S38 VS Master of Magician
バトルフィールドの中に木霊するエルツの悲鳴。
エルツは未だかつてない戦慄と恐怖にその身を震わせていた。
「くそ……ふざけるな! こんなの……こんなのって!」
迫り来る赤衣装を身に纏ったオートマタ。火球を二つフロートさせたオートマタを前に、エルツはただ蹲りうろたえるばかりだった。
――まただ――今度は赤色か……くそ、あれはMagician of Redの戦術じゃないか――
必死に立ち上がり慌ててエルツは八メートルラインへと移動し、敵の攻撃の誘導を試みる。
そして、赤鼻のオートマタによって放たれた二個の火球を誘発させたエルツは敵へと接近し攻撃を仕掛ける。
「あんまり舐めるなよ、同じ戦術なら対策は立ててるんだ。二番煎じが通用すると思うな」
そうして、エルツが距離を詰めたその時だった。
突然ロッドを構えていた赤鼻の姿が光に包まれる。
「まただ……また色が」
走りこんだエルツの視界内でMaster of Magicianはその姿を黄色の衣装へと変える。
――今度は黄色か――
ロックされた電球を前にエルツは咄嗟に身体を反転させ距離を取る。
不規則に変化するそのバトルスタイル。そしてMaster of Magicianはかつて戦ったあの歴戦のオートマタ達の戦術を忠実に再現して行く。
今再現されるはあの黄鼻のオートマタMagician of Yellow。
「Magician of Yellowと同じ動きをするなら……それなら」
サンダーボルトを前方に向かって解き放つ。
同時に駆け込んでくる敵の気配。
――動揺しちゃダメだ――敵が自滅するのを待つんだ――
走りこむ敵の気配が近づいてきたその時、エルツは振り向き敵の姿を確認する。
振り向いたエルツはその視界の光景に瞬間的に思考を止める。
何故ならそこに走り込んでいたオートマタはあの黄鼻では無く茶色の衣装を纏ったオートマタだった。
完全に思考を止めたエルツの眼前で放たれるストーンブリッツという名の凶弾。
その弾道にエルツはバックステップする事も忘れて直撃をその身に受けその場に崩れる。
――ダメだ、動きが全く読めない――
崩れたエルツが再び顔を上げるとそこにオートマタの姿は居なかった。
消えたオートマタの姿を探しエルツが視線を泳がせたその時だった。
突然、身体を薙ぎ払う衝撃に転げ回るエルツ。
研ぎ澄まされた真空の刃エアカッター。それを放ったのは他でも無い。エルツから距離を取り離れた位置からじっと獲物を狙い定める緑色の衣装を纏ったMaster of Magicianの姿。
「どうしたらいいんだこんな相手……」
繰り出される真空の刃を必死に避けながらそれでも敵との距離を詰め一矢報いようとするエルツ。一定の距離を詰められた緑鼻のオートマタはエルツに背を向けて一目散に逃走を始める。この状態の敵を追う事は無駄であるというその経験則すらも完全に忘れて、がむしゃらに敵を追い回し始める。
普段のエルツならこんな泥臭い戦いは絶対に望むところでは無い。だが……
――くそ、どうすりゃいいんだよ――
そうして、エルツが敵に向けて必死に走り込んでいたその時、突然敵がその動きをぴたりと止めエルツに振り返る。
輝く光に包まれて浮かび上がったその姿は、あの青鼻の姿だった。
――Magician of Blue――
その相手が得意とするその攻撃は一体何だったか。それを認識した時は既に遅い。
走りこんだエルツを迎え撃つように一歩前に踏み込んできた青鼻はエルツの首を持って吊り上げる。
「くそ……離せ」
視界の中で膨らみ行く水球。その中に吸い込まれながらエルツは相対するその敵の姿をじっと睨みつけていた。
Master of Magicianは無言でエルツに視線を返すと、膨らんだ水球ごとエルツの身体を解き放つ。
「うぁぁぁぁ!!」
魔法陣の外へ弾き飛ばされた者を待ち受ける景色をエルツは知っていた。
変遷する世界の果てにあるものは見慣れた港の風景。
たくさんの冒険者が皆心を躍らせオートマタへと挑戦するその景色の中で、蹲るエルツは一人揺るぎの無い事実を認識していた。
今ならばあのCITY BBSの不可解な忠告の意味がよく分かる。
それは何よりもエルツ自身が痛感した強さという言葉を遥かに超越した敵への敗北感。
その敗北感が決定的な事実をエルツに告げていた。