S20 隠された真実
女神像の前にはたくさんの冒険者が溢れていた。
そんな周囲を気にも留めず真剣な表情を見せるクライン。
「どうしたんだよ、クライン?」
「今から話す事を……落ち着いて聞いて」
クラインの表情から只事で無い事は分かるが、一体彼女からクラインは何を読み取ったというのか。まさか集団暴行にでもあったというのか? そんな有り得ない憶測をしてしまう程、クラインの表情は危機迫っていた。
「単刀直入に言うよ。彼女は……」
そう言って言葉を止めるクラインにエルツは眉を顰めてその先を促す。
クラインは暫くその先を話す事を躊躇っていたが、やがて静かに一言だけ呟いた。
「……死ぬ」
静寂が一瞬二人の間を支配すると、クラインが言い放ったその言葉にエルツはふっと微笑した。
「何言ってるんだよ……なんだそんな事か」
「そんな事?」
エルツの反応に今度はクラインが眉を顰める番だった。
「死ぬ事くらいこの世界じゃどうって事ないだろ。自分はてっきり荒んだ連中に襲われたのかと思ったよ。吃驚させるなよクライン、心臓に悪過ぎる」
エルツのその言葉にクラインは全く口元を歪めなかった。微笑すら浮かべずただ真剣にエルツに深い眼差しを向ける。
その様子にエルツの表情からも次第に笑みが消えた。
「まさか……本当に」
リンスが現実で命を落とすと、クラインはそう言っているのか?
それは有り得ない。今までずっとこの世界へ来てから旅を共にして来た仲間だ。そんな事がある訳無い。
「悪い冗談だなクライン」
「自分は事実を言ったまでだ。信じる信じないは自由だ」
クラインの言葉に咄嗟にエルツは語調を強める。
「信じないに決まってるだろ。今まで一緒に歩んできた仲間なんだ。彼女が死ぬなんて有り得ない。仮にもしそれが本当だとして……何でリンスは死ぬんだよ」
「彼女は心臓を患ってる。悪性の腫瘍だ」
深い眼差しをエルツに向けたまま、ただ淡々と言葉として伝えるクライン。
「心臓に悪性腫瘍?」
たとえもしクラインの言う事が本当だったとしても、現代医学なら直す事は不可能じゃない。心臓移植の技術だって確立された現代だ。たかが腫瘍で人が死ぬなんて事。
「発見が遅すぎた。もう心臓周りの血管組織は全て腫瘍に取り込まれてる。完全に手遅れだ」
クラインの言葉に思わず胸が熱くなる。突然告げられた内容を、エルツは素直に飲み込めなかったからだ。
「リンスは……彼女はその事を知ってるのか」
「勿論知ってるさ。彼女自身、ここへ来たのは医者から宣告を受けての事さ」
宣告……って?
無言のエルツにクラインは一人言葉を続ける。
「今夜が彼女の峠だ。恐らく今回のログインが彼女にとって最後になる」
「最後の……ログイン」
今夜が峠。現実世界ではあと七時間以内に彼女は命を落とす。
それを理解した上で、彼女はこの世界へログインしてきたって言うのか。
――一体何のために――
そんな大事な時を前に彼女がこんなゲームの世界へログインするわけないだろ。
「両親も皆納得の決断さ。少しでも彼女に長く生きてもらうための……苦渋の決断だ」
長く生きてもらうための?
「そうか……そういう事か」
現実ではたとえ七時間でも、この世界ではそれはあと七日間に相当する。
もし、それが事実なら。そうしてエルツは無言で顔を振りその場で項垂れる。
――悲しすぎる決断だ――