S28 BAR 『Scoundrels' Hideouts』
Magician of Brownとの激闘を制したエルツは、それからもオートマタイベントに挑み続けていた。強敵であったあの第三の刺客を倒した時は、仲間内にそれを報告したい気持ちに駆られたが、今皆はオートマタ戦から気持ちが離れている。そんな彼らに勝利報告をしたところで、その感動は伝わらないし、下手をすれば皮肉とも取られかねない。そんな想いからエルツはその喜びを一人胸にしまい孤独な挑戦を続けるのだった。
第三の刺客を倒してから四日目の光刻11、CITY BBSでは第四の刺客の情報が静かに現れ始めていた。
正直、今回の相手は今までの相手の中では最悪にやりにくい相手だった。今までのオートマタは皆正々堂々と真正面からぶつかり合って来た。それ故に戦闘後は、どこか相手に対して敬意にも似た感情さえ芽生えていた程だった。が、今回の相手は違う。戦えば戦う程、行き場の無い怒りが心の奥底から込み上げてくる。敵に触れる事すら叶わないその姑息な戦い方は相手がただの機械人形である事を忘れさせてプレーヤー達を激昂させるのだ。
敵の名はMagician of Green。その姑息な戦い方から奴には『逃撃手』という異名がつけられた。その名の通り、奴は逃げ撃ちの名手なのだ。そのバトルスタンスはとにかく足を使って前後左右に逃げ続け、充分な距離を取ると遠距離からの魔法攻撃を仕掛けてくる。近づけば距離を取るまで逃げ続け、追えば追うほど敵は走り逃げ回る。とにかく厄介な相手なのだ。
「くそ……思い出したくもないな」
頭の中で敵の動きをシミュレートしていたエルツは余りの腹立たしさに、雑念を振り払うかのように首を振る。未だCITY BBSでも具体的な対処策が見つからず、挑戦しているプレーヤー達のその心中がエルツには容易に想像がついた。
「追ってダメ、距離を取ってもダメ……」
自分の呟きに突っ込みながらエルツは大きく溜息をつく。
こんな時にこそ一緒に挑戦している仲間が居ると心強いのだが。生憎、かつて一緒に挑戦し集会まで開いていた仲間達は皆オートマタから離れている。
「誰か身近に攻略について話し合えるような人居ればいいんだけどな」
そう呟いてカーテン越しに覗く青い海を眺める。
そんなエルツの儚い願いも天には届かず、無情にもただ時は流れてゆくのだった。
もはやエルツの中でも正直マンネリ化しつつあるオートマタ戦。だがそんな心を振り払うかのように、その日の夕方も重い腰を上げ港へと向かったエルツはMagician of Greenを前に屈辱的な敗戦を味わうのだった。
「この流れをなんとか変えなきゃ」
空が夕闇に染まる中、淡い赤光に包まれた繁華街を歩きながらそう呟くエルツ。ちょうど視界の隅では和やかな祭刻の陽気にあてられた冒険者がBARから酔い潰れて出てくるところだった。
西洋風のその木造建築の前で暫し立ち止まるエルツ。建物の到る所には剣で彫られたような傷跡と石灰による落書きがあった。
――全ての冒険者に注ぐ――
そう記された落書きを見つめながらエルツは開き戸の前で中の様子を窺がう。
少し荒んだ印象を受けるその建物の中からは冒険者達の笑い声と酒を酌み交わす音が漏れていた。
「BARか……たまにはいいかもな」
DIFOREの向かいに位置するそのBARをいつもエルツは目にしていた。薄暗い店内と中に居る客層から今まで何となく敬遠していたのだが、どことなく陰鬱な気分の今日という日は何故かこの店に魅かれるものがあった。
看板に書かれた『Scoundrels' Hideouts』という文字。直訳すると『ならず者達の隠れ家』といったところだろうか。
エルツは両開きの木の扉を潜ると、薄暗いその店内へと一人足を踏み入れる。
「ごめんください……と」
暗く狭い室内に敷き詰められた木造の古びたテーブルや樽椅子。そのテーブルの上には銅の燭台の上で炎が紅いゆらめきを上げていた。その周りで光る冒険者達の幾多の視線。
誰にも聞こえないような声で呟き入ったエルツは、周囲からのその絡みつくような視線を感じていた。
――やっぱり場違いだったか――
無言の洗礼にエルツが踵を返そうとしたその時、ふと店内に見覚えのある横顔を発見しエルツはその足を止めた。散らかったテーブルと樽椅子の奥に見えるのはL字型のショートカウンターのようだった。カウンターの奥の木棚には無数の酒瓶が敷き詰められ、色静かな様々なラベルが所狭しと並んでいた。
その奥のカウンターでは一人酒を飲む男。
――あれって――
周囲の視線を感じながら、エルツはその男の元へ向かうとそっと横から声を掛ける。
「ジュダさん……?」
その言葉に振り向いたジュダはエルツの姿に意外な表情を見せる。
ジュダが無言でエルツに隣に座るように促すと、エルツはそれに従った。
「何しに来たんだ、こんなとこに一人で」
「いや何となく。今日はそういう気分だったんで」
エルツのあまりに無作為な返事に微笑を漏らすジュダ。
「やっぱり変わった奴だなお前」
「そういうジュダさんこそこんなところで何してるんですか?」
エルツの言葉にグラスを手に取り、ブランデーを口に含むジュダ。
それを見てエルツもバーテンにブランデーグラスを一つ注文する。
「俺はここの常連だからな。何をしているかと聞かれれば酒を飲みに来る以外の理由はここにはないさ」
その返答に自らの愚問を認識する。
そうして暫しの静寂の間が流れる中、エルツが話し掛ける言葉を考えあぐねて、ふとこんな質問をした。
「そういえば以前お会いした時、隣に女性の方いらっしゃいましたけどあの方って同じコミュニティの方ですか?」
その質問にグラスを持った手を止めるジュダ。
「ああ。ローズの事か。何だお前あいつに興味あんのか? 止めとけ、あいつは男の手には余る」
「え……いやそういうわけじゃないんですけど。ポンキチがうちのコミュニティはビジュアル志向だって言ってたんでああいう女性の方も居るのかなと思って」
そのエルツの言葉に苦笑するジュダ。
「ビジュアル志向か……あいつ。後でぶっ飛ばすか」
「いや……どうか穏便に」
苦笑いを返すエルツ。
「ローズはうちのコミュニティの団長だ」
「え……団長!?」
エルツのリアクションに苦笑を絶やさないジュダ。
「女が団長で意外だったか?」
「意外っていうか……驚きました」
まさかあの女性がポンキチのコミュニティの団長だとは夢にも思わなかった。
意外な出会いの記憶が一つ一つ繋がって行く。
そんな記憶に耽っていたエルツにジュダはふと言葉を投げ掛けてきた。
「オートマタ戦はどうだ。順調か?」
「いや、それが緑色のオートマタで詰まっちゃって。茶色はなんとかクリア出来たんですけど」
その言葉に「ほう」と僅かに感嘆の色を見せるジュダ。
「今まではジュダさんのあの攻略掲示板参考にしてたんですけど、ああいう事になってしまって」
エルツの言葉に無言でグラスを口に運ぶジュダ。
ジュダさんは今どこまで進んでいるのか、何か攻略法を知っているのだろうか。エルツがそんな疑問を浮かべたその時だった。
「Magician of Greenか。確かに厄介な相手だが奴の動きはある法則に基づいてる。それを掴めば勝機は見えてくる」
「ある法則って……?」
突然のその提言に思わず身を乗り出すエルツに意地悪く微笑むジュダ。
「教えて欲しいのか?」
首を縦に大きく振るエルツを見て再びブランデーを口に含んだジュダはそれから一言だけ呟いた。
「対直線」
その言葉に思わず反復して聞き返すエルツ。
「対直線って何ですか?」
それからジュダは頑なに口を閉ざし、ただただ微笑するばかりだった。
対直線、どうやらその言葉にMagician of Greenの攻略の糸口があるようだ。
そうして、暫し無言でジュダと酒を酌み交わしたエルツは席を立つ。
「ジュダさん、ありがとうございました」
「気が向いたらまた来いよ」
そう言って微笑を向けるジュダにエルツは大きく礼をしてその場から立ち去るのだった。