S25 提灯鮟鱇
「酷い目に遭ったな……」
エルツがげっそりした表情で見守る中、子供達はというと東門橋に着くなり貸し竿の出店に走り、釣りを始めるのだった。
だが、釣りをしている間は少なくとも過激な行為には走らないだろうと、エルツはそう考え自らもまた竿を借りて釣りへと興じる事にした。
「見ろよチョッパー、二匹同時に釣れた」
「すごい!」
身体よりも大きな釣竿を器用に使いこなしチョッパーにそう呼び掛けるシュラク。それを見てチョッパーも必至になって釣竿を橋の下目掛けて振り下ろすのだった。
二人のバケツに溜まって行く星魚を見つめていたウィルはふと釣竿を上げる。
頼むから余計な事はもうしないでくれとエルツが願っていたその時。
「釣竿が悪い」
ウィルはそう呟くと、チョッパーから強引に釣竿を奪い取る。強引なウィルの挙動にチョッパーは不満気にウィルが使っていた釣竿を手に取ると再び竿を下ろした。
――ったくどうしようもない奴だな――
だが、釣竿を交換して数分、依然好調に釣り上げる二人を横にウィルはむくっと立ち上がると今度はバケツへと向かう。
「餌が悪い」
そう言い放ったウィルはシュラクのバケツに手を突っ込むと一匹の星魚を掴み、釣り針へと強引に縫い付ける。
「お前何やってんだよ!」
「うるさい、餌が悪い」
シュラクはそんなウィルの様子に首を振って溜息を吐くと再び釣りへと興じ始める。
それからも順調に釣り続けるシュラクとチョッパーを前に、ウィルはただ無言で釣竿を構え未だ食いつきの無い橋の下をじっと睨みつけていた。
そうして、再び皆が釣りに没頭し始め十五分ぐらい経った頃だった。
「かかったー!!」
その叫び声に反応して皆が同時に振り無く。するとそこではしなる釣竿を持って必至に腕を大げさに震わせるウィルの姿があった。
「本当に一人で賑やかな奴だな。スターフィッシュがそんなに重いわけないだろ」
そう言ってエルツはふとウィルが持っている釣竿に手を掛けて固まった。
「なんだ、これすごい引きじゃないか。ウィルお前何引っ掛けた……?」
慌ててウィルの釣竿に手を添えて一緒に引き始めるエルツ。
だが、竿の引きはますます激しさを増して行く。
「ちょ……マジか!? シュラクとチョッパーもこっち来て!」
エルツの言葉に橋の下の影を見つめていた二人も慌てて駆け寄り加勢する。
「なんかでっかい影が見えた!」とシュラク。
四人掛りで竿を引っ張るエルツ達の様子に次第に周囲で釣りをしていた冒険者達も何事かと集まってくる。
「どうしたんです、手伝いましょうか?」
「なんかよくわかんないの引き当てちゃったみたいで。手伝ってもらえると助かります……!」
エルツの言葉に次々と加勢して身体を引っ張り始める冒険者達。
「ウィル、絶対手離すなよ!」
エルツの言葉にウィルは顔を真っ赤にしながらしっかりと竿にしがみついていた。
材質のわからない釣竿は今にも折れそうな程しなり、だがしっかりとその先には獲物を繋ぎ止めていた。
「後ろタイミング合わせて行きしょう。焦らずゆっくり引き上げる形で!」
周囲の冒険者達が掛け声を交わし合い、皆の協力で次第に竿がゆっくりと引き上げられて行く。竿がゆっくりと上がり、そして遂にその獲物が姿を見せると冒険者達は皆歓声を上げた。
「大きいぞ!」
「最後まで気を抜くな!一気に釣り上げるぞ!」
逞しい周囲の冒険者達に支えられて、竿を引き上げた一同の前には体長一メートルを超える巨大な怪魚が姿を現した。背鰭の棘条は長く伸び、頭の先端には触角のように伸びた擬餌状体が淡い赤光を放っていた。
拍手が巻き起こる中、エルツ達はその怪魚を前にただただ呆然とする。
「大きいね」とチョッパー。
「これ何て魚だろ?」とシュラクが首を傾げる。
そんな二人の様子に周囲に居た一人の気の良さそうな中年の冒険者が二人の肩に手を乗せる。
「多分、これは提灯鮟鱇の一種だな。本来は深海魚で大体もっと小振りな魚なんだが、この世界じゃこんな巨大なのが居るんだな。お手柄だぞ坊主達」
その言葉にシュラクとチョッパーは笑顔でハイタッチを交わすと、完全に力を使い果たし地面にうつ伏せに倒れたウィルへと視線を流した。
「ウィル、大丈夫か」
倒れたウィルにエルツはそう声を掛けるが反応は無かった。文字通り、全力を使い果たしたのだ。
「これは多分雌だな」
「ああ、って事は雄も居るかもな。それにしてもこんな巨大な奴どこに隠れてたんだ? 海底で擬態してたのか」
協力してくれた冒険者達はそんな会話を交わしながら釣り上げた獲物を改めてまじまじと見つめる。
「柔らかそうな身だな。こいつはきっと美味いぞ」
「食べれるんですかこれ?」
エルツが尋ねると冒険者達は一様に頷いた。
「屋台市に持っていけばきっとさばいてくれるぞ。一緒にそこまで運んでやろうか?」
「え、それは悪いですよ」
流石にここまで協力して貰っておいてその上運んでもらうのは気が引ける。
「いいんだいいんだって、良いモノ見さしてくれた礼だよ」
温かい周囲の冒険者達に言葉に押されてエルツ達は、この際お願いさせて貰う事に決めたのだった。
「それなら、良かったら皆さん一緒に屋台でどうです? こんな大きなのうちらだけじゃ食べきれないだろうし」
エルツの言葉に歓声を上げる冒険者達。
「おーい、皆!この兄さん達がこいつを振舞ってくれるってよ!」
辺りが異様な活気に包まれる中、そうしてエルツ達は釣った巨大魚を持って屋台市へと移動を始める。
エルツは釣った張本人であるウィルを背中におぶると、疲れていつの間にか爆睡している彼を起こさないようにそっと移動を始めるのだった。