S12 VS Catapiller<キャタピラー>
草原に出て一時間半後、西エイビス平原の北部に広がる丘陵地帯へと足を運んだエルツ達はそれぞれキャタピラー戦に向けて準備を始めていた。
丘陵地帯には豊かな緑が生い茂り、そこには様々な動植物が存在する。その中でもエルツ達が狙うのはキャタピラーと呼ばれる多足の巨大な芋虫であった。この丘陵地帯を埋める森林地帯の名は通称「大芋虫の森」と呼ばれる。体長二メートルにも及ぶこのモンスターは今まで狩りの対象としてきたモンスターと比べると非常に体力が高く、その物理攻撃力も高い。
エルツは装備を整え、片手にバロックソードを握り締めながら、ふとクラインの方へと視線を投げる。
初期装備である旅人装備を纏ったクラインはキーボードを弾きながら、何やら呟いていた。その内容はよく聞き取れなかったが、おそらくは彼にしか聞こえないその声達と話しているのだろう。
「よし、準備完了と」
立ち上がり剣を振って身体を解していたエルツの視界の隅で、そこにはコカトリス装備に身を包みエアロッドを手に携えたクラインの姿が在った。
「後方援護します」
「了解、盾役は引き受けたよ」
先程ステータス情報を確認したところ、クラインはマジシャンのCR5のようだった。
クラスシステムが導入されてからパーティを組むのは初めてだが、一体このシステムがどんな影響を及ぼすのか。
とりあえずはクラインに攻撃が回らないようにしっかりと獲物の注意を引きつけなければなるまい。だが、それにしてはどうも今回のこの獲物は非常に気持ちが悪い。
森の中には無数のキャタピラーが彷徨い這いずり回っていた。
地表を這う芋虫特有のあの蠕動運動が二メートルに巨大化した事でさらに気味の悪い映像となっている。
「止める?」
クラインの言葉にエルツはふっと微笑する。
「まさか、ここまで来て。やるよ」
そう言って「Analyze Goggle On」というボイスコマンドと共にゴーグルを装着したエルツは周囲の獲物達のLvを確認し始める。
「うぉ、全部???だ。そっか、自分より高いLvのモンスターしかここ居ないもんな」
「CatapillerのレベルはLv10〜12」
Lv12に当たった場合、二人だとかなり苦戦しそうだが。敵のステータス値はわからないが一体どれだけの攻撃回数で倒せるのか。又、敵の一撃でどれだけの被ダメージがあるのか。エルツの現在の物理防御力ステータス値「23」に加えてバロック装備+ブロンズリングの「18」を加えた計「41」。ここにバロックシールドの盾使用時の物理防御力を加算すれば、最大「45」の値になる。ソルジャーというクラスを選択した事で物理防御力にもフリークラスと比べると25%のパラメーターボーナスを受けているが、キャタピラーの物理攻撃力がそれを遥かに上回っていた場合、戦況は困難を極めるだろう。
「さて……まずは様子見と行くか」
木陰に生えるキノコを包み込むようにむしゃぶりつくキャタピラーに向けてエルツは静かに近寄り剣を構える。至近距離まで近づいても反応が無いところを見るとおそらくはノンアクティブなのだろう。
「いくよクライン」
「いつでもどうぞ」
エルツは剣を振りかぶると勢い良くキャタピラーに向かって斬りつける。
与えたダメージは「14」初撃ではライフゲージから十分の一も擦り減らす事は出来なかった。どうやらこれはかなり厳しい戦いとなりそうだ。
「Buio Buiooo!!!」
かつてない気持ち悪い鳴き声にエルツが怯んだその時、背後から放たれた真空の刃がキャタピラーの側面を捉える。「22」というダメージがポップアップすると同時に衝撃で横たわったキャタピラーの多足が蠢くその様子に一瞬目を背けるエルツ。
この時点でようやくライフゲージの六分の一ほどを削っていた。
「となると……大体敵のヒットポイントは『200』とちょっとか」
横たわったキャタピラーを見てエルツは咄嗟にあの構えに入った。
無防備な今の敵の状態なら、威力重視に設定したあのWAを心置きなく叩き込む事が出来る。
「三散花」
エルツの掛け声と共に強烈な袈裟斬りがキャタピラーにヒット<D値:13>する。続いて敵の側面を薙ぎ払う剣閃<D値:16>が迸り、最後に下から突き上げるような逆袈裟斬り<D値:21 コンボD値:50>が掬い上げる。
最後の三手目を決めると同時に視界の中でコンボダメージの総計値が敵の頭上にポップアップする。敵のライフゲージが大きく揺れ動き、一気に四分の一ほどゲージが減少を見せた。
「50か、これは大きいな。あ、パワーチャージするの忘れた」
エルツがそう呟いた頃には既にキャタピラーは起き上がり攻撃体勢を整えていた。
覆い被さるようなキャタピラーの動きに慌てて赤銅の盾で防御をする。視界の隅に赤文字で浮かび上がる「10」という表示。これが被ダメージである。
「盾でガードして10も食らうのか」
という事は大体敵の物理攻撃力は55前後という事になる。
これだけの攻撃力を誇るとなると、物理防御を補強しているソルジャーのエルツはまだ良いが、もしクラインにターゲットが向けば一撃で大ダメージは免れ得ないだろう。
「これは気は抜けないな」
再び背後からキャタピラーに向けて吹き抜ける風を感じながらエルツもまた剣撃を被せる。連続してポップアップするダメージ数値を確認しながら、それから的確に二人は連携し敵のライフゲージを削って行く。
「かなりしぶといな」
土属性のモンスターであるキャタピラーは、風の魔法に弱い。その属性関係を知っているからこそクラインはエアロッドを使用している訳だが。初めにクラインが撃ってキャタピラーが体勢を崩し転がったが、あれから一切キャタピラーは体勢を崩す事は無かった。
たまたま運が良かったという事なのだろうか。エルツがそんな疑問を浮かべながら敵の体力を残り三分の一ほどまで削った時には、エルツもまた三分のニほどまでライフを削られていた。
と、その時突然キャタピラーがその動きを止め、身体を折り曲げ奇怪な動きを見せ始める。
「何だ……?」
エルツが首を傾げた次の瞬間、キャタピラーは頭を擡げるとその口から真白な液体を放出した。
咄嗟の判断が遅れたエルツは盾のガードが間に合わずその液体を全身に受ける。
「うげ、何だこれ……ネバネバしてる。気持ち悪う」
「キャタピラーの粘液です」
そんなエルツの様子をクラインは微笑を浮かべて見守っていた。
「クライン、知ってたなら教えろよ」
粘液の糸を体中で引き伸ばしながらもがくエルツ。
「マジックチャージ」
ここで背後でボイスコマンドを宣言したクラインの身体が青色の光膜に包まれる。
そして、クラインが振り下ろしたロッド先端の緑色鉱石から真空の刃が放たれる。放たれた刃は一直線にキャタピラーを捉えると、そこに「40」という数値がポップアップする。
先程までのダメージと比較するとマジックチャージを使用した事で二倍ほどダメージが跳ね上がった事になる。
同時にここで再びキャタピラーの身体が大きく横に転倒した。
「くそ、今がチャンスか。パワーチャージ」
粘液に絡まれたままのエルツの宣言と共に今度はエルツの身体が赤色の光膜に包まれる。
先程と同様、無防備になったキャタピラーに対し初撃<D値:27>をまず叩き込む。そして薙ぎ払いの二手目<D値:15>に続き、締めの三手目<D値:21 コンボD値:63>。
コンボダメージを確認すると同時に獲物の身体から大量のLEが立ち昇り、キャタピラーは消滅した。
「ダメージ63か。思ったより伸びなかったな」
首を傾げながらエルツは単純な自らのミスに気付く。
「そうか、初撃にしか補正が掛からなかったんだ。だから二手、三手目の威力は同じだったのか」
エルツは現在カスタマイズによって三散花の初撃はニュートラルダメージ、つまり通常ダメージと同じ設定にしている。三手目の威力を最大にしている現在の設定では、パワーチャージによる恩恵は薄い。
「パワーチャージと三散花は相性が悪いって事か。だったらバイカー使った方がダメージは伸びるかな」
休憩を行いながら必死に粘液を払い、今の戦闘を振り返るエルツ。
経験値が「4」入っていた事から今のキャタピラーはLv12だったようだ。
「道理で強かった訳だ……それにしてもこの粘液って最悪な技だな」
「装備外して付け直せば粘液は消えますよ」
クラインが言うには、この世界では装備はどんなに汚れても一度外して付け直すことで、基本的には綺麗に修繕される。確かに言われてみれば、この世界では防具が壊れたり汚れたりする事は今までに無かった。この世界での武器防具が耐久消費財では無いと呼ばれる由縁がここにある。
エルツは木陰で下着姿になると、再び装備を付け直した。
「ああ、本当に綺麗になった……でも何か気持ち的にはシャワー浴びたいな」
それから再び狩りを再開する二人。
先程ここに生息する上限Lvのキャタピラーを倒せたと考えれば、ここでの狩りで恐れるものはもはや何も無い。
それからエルツとクラインは会話も交わす事無く、静かに狩りへと熱中して行くのだった。