S41 心に咲く華
耳奥に響く祭太鼓の音。その音は変わらず絶えず力強く打ち鳴らされていた。
瞳を開けるとそこには夜闇の中に聳える櫓から垂れ下がった赤提灯の淡い光とその下を歩き回る無数の冒険者達の姿が浮ぶ。
どことなく広場を歩く冒険者達の姿はどこか名残惜しそうに見えた。
――長かったようで短かったような――
気がつけば今日で祭りも最終日を迎えようとしていた。
「何を黄昏てんだお前は」
横から唐突に掛けられた言葉に慌てて振り向くエルツ。そこには訝しげな顔で冷やし飴を啜るケヴィンの姿があった。その周りにはかつてオートマタ戦を共に挑んでいた仲間達の姿も見える。
「あ、ごめん」
そう、エルツ達は今コミュニティセンター前の休憩所で最後の祭日を仲間達と共に過ごしていたのだった。
「あ、ごめん。じゃねぇよ。お前何か時折意識が宇宙に飛ぶよな。何かと交信でもしてんのか?」
ケヴィンの突っ込みに笑いを漏らしながらアリエスがエルツに言葉を被せた。
「それにしても、エルツさん本当に凄いです」
その言葉にアリエスは心からの尊敬の眼差しをエルツへと向けていた。
「Master of Magicianを倒した人ってサーバーでも極僅からしいですよ」
ペルシアの言葉にポンキチが彼女の横腹を叩いた。
「いや、本当に強かった AIのアルゴリズムもよく出来てて、対人戦以上に全く隙ないしさ。最後、あいつ出てきたとき、本気で諦めかけた」
エルツの言葉に顔を見合わせる一同。
「まぁ、お前が決めた事だしな。他人がどうこう言う事じゃねぇけど。ただ、最終的に倒しちゃうってのが、お前らしいっつうか、なんつうか」
エルツはそんなケヴィンの発言に一瞬俯き乾いた笑みを零した。
「買いかぶり過ぎだよ。自分だって投げ出す事はあるさ」
エルツはそう言って広場を歩く冒険者達に視線を向ける。
そこに居る冒険者達の表情は皆希望で溢れていて、少なくともあの掲示板で示唆されていたような醜い人の心は微塵も映し出されていなかった。
そこに存在するのは、ただこの祭刻という期間を楽しみ、そして何よりこの世界をただ純粋に享受する冒険者達の姿だった。
「知ってるかエルツ」
そのケヴィンの言葉にふと顔を上げるエルツ。
「この世界を創ったのもまた人間なんだぜ」
――この世界を創ったのもまた人間?――
確かに人間というのは時によっては罪深い本質を露にする事もあるかもしれない。
だけど、ケヴィンの今言った事もまた事実。人は心の持ち方次第でこんなに素晴らしい世界を創造する事だって出来る。
理想世界は淀んだ心からは生まれない。こんなに素晴らしい世界を創り出す事が出来るのもまた人間なんだ。
「ポンキチお前何で傘差してんだ?」
ケヴィンの言葉にポンキチは黒い蝙蝠傘を片手に真顔を返す。
「いや、ケヴィンの兄貴がまともな事言うなんてこれは雹でも降るんじゃないかと」
「お前本気でぶっとばすぞ」
二人のやりとりに漏れる笑い。
時刻は間もなく零時を迎える。それは同時に光夜の終わりを示す。
舞い上がり散ってゆく無数の花火。その閃光に包まれながら冒険者達は長いようで短かったこの祭刻という期間に別れを告げる。
咲いては散り、散っては光輝く色彩をばら撒くその美しい空の華々(はなばな)。
「綺麗だね」
ユミルの言葉に皆が無言で頷く。
色とりどりの光灰が空から降り注ぐ中で、光夜に咲いた双華は今まさに散り行こうとしていた。
だが、決して寂しくは無い。
何故なら皆で迎えて皆で送ったこの双華祭という催しはエルツ達の心に何にも変えがたい美しい華を咲かせていたから。