しなかった。
「嘘……だろ」
スウィフトの言葉に続ける者は居なかった。その言葉が何を示すのか。
一同は眼前に広がるその光景にただただ瞳を奪われ立ち尽くす事しか出来なかった。
一面に広がる青の世界。浸水した海水は紺碧の輝きを放ち、その輝きは洞窟全体を青く照らし上げていた。その純正な青色は、今まで彼らが目にしたどんな色よりも美しく、そして神聖だった。そのあまりに美しく神秘的な光景に彼らは言葉を失ったのだ。
ここへ来る前に誰も触れなかったその視覚から得る情報に一同はただただ困惑していた。初めてここを訪れる冒険者にこの洞窟のその在り方を説明する事は禁句。それは洗礼を受けた冒険者にとっては暗黙の了解であった。ユミルや、そしてコーザから受けたささやかな気遣い。それはエルツ達にとってこの上のない至玉のプレゼントとなった。そして時が暫く経過すると、エルツ達の困惑は純粋な感動へと移り変わってゆく。
「こんな綺麗な光景、初めて見た。あの木漏れ日の草地も綺麗だと思ったけど……ここは段違いだ」
スウィフトは水面に一歩二歩と近づき、水をすくう。手から零れる青色の雫が舞い、地表に落下し溶け込んでゆく様子を一同はただただ声も無く見つめていた。
初めて訪れた冒険者は誰もが、この美しい光景を前に言葉を失う。そしてこの美しい光景を瞼の裏に鮮烈な記憶と宿して旅立ってゆくのだ。
いつしか、この洞窟は冒険者達の間で、二つ名を持つ事になる。
一つは『試練の洞窟』、そしてもう一つは……
『青の洞窟』
そう呼ばれるようになった。
それからどれくらいの時が経っただろうか。いつまで経っても色褪せることの無いその光景を前に一同はふと我に返った。
「行こう、奥へ」
エルツはそう口にしながらここを訪れる前にユミルに言われた事を思い返していた。
――いいですか、洞窟に入る時は必ずパーティーを組んで下さい。じゃないと一人で戦う羽目になりますから――
BF、ユミルはこの場所の事をそう呼んでいた。
――洞窟に入ったら奥を目指して――
美しい青の水面は奥へと続いていた。約一メートル半程の道幅を、四人は二列に別れて歩いていた。前列にはエルツとスウィフト。後列ではチョッパーの手をリンスがしっかりと握り締め導いていた。石灰質の洞窟の壁には、人為的に設置されたランプが取り付けられており、ここが少なからず人の目の行き届いた土地である事に、エルツは少し安堵を覚えていた。青い色彩の中に浮かび上がる淡いランプの白光に導かれてただ歩き進めてゆく。
「皆、今のうちに装備とステータスを確認しとこう」
エルツの言葉に一同はPBを開き、それぞれのステータスを確認し始める。
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〆エルツ ステータス
レベル 3
経験値 ------------ 67/100
ヒットポイント ---- 110/110
スキルポイント ---- 16/16
物理攻撃力 -------- 14(+6)
物理防御力 -------- 12(+7)
魔法攻撃力 -------- 10
魔法防御力 -------- 10
敏捷力 ------------ 11
ステータス振り分けP----- 0
→ポイントを振り分ける
※再分配まで<0:00/24:00>
〆パーティ所属中
▽Chopper
▽Lins
▽Swift
〆装備
武器 -------- 銅の剣
頭 ---------- 旅人の帽子
体 ---------- 旅人の服
脚 ---------- 旅人のズボン
足 ---------- 旅人の靴
アクセサリ --- 初心者講習卒業の証
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〆スウィフト ステータス
レベル 3
経験値 ------------ 45/100
ヒットポイント ---- 110/110
スキルポイント ---- 16/16
物理攻撃力 -------- 13(+8)
物理防御力 -------- 13(+7)
魔法攻撃力 -------- 10
魔法防御力 -------- 10
敏捷力 ------------ 11
ステータス振り分けP----- 0
→ポイントを振り分ける
※再分配まで<0:00/24:00>
〆装備
武器 -------- 銅の槍
頭 ---------- 旅人の帽子
体 ---------- 旅人の服
脚 ---------- 旅人のズボン
足 ---------- 旅人の靴
アクセサリ --- 初心者講習卒業の証
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〆リンス ステータス
レベル 3
経験値 ------------ 0/100
ヒットポイント ---- 110/110
スキルポイント ---- 16/16
物理攻撃力 -------- 11(+5)
物理防御力 -------- 12(+7)
魔法攻撃力 -------- 11
魔法防御力 -------- 12
敏捷力 ------------ 11
ステータス振り分けP----- 0
→ポイントを振り分ける
※再分配まで<0:00/24:00>
〆装備
武器 -------- 銅の弓
頭 ---------- 旅人の帽子
体 ---------- 旅人の服
脚 ---------- 旅人のズボン
足 ---------- 旅人の靴
アクセサリ --- 初心者講習卒業の証
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〆チョッパー ステータス
レベル 3
経験値 ------------ 11/100
ヒットポイント ---- 110/110
スキルポイント ---- 16/16
物理攻撃力 -------- 12(+3)
物理防御力 -------- 12(+7)
魔法攻撃力 -------- 10
魔法防御力 -------- 12
敏捷力 ------------ 11
ステータス振り分けP----- 0
→ポイントを振り分ける
※再分配まで<0:00/24:00>
〆装備
武器 -------- 銅の短剣
頭 ---------- 旅人の帽子
体 ---------- 旅人の服
脚 ---------- 旅人のズボン
足 ---------- 旅人の靴
アクセサリ --- 兎石の首飾り
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この二週間で四人はただ岩蟹と戯れていたわけではない。
四人は岩蟹から獲た素材を売ったお金で、武器防具を揃え、それぞれが自分に最も適していると思われる武器を磨いていた。
エルムの村で売っている武器の中からスウィフトは、コーザとの闘いの際に得たイメージから槍を選択した。間合いの感覚に優れたスウィフトにとって、それは恰好の選択だった。そしてリンスは近接戦闘に向かないと自分の能力を判断し、弓を購入。硬い装甲が特徴の蟹に対して有効ではないこの武器を選択した彼女は毎晩、一人でエルムの林に出向き、一人黙々と木々を的に練習する姿があった。チョッパーはその小柄な体格を活かし、自らの長所は素早い動きで敵を攪乱する近接戦闘に向いていると本能的に悟ったのか、手馴れた短剣のスキルを磨き続けた。そして、エルツは全ての武器を購入し、自分なりにその武器の特性の分析に努めた。未知の敵と戦うには、斧のように重量から動きを制限される武器よりは、標準的で柔軟性の高い長剣が適しているとそう判断したのだ。
ステータス上に関しては攻撃特化思考だったエルツが防御力にポイントを割いている理由はシステム上によるものだった。どうやら、この世界では、ポイントの割り振りはLvの1.5倍の数値(小数点以下切り捨て)、つまりLv3の場合、それぞれのステータスは『3×1.5=4.5』の小数点以下切り捨て、故に『4P』までしかポイントを割り振れないというシステムであった。特化思考のエルツに対し、スウィフトは攻守においてバランスが取れるよう物理攻撃力と物理防御力に『3P』ずつの割り振り。魔法関連のステータスに関しては現時点では意味がないと、エルツとスウィフトの二人はそう判断していた。リンスとチョッパーはそれぞれ思うようにステータスを割り振り、それに対し、エルツもスウィフトも敢えて口を挟むような事はしなかった。下手な助言をするより自分が思うようにするのが自然、そう考えたからだ。
四人はそれぞれの思いを胸に、段々と狭まってゆく洞窟を奥へと進む。
水が絶え間なく、水面上に跳ねる音。いつしか、足場は完全に浸水していた。足首まで水に浸ったその水場を、一同が歩くその音が洞窟内に反響しているのだった。
――狭くなった洞窟の先に急に開ける場所があるの――
ユミルの言葉を思い出しながら青い水面の先に続く暗闇を見つめる。
空気はいつの間にかはっきりとした冷気へと変わりつつあった。
「空気変わったね」
スウィフトの言葉に一同に緊張が走る。
そして空間は唐突に一同の前に開けた。
――そこにアイツ(Simuluu)がいるから――
ユミルのその言葉が一同の脳裏で木霊した。
それは邂逅ではない。必然的な出会い。
青い水面上に広がる薄暗闇の中で、そこには今ゆっくりと蠢く影が在った。