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ARCADIA ver.openβ≪Playing by Elz≫  作者: Wiz Craft
〆 第五章 『双華祭』
162/242

 S29 浴衣ショー

 ジュダから受けたアドバイス、その真意を掴みきれないままエルツは夜の繁華街を歩いていた。

 透光板から差し込む月明かりと淡い赤灯にその姿を照らされながら繁華街を抜けると、広場の溢れる人の波を縫ってB&Bへと歩みを向ける。頭上から降り注ぐ祭太鼓の音を聞きながら、目的の建物を目指していたその時、ふと何やら櫓の方で賑わう人込みが視界に入ってきた。


「何だろ、あの人込み」


 中央の櫓に集まる一層の人込みに気づいたエルツは自然と足運びをそちらへと向ける。

 人込みの隙間へ身体を潜らせながら前へと出るエルツ。開けた視界の先には櫓の前に組まれた一メートル程の高台に乗った数人の冒険者の姿が見られた。

 高台の上では一人の冒険者が、観客へと前へ歩み出てくるりと回ってポーズを決めると一言コメントを述べまた定位置へと下がって行く。

 その動きが理解出来ずエルツは思わず近くに居た冒険者に声を掛ける。

 

「あの、すいません。これ何やってるんですか?」


 エルツの問い掛けにふと視線を返す中年の男。前列で腕を組みながら高台で繰り広げられる光景を見つめていたその男は、エルツの言葉に一瞬怪訝な表情を見せたがすぐに返答を返してくれた。

 

「浴衣ショーだよ」

「浴衣……ショー?」


 エルツのリアクションに男は初めは怪訝な表情を見せたものの、何も知らないと知ってか丁寧な説明を始める。


「祭刻期間中の定番でね。刻の中日なかびにはこうして浴衣のショーが開催されるんだ。浴衣が自分で自由にデザインできる事は知ってるかい?」

「え? あ、はい。へぇ、なるほど。こんなイベントがあったんですか」


 頷くエルツに説明をしてくれた親切な男は再びショーへと視線を戻す。

 高台の上では司会進行役と見られる一人の若い女性係員がマイクを片手に頑張っていた。


「はい、それでは次の方どうぞ。この方の説明は皆様もはや要りませんね」


 高台の上では丁度首下まで黒髪を流した長髪の女性が前へと歩み出てくるところだった。美しい黒薔薇を散らしたそのデザインに浴衣から覗くその豊かな胸の谷間は妖艶で、思わず見惚れていたエルツの周辺からは黄色い歓声が飛び始めていた。

 

「ヴァニラ様こっち向いて下さい!」

「お綺麗です、ヴァニラ様ぁ!」


 男性に止まらず女性のファンまでついているのか、ヴァニラと呼ばれたその女性は高台から観客を見下ろすと何とも妖艶な微笑をくれて定位置で立ち止まる。

 一瞬、視線が合ったような気がして思わず胸のときめきを感じたエルツだったが錯覚だと自分に言い聞かせ落ち着きを取り戻した。


「ヴァニラっていうのかあの人。すごい綺麗な人だな」

「思わず見惚れてしまうだろう。あれであのVALKYRIAの元隊員というのだから驚きだ」


 先ほど親切に物を教えてくれた中年の男のその言葉に思わず視線を振る。


「え、VALKYRIAの元隊員って……!?」

「ヴァニラさんは感性豊かだからな。HNM狩りに明け暮れるトップコミュニティの連中の中でもこうした庶民的な余興に顔を出す方は珍しい。何でも今はそうした喧騒から離れて自分のコミュニティを立ち上げたそうだよ。確かティファニーとか言ったかな」


 男が語った末尾のキーワードに思わず反応するエルツ。

 ティファニーと言えば、この間ペルシアが所属していると話していた女性専用コミュニティの名と同じだったからだ。よくよく話を聞いてみればVALKYRIAを脱退したメンバーが創設したという話とも一致している。

 

「ていう事は……あの人がペルシアのコミュニティの団長か」


 やはりカリスマと呼ばれる名高いプレーヤー達は一般プレーヤーと比べて異質の雰囲気を持っている。このヴァニラという女性の冒険者もまたそんな異質の一人だった。


「それではヴァニラさん、観客の皆様に一言メッセージをお願いします」


 司会の促しにヴァニラは一歩前に出ると長い髪を手櫛で梳かしながら後ろへと流す。

 

「皆さん今晩は。今宵も月が美しいな」


 その言葉の出だしに思わず身構えるエルツ。芸術的に優れた感性を持つ者には少し風変わりな人物が多いと言うがこの女性もその線なのだろうかと、そう思ったからだ。


「なんて堅苦しい挨拶は抜きにしようか。祭刻期間皆様はいかがお過ごしか。双華の光夜を迎えるのは今刻で二度目だが、昨年に負けず劣らずの催しだな」


 そう言って色っぽい笑みを浮かべるヴァニラに、観客からは精一杯の歓声が放たれていた。


「双華と言えば薔薇、色合いを望めば白と赤が良かったが明るい色は私には似合わないだろう。それに双華の光夜に黒薔薇が咲いてたって構わないだろ。異端と呼ばれるかもしれないけど、私にはその方が性に合ってる。異端の花を時に眺めるのもまた一興だろう。願わくば少なからずの感慨を残せれば花にも咲いた価値がある」


 そう言葉の余韻を残すとヴァニラは後ろの定位置へと下がって行った。

 言葉の一つ一つの響きにも何か独特の雰囲気がある。一歩間違えればそれは俗に言う痛いという言葉で表現されるかもしれないが、あの美しさと独特の語調から生み出されるモノは間違いなくカリスマという言葉が相応しかった。


「ヴァニラさん、ありがとうございました。続いての方前へどうぞ」


 観客の興奮が冷め止まぬ中、次に隣に居た小さい影が高台の中央前へと歩み出る。

 真白な生地に赤いトライアングルが爆発したような不思議なデザインの浴衣を纏ったその少女。腕を組み仁王立ちしながら観客を見下ろすその小さな影には見覚えがあった。ピンクの髪の両脇に赤いリボンでお団子を作ったその少女は、観客の視線を集めながら堂々とその視線を受け流していた。


「あれ見間違いかな……どう見てもパピィに見えるんだけど。錯覚かな。錯覚だよな」


 ざわつく観客一同。

 ターンも見せずに中央で立ち尽くすその少女に向けて司会の女性が笑顔で優しく微笑みかける。


「緊張してるのかな。大丈夫?」


 そんな司会の女性の問い掛けに口をぽかんと開けて返答するパピィ。


「別段緊張してないが」

「そ、そう。それじゃ観客の皆様に向けて一言メッセージを送ってもらえるかな?」


 パピィの扱いが分からず当惑する司会女性にパピィは「うむ」と一言頷くと観客へと向き直る。受け取ったマイクを片手に暫し観客をじっと眺め下ろすパピィ。

 そして、ふぅっと溜息をついた次の瞬間パピィは大声で叫んだ。


「大好きな苺と宇宙の始まりビックバンをコラボしてみました。芸術は爆発だ!」


 何が起きたか理解出来ず一同が硬直する中で、満足そうにマイクを下げるパピィ。

 そんなパピィを呆然と見つめていた司会が、はっと我に返り彼女の元へと向う。


「あの……メッセージは他に?」

「む。メッセージは以上だが」


 パピィの言葉に司会はその場を取り繕おうと必死に声を絞り出す。


「パ、パピィさん。ありがとうございました。それでは以上を持ちまして出場者のお披露目を終了とさせて頂きます。続いて投票へ移りたいと思います」


 それから司会は浴衣ショーの投票の説明を始めた。どうやら高台に上っている十人弱の出場者の中から最も気に入った人物にPBから投票するらしい。


「なるほど、そういう事ね」


 初めからショーを見ていなかったエルツにとってここで投票をするのは、前半に出ていた出場者にとっては不本意だろう。久し振りに姿を見たパピィに出来る事なら挨拶をしたいところだったが、この人込みではそれも無理そうだ。そう判断したエルツは静かに浴衣ショーからその身を引かせるのだった。


「芸術は爆発か。あの赤い三角形は苺だったのか。全くパピィらしいよな」


 エルツは思い出しながら思わず笑みを零すと、その足でB&Bへと向う。

 オートマタ戦の合間の束の間の余興、それはエルツにとっては思いがけない良い息抜きとなった。

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