序幕
青く透き通った宝石のような輝きを放つ海原と朝日を受けて眩しく輝く白き砂浜。
その二つが織り成す海岸線はどこまでも美しく、旅立ちの場としてはこの上ない壮景として広がっていた。
ここは[旅立ちの砂浜]。冒険者達がこの世界に来た時、必ず通る出発点である。
今、ここに空から舞い降りた一つの輝きがあった。ゆるやかな軌跡を描き、地表に降り立ったその光球は次第に収縮し、やがて鈍色の金属が持つ光沢へと変質しつつあった。
煙を上げる金属球はやがて煙を上げながら、ゆるやかに口を開き始めた。
何かが揺らめく。煙幕の中からはふらふら影が揺らめき、同時に柔らかな砂地を踏みしめる、僅かな音が聞こえてくる。
金属球の中から現れたのは黒髪の青年だった。
「煙い。なんだよ、始まりって結構雑なんだな」
切れ長の眼差しは海の彼方を見つめていた。
青年を迎え入れた景色は確かに、彼が知る、そして彼が住んでいる世界とはまるで別物だった。
大きく呼吸をする。颯爽として海辺に流れる空気は澄んでいた。
「ここが、ゲームの世界か」
真白な砂浜に短くまとめられた黒髪が映える。背丈は中背といったところか、麻布をまとったその旅人らしいその姿はここでは珍しくもない光景であった。
青年の名はエルツ。彼もまたこのゲームの冒険者[プレーヤー]の一人だった。白い砂浜の上に降り立った彼は、また一歩その大地を確かめるように、砂地を踏みしめた。
さくっ・・・さくっ・・・さくっ・・・と。
砂浜に残された足跡はそのまま海へと向かって伸びてゆく。
「噂には聞いてたけど、本当に綺麗だな・・・現実と比べて遜色のない圧倒的な存在感。これがVRSが持つプレゼンスってやつか」
僅かに茶色味を帯びた瞳の先に広がる雄大な海原。
冒険者にとって目に映る景色は貴重な財産である。エルツにとってもまた、この光景は何にも変えられない貴重な体験だった。実際に目で見て感じ、身体で世界を感じる。それが出来る事が、VRSの最大の特徴だ。そして、その体験こそがここへやってくる冒険者達が求めているリアリティなのである。
ひとしきり目の前の景色を愛でると、当然、冒険者である限り、旅立つ事になる。エルツもまたそんな冒険者達の例外では無かった。
「さて、これからどうするか。まずは街とか村を探すのがセオリーかな。今持っている装備とかアイテムも確認しといた方がいいかな」
腰元には一本の銅製のナイフが備え付けられていた。他に装着しているものと言えば、身に纏った麻布以外、他に見当たらない。
「いわゆる初期装備ね。この重量感、刃こぼれも無いし、戦闘には役立ちそうだ」
護身用のナイフを手に取り、何振りかして、その重量と質感を確かめてみる。ナイフは思ったよりも軽く扱いやすいようにエルツには思えた。
「戦闘か。楽しみだな。今のとこモンスターらしき影は見当たらないけど、まあ、まずは早いとこ街を探して、この世界の情報を集めよう」
そうして旅人はその本来の姿を取り戻す。
一人の冒険者の新たな門出。
波に打たれるその白い砂浜にはしっかりとその足跡が残されていた。
【2008年 作者コメント】
この度連載小説を書かせて頂く事にしました。予てよりRPG風小説を書きたいと思っていたのですが、なかなか世界観の構想が形にならず断念しておりました。ですが悩むくらいなら書いて少しでも形にした方が良いと思い、書かなければわからない事もありますし、こうして今に到った次第です。こうして、公開させて頂いた以上、作者としては読者の皆様のお目汚しにならないようにとただ望むばかりです。
執筆ペースはおそらく不定期になると思います。何分拙作ではありますが、今後の展開を温かく見守って頂ければ幸いです。何卒宜しくお願い致します。
【2016年 作者コメント】
はじめまして、お久しぶりな方はお久しぶりです。
2008年当時にとってVRの世界って夢のまた夢の世界だったんですが、僅か8年で大分変わりましたね。
あれからゲーム業界に飛び込んで、業界に身を置いていても今はVRという言葉をよく聞きます。
本当に普及するのか、懐疑的な方もいらっしゃいますが、個人的には普及して欲しいですね
当時自分が書いた小説は、完全に夢物語だったのである意味現実との線引きが簡単だったんですが人口知能やOculas Riftの開発が進んできた昨今、なまじ、というかきっとこの作品は時間の経過と共にどんどん自分自身の見方が変わってくるんだろうな、と思っております
改稿方針については基本あまりに見苦しい点を整える程度で、当時の記述はなるべく残すつもりです
が、第五章、またこの物語のエンディングについては、改稿を検討しています。
また、2008年においてMMORPGの一般的な概念が、現在ではとても古く感じてしまうので、微調整を加えていきたいと思います。
当時、拙作にお付き合い下さった方々、本当にありがとうございました