S37 オートマタを統べる者
Magician of Yellowとの戦いを終えたエルツは一人港で青褪めていた。
夜の港に迫る船影から微かに響く汽笛の音も、もはやその耳には届いていなかった。
人気の無い赤煉瓦のオークションハウス裏で外壁により掛かりしゃがみ込むエルツ。
「嘘だろ……」
少し寂しい、そんな言葉が出たのもオートマタ戦がこれで終わりだという安心感から出たものだったのだ。正直、これ以上のオートマタとの戦闘は御免だった。
今まで戦ってきたオートマタは五体、火のMagician of Red、水のMagician of Blue、土のMagician of Brown、風のMagician of Greenとそして雷のMagician of Yellow。いずれもただの機械人形とは思えないほど洗練された戦い振りを見せた強兵達だった。
「……これ以上何が居るって言うんだよ」
「火」「水」「土」「風」「雷」。もう五属性は既に出揃っている。
考えられるとすればさらなる他の属性を操るオートマタなのか。とするならば「光」や「闇」といった属性だろうか。
現在は光刻。何かと「光」という言葉が多く用いられるこの祭りの模様から考えると、光属性を操るオートマタが存在しても不思議では無い。
「光のオートマタか……考えられない線じゃないな」
祭刻は既に二十一日目を迎えている。
残るオートマタがMagician of Yellowよりもさらに強敵だった場合、はっきり言ってこのイベントを攻略する事は難しくなる。
エルツはここでCITY BBSでのあの不可解な忠告を思い返していた。
――もしクリア報酬のためにこのイベントを進めているのならば諦めた方がいい――
それはつまり残るオートマタのその未知の戦闘力を暗示しているのではないか。
考えれば考えるほど思考は底の見えない深みへと嵌ってゆく。ただ過ぎ去って行く時間を前にエルツは少しずつ自らの気持ちを整理していた。
――もうやるしかない、こうなったら最後までとことんやってやろうじゃないか――
いつしか再挑戦に掛かる一時間という時間はあっという間に過ぎ去っていた。
気持ちを奮い立たせるように立ち上がったエルツは港の魔法陣へと向う。
「これでラストだ。ここで終わらせる」
PBで申請を済ませたエルツは身体が白光を帯びるのを確認すると静かに目を閉じる。
そして、再び目を開いた時。そこには変遷した世界が開けるのだ。
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〆エルツ ステータス
レベル 9
経験値 ------------ 0/100
ヒットポイント ---- 140/140
スキルポイント ---- 34/34
物理攻撃力 -------- 10(+1)
物理防御力 -------- 10(+6)
魔法攻撃力 -------- 23
魔法防御力 -------- 21
敏捷力 ------------ 14
ステータス振り分けP----- 0
→ポイントを振り分ける
※再分配まで<0:00/24:00>
〆現在パーティに所属していません
〆装備
武器 -------- ⇒ファイアロッド
『装備変更 ・ウォーターロッド
可能装備』 ・ストーンロッド
・エアロッド
・サンダーロッド
頭 ---------- トライアルヘッド
体 ---------- トライアルスーツ
脚 ---------- トライアルトラウザ
足 ---------- トライアルブーツ
アクセサリ ---SPリジェネレイター
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流れ行く星々。加速して行く世界、幾度と無く経験してきたバトルフィールドの景色は何も変わらない筈だった。
――何も変わらない――そう……ここは何も変わらない世界なんだ――
加速する世界の中で魔法陣に浮ぶ自らの足元からゆっくりと視線を上げて行く。
そこには変わらない景色が存在した。
――その世界に存在する「彼ら」の存在を除いて――
「……そんな」
その世界の中に存在するその存在に言葉を失うエルツ。
幾度と無く互いに鬩ぎ合ってきた彼らの姿。そこに俯きエルツを待ち受けていたその姿は見間違う筈も無い。
「そんな……馬鹿な」
そこに存在するは紛れも無い。
魔法陣の中に点在し俯きエルツを待ち構える者達の姿。
――連撃手『Magician of Red』――
――反撃手『Magician of Blue』――
――走撃手『Magician of Brown』――
――逃撃手『Magician of Green』――
――結撃手『Magician of Yellow』――
そこには今までに相対した彼らの姿が在った。
エルツの頭の中で様々な妄想が駆け巡る。
明らかに今までとは異質なそのバトルフィールドの様相。
「まさか……複数同時戦闘。有り得ない」
加速して行く妄想。
だが次の瞬間、エルツの思考は完全に停止する事になる。
五角形を描くように魔法陣の中に点在した彼らの中心に存在する真白なオートマタ。
――何なんだ……これは――
ひれ伏すように俯いた五体のオートマタの中心で俯くその存在。
エルツの視界内では空中から光のエフェクトと共に、今五つのぜんまいが現れかつて鬩ぎ合ったオートマタ達へと吸着して行く。
起き上がる彼らの姿を見ながら、エルツは全身から力が抜けて行くのを感じていた。
――同時に五体……加えて未知のオートマタが一体――
あまりに絶望的な状況にただただ言葉を失う。
立ち上がった五体のオートマタはエルツに向き直ると、静かにそのロッドを一斉に振り上げる。
エルツが咄嗟に身構え敵の攻撃に備えたその時だった。
ロッドを振り上げた五体のオートマタの身体が突然光の粒子に包まれ立ち昇り始める。
「……何だ?」
そして立ち昇った粒子は中央の真白なオートマタの身体へと一斉に流れ込んで行く。
大宇宙の中で五体のオートマタから立ち昇る粒子の流れが、中央で交わり巨大な流れとなって注がれ行くその様子はこんな状況でありながらも美しいと感じた。
粒子となって消えた五体のオートマタ達。その視界の中心では今その身を起こしエルツを捉える一つの視線が存在した。
真白だったオートマタの身体は五色の不思議な輝きを帯び今エルツの前に立ち塞がる。
「こいつが……最後のオートマタだったのか」
オートマタを統べる者の存在。
それこそがプレーヤーを待ち受ける最後の砦。
PBに今浮かび上がるその敵の名は……
――『Master of Magician』――