S7 ケヴィンの告白
フランクと狩りに出掛けた夜、その日エルツはマイルームで雑談掲示板を一人眺めていた。もし、コミュニティにソルジャー志望のメンバーが集まった時のため、キーアイテムである「地鳥の尖爪」は全てフランクに渡してある。
後々エルツもコミュニティには顔を出すつもりだったが、少しの間静かにバージョンアップ後の情報を調べたかったのだ。
「へぇ、ハンターの『幸運の双葉』はマンドラゴラが落とすのか。これも競争率高いし、入手するの大変そうだな」
他にもマジシャンでは『陸蟹の岩鋏』というキーアイテムが必要になるらしく、これはシトラス海岸のカッターが落とすらしい。
「カッターか。懐かしいな」
PBを閉じたエルツはふと昔を懐かしむように呟いた。
現状入手している知識や装備を考えると、今エルツに最も適しているクラスはマジシャンであるだろう。マジシャンであればコカトリスのHQ装備も使えるし、何よりオートマタ戦で培った知識が活きる。
だが、悲しいかな。自らの不都合なポリシーのせいでやはり初めに育てるクラスはソルジャーでないと、どうしても気が済まなかった。
「もっと融通が利く性格に生まれれば幸せだったのにな」
切ないエルツの呟きは風に流され、窓の外の夜海へと吸い込まれて行く。
それから暫く一人の時間を過ごしたエルツは一時間後、コミュニティへと顔を出していた。コミュニティには昨夜のメンバーに加えてシュラク、それからケヴィンの姿も見えた。
「よう、エルツ。お前何でハロウィンの時居なかったんだ?」
「ん、いや。ちょっと現実でやる事あってさ」
エルツの返答にケヴィンは納得したのかしていないのか、曖昧に頷いて見せるとグラスにビールを注ぎ始める。
「そういうケヴィンは昨日何でコミュニティ来なかったの? ログインしてたでしょ」
「ん、ああ」
エルツの言葉にケヴィンはグラスビールで喉を鳴らし始める。
「いや、実は俺さ、女が出来たんだ」
その言葉に一瞬静まり返るメンバー一同。
その反応に戸惑ったケヴィンが思わず声を上げる。
「何だよ、お前ら。女が出来たくらい別に問題じゃないだろ。コミュニティ内の恋愛じゃないんだし。大体リーベルト、お前だって女居るだろうが」
静寂に浮くケヴィンの言葉に、顔も合わせず静かに首を振るリーベルト。
「……タイミング悪すぎ」
そんなリーベルトの呟きが聞こえたのか、ケヴィンがフランクの顔色を窺がうように視線を向ける。
「え、悪ぃフランク。お前ユミルと何かあったの……?」
その言葉に首を振るフランク。
「え、じゃ何……?」
その時、初めてケヴィンは隣から放たれる強烈な殺気に気づいた。
「女が……できただと」
「ドナテロさん。何すかその目……え、ドナテロさんが? いや何です、いや知らなかったんです、すいません! 俺何も聞いてませんから! え、どうしたんです?」
慌てふためくケヴィンだったが時既に遅し。それから猛烈なドナテロの説教が始まり、哀れにもケヴィンは二時間もの間、ドナテロに拘束される事になる。
その日の帰り道、B&Bへと向う途中でケヴィンは声を荒げて呟いた。
「お前の余計な質問のせいでとんでもないとばっちりくらったじゃねぇか。思い出しただけで最悪だ」
「いや、なんていうか、ごめん。でもソルジャーのキーアイテムあげたしさ、それで水に……」
ケヴィンの鋭い視線に言葉に詰まるエルツ。
深い溜息をついたケヴィンはふと視線を落とし口を開いた。
「まぁ、さっきの話の続きなんだけどさ。お前には一応ちゃんと報告しとこうと思ってさ」
「報告?」
報告があると、ケヴィンはそう告げた。今更二人の間柄で改まって報告される事とは何だろうか。
尋ね返したエルツにケヴィンは何やら少し言いにくそうな様子で顔を背けた。
「実はさ、その付き合ってるって奴がお前も知ってる奴なんだよ」
「え……?」
突然のケヴィンの告白に今度はエルツが戸惑う番だった。
エルツが知っている人物という言葉に必死に脳内を検索し始める。一瞬ユミルが頭を過ぎったが、ケヴィンはさっきコミュニティ外の恋愛だと皆の前で語っていた。
コミュニティ外でエルツも知っている人物となるとその数はかなり限られてくる。
――一体誰と……?――
「実はさ……俺ミサと付き合う事になったんだ」
ケヴィンの口から告げられた彼女の名前。
エルツは咄嗟に反応を返せず、言葉に詰まっていた。
「ああ、ミサさんか。いや……正直驚いたな。おめでとうって言えばいいのかな」
「問題はユミルだよな。あいつミサと仲いいからさ。俺と付き合うって言ったら絶対あいつ黙ってないからな」
確かに、ユミルとミサは親友だ。なんとなくユミルがケヴィンに抗議する姿は想像がつく。
それにしても、身近な人物が付き合うという報告はこれが初めてというわけではないが、正直複雑な気持ちだ。
素直におめでとう、と祝福する気持ちは勿論あるが正直あのミサとケヴィンが付き合うとなると嫉妬までは行かないが、それにも少し似た残念な気持ちを覚えた事は確かだ。
だが人の恋愛なんて正直わからない。
天刻の夜にケヴィンから受けた突然の報告、ARCADIAの世界が絶えず変化して行くように、人間模様もいつの間にか刻々と変化を見せている。
そんな、当たり前の事を妙にリアルに認識させられた、そんな瞬間だった。