S22 飽和心
祭刻となって五日目の朝がやってきた。
エルツは眠たい目を擦りながらベッドから起き上がるとふらふらと窓辺へと向う。カーテン越しの窓を開けると、柔らかな陽射しをその身に浴びながら、そのまま洗面所へと向かい個室へと消えて行く。
シャワーの音が室内に漏れ始めると、それは巡り行く朝の合図だ。
エルツは熱いシャワーを浴びながら、この三日間の事を思い返していた。この三日間で一同の祭刻への関わり方にはちょっとした変化があった。
まず二日目の夜、結局あの日は青鼻のオートマタを見事打ち倒したのはエルツとアリエスの二人だけだった。他の皆は青鼻との対戦でペースを掴めず時間切れになる者がほとんどであったが、そんな中、ケヴィンとトマは依然第一の関門である赤鼻のオートマタすら突破出来ず、ケヴィンに到ってはオートマタイベントを放棄する事を宣言した。そうして、脱退者が一人出てからは自然と皆の気持ちもオートマタから離れたのか、またオートマタ戦に現れた第三の刺客の情報もまた皆のそんな気持ちに拍車を掛け、一人一人と集会する人数は減っていったのだった。
そして、五日目となった今朝の時点では午前中は皆それぞれ素材狩りに専念するようになっていた。確かに何かと出費の多い午後の事を考えれば、午前中の金策は必須だった。
そんな経緯からエルツもまた午前中は生産の日々へと戻ったのであった。
シャワールームから出てきたエルツはお気に入りの定位置である窓辺の木椅子に腰掛けると、小さなテーブルの上でPBを広げる。
皆の気持ちが飽和して行く中でエルツはと言えば、やはりオートマタ戦の情報が気になり毎日新たな情報が出ていないかチェックしてしまうのだった。
生産の片手間に、CITY BBSを開き第三の刺客Magician of Brownの情報を集めるエルツ。今回は土属性であるストーンロッドを装備しての制限バトルである。土属性という響きからして、ユーザーが敵に抱くイメージは『防御が硬い』だとか『のろのろとしている』というものが一般的だと思う。が、今回の相手はそんな既成概念を見事に打ち砕いてくれた。
今回の敵、第三の刺客の通り名は『走撃手』。文字通り、今回の敵は走るのである。
初めて茶鼻の敵と相対し、真正面から追われた時にはあまりの恐怖にエルツは自ら魔法陣から出てしまった。ロッドを振り上げて追ってくるその姿はトラウマになった程だ。
願わくばもう対戦を望みたくない相手ではあるのだが、それでもこのイベント戦から得られるスキル的な意味での経験値は大きい。何とか打ち倒してそしてまた次の相手の戦術をこの目で見てみたい。そんな想いからエルツは、孤独にオートマタ戦に挑み続けるのだった。
CITY BBSで色々と情報を探るも、まだMagician of Brownに関するプレイ報告はどこにも上がっていなかった。ジュダさんのスレッドが生きていれば、色々と報告は上がっていたと思うのだがあれからそのスレッドは他のプレイヤーの荒しに遭い、ジュダさん自身がスレッドを削除してしまったようだった。
「ジュダさんとフレンド登録出来てればなぁ」
わざわざポンキチを介して連絡を取るのも気が引ける。
とはいえ、一人では完全に手詰まりとなった今、エルツはただただCITY BBSからの情報を待ち望むばかりであった。
その日もマイルームでの生産と情報収集に打ち込み、ゆったりとした時間を過ごしたエルツは夕方になると木椅子からその重い腰を上げる。
「さて、そろそろ行くか」
空が夕暮れに染まる頃、淡い赤灯が輝きだす街中を歩いて一人港へと向うエルツ。
エルツの孤独な挑戦は今もなお続いていた。