S36 VS Magician of Yellow★Take23
夜空に輝く星々の下、遠方には蒸気を上げる汽船の姿が肉眼ではっきりと見て取れた。
見慣れたはずの港の風景。だが今日はどこかその風景にも違和感にも似た感情を覚えていた。
CITY BBSで見たあの書き込み。その意味をエルツは未だに引きずっていた。
――余計な事を考えるのは止めよう。今は目の前の戦いに集中しなきゃ――
そう自分に言い聞かせるように呟くエルツの頭ではこの時既に一つの事実を認めていたのかもしれない。
申請画面を閉じたエルツは自らの身体が転送される事を静かに待つ。
CITY BBSに記されていた攻略情報は何度も読み返し完全に頭に叩き込んである。身体が白光に包まれホワイトアウトしてゆく視界の中で、エルツはシミューレーションしてきた内容を反復する。
移り変わった世界。その大宇宙の真ん中ではいつものように黄鼻のオートマタが俯き佇んでいた。
「お前と会うのもこれで二十三度目か……」
今までの中でも最長だろう。こんなに長い付き合いになるとは夢にも思わなかった。
それを言うならば、このオートマタイベントそのものに対しても同じ事が言える。まさか、こんなに長い間一つのイベントに従事するとは夢にも思わなかった。
視界にぜんまいが現れるとエルツは先制攻撃の準備を整え、静かに敵が起き上がるのを待つ。
「願わくば……悪いけどお前と会うのもこれで最後にさせてもらうよ」
前傾姿勢から緩やかに起き上がるMagician of Yellow。
その黄鼻のオートマタをしっかりと真正面から見据えながらエルツは静かにだがその語調に強い響きを込めて宣誓をする。
「いい戦いにしよう」
そして、宣誓を終えたエルツはオートマタに向けてサンダーボルトを容赦なく解き放つ。
強烈な電撃の先制攻撃を受けたオートマタは、エルツに背を向けると逃走を始める。そして逃走しながら一つの雷球を発生させロックしたオートマタは一定距離を取りそこで再びエルツに向き直ると。
その動きの全てはエルツのシミューレート通りだった。
ここからエルツはゆっくりと敵との間合いを計りながら、敵の正面にロックされた雷球に対して三メートル弱の距離までへと近づく。
「ここからか」
――落ち着け――動揺するな――
こんなに近づいても敵はカウンターの機会を伺ってこちらの様子を伺っている。
エルツは今冷静に呼吸を整えながら、ロッドを振り、サンダーボルトをオートマタめがけて放つ。
リンクして迸る電流を引いた雷球は一直線に対象に向かい、そして捉えた。
まさにそれは攻略情報の通りの理想的な流れだった。
「こんな単純なことだったのにも、関わらず、気づくことができなければ、人は挫折する」
エルツはジュダのことを考えていた。
ゲームとは奥深い、ほんとにちょっとした特性に気づくことができれば、それが全てを打開する策に繋がるのだ。最先端のコンテンツを攻略する際には、その糸口を一つ一つ紐解けるか、が重要になる。
ダメージを与えるパターンが一通り巡れば後は恐れるものは何も無い。あとはその手順をしっかり繰り返す事で、その先の勝利を掴む事が出来る。
エルツはふとここまでの軌跡を、今までのオートマタ戦を振り返っていた。
――ここまで、本当に長かった――
Magician of Redから始まってこの宿敵Magician of Yellowまで、本当に長い道程だった。このオートマタイベントというものに手をつけた事を一時期後悔した事もあった。
だが、様々な独自のスタイルで果敢にプレイヤーを圧倒してくるそのオートマタ達の姿は実際敬意に値するものであったし、そんな彼らの姿を見る事は戦っているエルツ自身正直楽しかった。
本音を漏らせば、正直もうオートマタ戦は勘弁して欲しいというのが実のところだが、それでもこれで終わりとなるとそれはそれで寂しいものだった。
今静かに膝をつき崩れ落ちてゆくオートマタの姿。
「ありがとう……Magician of Yellow」
それはエルツの心の底から出た純粋な感謝の言葉。
光の粒子となり消え行くオートマタを前にエルツは静かに彼との、いや彼らとの別れを告げるのだった。
別れの後に残されるのは一枚のカード。エルツは様々な想いを胸に今そのカードをゆっくりと手にする。
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〆カード名
ピエロリング
〆分類
防具−アクセサリ
〆説明
オートマタが装備していたピエロの指輪。装備したら何かいい事起きるかな?
〆装備効果
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減速し停止へと向う大宇宙の中、そこにはカードを拾い上げたまま硬直するエルツの姿があった。
まさかとは思っていたが、エルツが危惧していた推測はここで確信へと変わっていた。
「……ピエロリング」
Magician of Yellowとの戦いで得られるドロップアイテムはワンダーロッドでは無かった。これが意味する事実から今までエルツはただ必死に逃げようとしてきたのだ。
その事実とは一体何か。
――ワンダーロッドというアイテムは実在しない――
それも一つの可能性として考えられる。だが、エルツはここで祭刻の始まりに見たあのアポロンという冒険者の姿を思い出していた。
あの時、あのアポロンが身に付けていたあの五色に光輝くあの不思議な輝きを帯びた杖。間違いなくあれがワンダーロッドであろうと、根拠は無いが何故かエルツには確信できた。
そして、その確信が正しいとするならば、ここでは現在のこの状況を説明するに最も明確な答えが一つ存在するのだ。それは……
――戦いはまだ終わりでは無い――
――つまりはそれは……さらなるオートマタの存在を意味する――