S2 ソルジャー認定試験
スティアルーフの街へと戻ったエルツは中央広場で長蛇の列へと並んでいた。
自らの浅はかな願いを見事に打ち砕かれ肩を落とすエルツ。
「少し時間を置けば、落ち着くかと思ったけど逆効果だったか」
長蛇の列はギルド前の女神像で二分され左右に分かれ、中央のPvPエリアの円周上を囲むように、その最後尾は繁華街の方まで延びていた。エルツはそのかろうじて広場へ足を踏み入れた位置で溜息交じりにギルドの方へと視線を投げていた。ここまでで既に一時間である。
一体あのギルドへ辿り着くまで何時間かかるのか、行列の進行具合からしてここから少なくとも二時間、下手をすれば三時間以上並ぶかもしれない。
「年末年始のテーマパークのアトラクションか」
エルツが独り言のように呟くと、それを聞いた周囲の冒険者達がふっと微笑した後、深い溜息を吐いた。気持ちは皆同じらしい。
仕方なくエルツはPBを開くとフレンドリストで再び皆のログイン状況をまず確かめる。
「お、ケヴィンが入ってる。あいつは絶対ソルジャーやるだろうな」
エルツがケヴィンにメールを送ろうしたその時、列の前方から何やら不満交じりの声が上がり始めた。
「ちょっと割り込みしないで下さい」
「割り込みじゃないですよ。並んでおいてもらったんです」
そう声を上げているのは若い二十歳前後の女と男。何やら揉め事のようだ。
「皆ちゃんと自分で並んでるんですから。列の最後尾について下さい」
「何でですか、友人に並んでおいてもらうってのは行列の時に普通に取る手法でしょう? だったらあなたはもし遊園地でトイレ行きたくなった時どうするんですか?」
諌める女性を前に必死に反論する男の姿。皆この行列で少なからずのストレスが溜まっているのだろう。
「ここは遊園地でもないし、一緒にアトラクションに乗るわけでもありません。クエストを受注するのは個人の問題でしょう。それに私はもし遊園地でトイレに行きたくなったら、列の最後尾から並び直します。普通はそんな事にならないように先に済ませておきますけどね」
「そんなのあなた個人の意見でしょうが。こんな事世の中の人が普通にやってる事です」
お互いの言い分はよく分かる。だが、皆がストレスを溜めているこの状況の中穏便に済ませられないものだろうか。そんなエルツの嫌な予想は的中し、加熱して行く二人の言い争いに周囲の人間が次々と加担して行く。
「俺は彼女の言う通りだと思うけどな。この行列に並んでる人の気持ちになってみろよ。人に頼んで並んでおいてもらっていきなり前に割り込みされる人の気持ち考えた事あるか」
男の言葉に次々と周囲から賛同の言葉が上がり、割り込みした男の形成は不利な方向へと傾いていく。
「わかりましたよ、最後尾に並びますよ。どうもすみませんでした」
そうして割り込みをした男は不服そうに列に最後尾へと繁華街の方へと消えて行った。
可哀想なのは、列で男を待っていた気弱そうな青年である。周囲の重くなった空気を一身に受け止め一言も発しないままただ黙って列に並んでいたが、あまりの空気の重さに彼は列を外して繁華街の方へと立ち去ってしまった。
そんな様子を見ていたエルツは慌ててケヴィンに向けて送ろうとしていたメールを消去した。一歩間違えれば彼らの二の舞になるところだった。
ちょうどエルツも今ケヴィンを列に誘おうと考えていたからだ。
それから約二時間半後、ようやくエルツはギルドの中へと足を踏み入れ大理石のロビーへと差し掛かっていた。ロビー内では正面のカウンターに向けて真っ直ぐに人の列が伸びていた。
ここまで到達するまでその過程は考えたくもないが、それでもクエストに必要になるキーアイテムを既に入手している事を考えれば、期待感が募る楽しみな時間であったとも言えなくもない。
実質、ここに並んでいる冒険者のほとんどはこれからクエストを請負い、キーアイテムを取得しに向かうのである。それを考えると、エルツはちょっとした優越感を感じざるには居られなかった。
そしてロビーに入ってから並ぶ事三十分。待ちに待った瞬間がやってきた。
「本日はギルドへようこそいらっしゃいました。どのような御用件でしょうか?」
受付の女性はこれだけ重労働な業務をこなしながらもエルツに向けて爽やかな笑顔を向けてきた。その姿勢にちょっとした感動を覚えながらエルツは自らの用件を伝える。
「ソルジャーになるためのクエストを受けに来たんですが」
「かしこまりました。拡張クエスト『ソルジャー認定試験』ですね。こちらはソルジャーになるために、プレイヤーの皆様に受けて頂く認定試験です。内容はこちらでよろしかったでしょうか?」
ギルド職員の説明に頷くエルツ。
「あのつかぬ質問をするんですが、ここで選択するクラスって後々他のも申請できます?」
エルツの質問に職員は笑顔で頷く。
「はい、当ギルドで御用意させて頂いているクラス認定試験は現在三種ですが、こちらは各個申請頂く事が可能です。また認定試験合格後は女神像前にてPB上から御自由に取得されたクラスへの変更が可能となりますので御安心下さい」
その言葉に安堵するエルツ。
「なるほど、よくわかりました。ご丁寧な説明ありがとうございます。それじゃ今回はソルジャーを志望させて下さい」
「かしこまりました。それでは『ソルジャー認定試験』のクエストの説明を始めさせて頂きます」
そう語り真っ直ぐにエルツに視線を向けてくるギルド職員。
「このクエストはソルジャーになるための認定試験です。ソルジャーは近接戦闘のスペシャリスト。様々な武器を巧みに操り生み出すその高い物理攻撃と、時には敵の攻撃から仲間を守るための盾となる物理防御力を備えたバランスの取れた戦士です。ソルジャーを極めるための道は長く険しく、今回志望して頂いたエルツ様にはまずはソルジャーの見習いとなって頂くための認定試験を受けて頂きます」
彼女の言葉に相槌を打つエルツ。
「エルツ様にはこれからソルジャーとなって頂くためにその資格があるか、それを見極めさせて頂きます。試験の内容は到って簡単です。エルツ様はこれよりこの世界のどこかで入手する事が出来る「地鳥の尖爪」というアイテムを持ってきて下さい。その具体的な入手方法、又アイテムに関する情報はこちらではお教え出来ません。情報収集も重要な冒険者のスキルの一つです。アイテムを入手しましたら、こちらへ納品下さい。そこで初めてエルツ様にソルジャーとしての道が開ける事でしょう。御健闘をお祈り致します」
そうして彼女が深々と頭を下げたところでエルツはPBを開き一枚のカードを取り出す。
「あの空気読まなくてすみません。先にカード入手してしまったんですが、こちらでいいでしょうか」
エルツが差し出した一枚のカードを見て驚いた表情を見せるギルド職員。
「あ……はい。確かにこれは『地鳥の尖爪』に間違いありませんね。素晴らしいです、先に手に入れてしまわれたのですね」
カードを受け取った彼女は改めてエルツに視線を向けると、クエストの遂行を称え始める。
「確かに、お受け取り致しました。ソルジャー認定試験合格おめでとうございます。これよりエルツ様は女神像前にてPB上でクラスチェンジが可能となります。改めてソルジャー認定試験合格おめでとうございます。これよりエルツ様の益々の御活躍をお祈り致します」
「色々ありがとうございました」
美しい辞儀を見せる彼女にエルツもまた感謝の気持ちを込めて礼をすると、エルツは依然長い行列が立ち並ぶギルドを後にし、女神像前へと移動した。
「待ちに待った瞬間か」
PBを開きステータス画面を開くとそこには確かにクラスという項目が追加されていた。
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〆エルツ ステータス
レベル 9
クラス ------------ フリークラス 【クラスチェンジ】
経験値 ------------ 11/100
ヒットポイント ---- 140/140
スキルポイント ---- 44/44(34+10)
物理攻撃力 -------- 23(+10)
物理防御力 -------- 21(+18)
魔法攻撃力 -------- 10
魔法防御力 -------- 10
敏捷力 ------------ 14
ステータス振り分けP----- 0
→ポイントを振り分ける
※再分配まで<0:00/24:00>
〆現在パーティに所属していません
〆装備
武器 -------- なし
頭 ---------- コカトリスハット+1
体 ---------- コカトリスベスト+1
脚 ---------- コカトリススロップス+1
足 ---------- コカトリスシューズ
アクセサリ --- 銅の指輪<STIAROOF MODEL>
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フリークラスと表示された右側にはっきりと記されたクラスチェンジという文字。高鳴る期待を抑えながらエルツはそのリンクをクリックする。ちなみに装備を軽くするため武器は敢えて外していた。
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【選択可能なクラス】
▼ソルジャー
▽フリークラス
【クラスチェンジ後:装備】
武器 -------- なし
頭 ---------- なし
体 ---------- なし
脚 ---------- なし
足 ---------- なし
アクセサリ --- 銅の指輪<STIAROOF MODEL>
【クラスチェンジ後:ステータス】
レベル 9
クラス ------------ ソルジャー
経験値 ------------ 11/100
ヒットポイント ---- 160/160
スキルポイント ---- 34/34
物理攻撃力 -------- 29
物理防御力 -------- 23(+2)
魔法攻撃力 -------- 10
魔法防御力 -------- 10
敏捷力 ------------ 14
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クラスチェンジ後のステータス画面を見つめながらふとエルツは首を傾げた。
「何で防具が指輪残して外れてるんだ?」
その時、ふとエルツはバージョンアップの際に送られてきたシステムメールの内容を思い返していた。
「そうか、ソルジャーって軽鎧しか装備出来ないんだ。じゃコカトリス装備着れないのか」
コカトリス装備が着れないとなると装備はバロック装備まで遡る事になる。
バロックシリーズはLv5からの軽防具だが、今更バロックに戻るというのは少々気が引ける。何よりコカトリス装備の軽さに慣れた今、重量が増すのは辛い。
「まぁ、仕方ないか。それじゃマイルームに取りに行こう」
初めてのクラスチェンジは少し先延ばしになったようだが、それでも構わなかった。
胸高鳴るその瞬間はもうすぐそこまで近づいているのだから。