S17 VS Magician of Blue
考察会を終えたエルツ達は再び港へと集まっていた。
先程からずっとケヴィンとポンキチの姿が見えないが、まだ追い掛け追い回されを続けているのだろうか。二人の事だからここに居ればまた挑戦しに来るだろうが、そう思いながらエルツは人込みを掻き分け魔法陣へと進む。
「それじゃ皆、健闘を」
エルツの言葉に頷く一同。その表情は皆緊張感に包まれている様子だった。
PBを開いてエルツもまた申し込み画面でふと手を止めた。
――Magician of Blueか――
一体どんな強敵なのか。あのジュダさんが初戦で手も足も出ずに負けたというのだから、相当な強敵だと覚悟した方が良いだろう。
エルツは今一度気を引き締めて、挑戦の文字をクリックする。
視界がホワイトアウトするまでの数秒間、何回やってもこの浮遊感は何とも言えない気持ちになる。緊張感と同時に何かとても心地良い、宇宙に放り込まれたようなこの無重力感。その感覚に酔って数秒後には景色は変遷を遂げる。
見渡す限りの大宇宙に浮ぶ巨大な魔法陣。その中央に佇む者こそ、バトルの対戦者だ。
予想通り、そこにはエルツが想像していた通りの風貌のオートマタが佇んでいた。
――青鼻か、水属性魔法を一体どんな風に扱うんだ?――
前傾姿勢を保った青い衣装に身を包んだオートマタを見つめながらエルツはPBを開く。念のために装備を確認しておこう。
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〆エルツ ステータス
レベル 9
経験値 ------------ 0/100
ヒットポイント ---- 140/140
スキルポイント ---- 34/34
物理攻撃力 -------- 10(+1)
物理防御力 -------- 10(+6)
魔法攻撃力 -------- 23
魔法防御力 -------- 21
敏捷力 ------------ 14
ステータス振り分けP----- 0
→ポイントを振り分ける
※再分配まで<0:00/24:00>
〆現在パーティに所属していません
〆装備
武器 -------- ウォーターロッド
頭 ---------- トライアルヘッド
体 ---------- トライアルスーツ
脚 ---------- トライアルトラウザ
足 ---------- トライアルブーツ
アクセサリ ---SPリジェネレイター
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今回の対戦にエルツには正直策も何も無い。
というよりも、初めから勝算など無かった。それは相手の戦闘力が未知数だからという事もあるが、何よりの問題点としてエルツはウォーターロッドを今までに一度も使った事が無かったのである。最低限の予習として印言と刻印は覚えたものの、それでもオートマタとの戦闘でそれを実践するにはあまりに無謀であった。
エルツの今回の対戦の意図は、あくまで敵のその戦闘能力を肌で体感し理解する事にある。最初から負け試合と決めつけるのは性に合わないが、それでも先のオートマタ戦でのこのイベントの難易度を考えれば偵察に徹する事も重要だと踏んだのだ。
視界の中にぜんまいが現れると、エルツは青い鉱石のついたロッドの感触を確かめながら手先で回して見せた。
「さぁ……どっからでもかかってこい」
ぜんまいが巻かれるタイミングを見つめながらエルツはロッドを振り下ろすタイミングを見計らっていた。水属性の基本魔法であるウォータースフィアはフロートが不可である。よって敵に先制攻撃を仕掛けるには発動時間である五秒という時間を先読みして放つ必要がある。
次第に起き上がってくる青鼻のオートマタを見つめながら、エルツはロッドを振り上げ構える。そして、エルツとオートマタの視線が合ったその時。
――今だ――
「Water Sphere」
エルツの言葉と共に、ロッドの先から水が溢れ出し水球が形作られてゆく。
始めは顔程の大きさだった水球は五秒という時間が経過する中であっという間に身長と同等位の直径を有し、今青鼻のオートマタへと放たれる。
エルツが先制ヒットを確信したその時だった。起き上がった青鼻のオートマタは、エルツが水球を放つ直前にロッドを振り下ろすと彼もまた水球を形成し始めた。
そして、エルツの水球がゆっくりと弧を描いてオートマタへと向う間に、オートマタは充分な大きさへと膨れた水球を手元から放す。
「何だ……あの動き」
その瞬間、水球と水球が衝突し合い大きな水飛沫と共に空気中で合流する。
その巨大に膨れ上がった水球を通した向こうで、一瞬エルツの瞳に映ったオートマタの無機質な微笑。
巨大な水球は一瞬空中で動きを止めると、今度はエルツへと向かってその方向を変える。緩やかに放たれた直径三メートル程のその水球はエルツが居た位置に落下すると、水飛沫を立てて四散した。
その攻撃を間一髪でかわしたエルツは完全に動揺していた。完璧に捉えたと思ったウォータースフィアがオートマタの直前で動きを止め、倍以上の大きさになって跳ね返ってきたのだ。その恐怖と言ったら言葉では表せないほどの衝撃だった。
そんな完全に我を失ったエルツを、青鼻のオートマタはまるで何事も無かったかのように、再びロッドを片手にエルツをじっと見つめていた。何をするわけでもなくただじっと見つめるだけだ。
そんなオートマタを前にエルツは次第に冷静さを取り戻しながら、分析を始める。
――このオートマタはもしかしてカウンタータイプなのか――
カウンタータイプ。それはこちらの動きに合わせてリアクションを返す種類の敵を示す。見たところ、こちらが攻撃を仕掛けなければ何もしてこないところから見て、もしかしてこのMagician of Blueとやらはカウンター型の攻撃しか持っていないのではないだろうか。
そう思いながら再びエルツはロッドを振り上げる。だが先程の悪夢のようなカウンターが目に焼き付きその発動を脳裏で遮った。
――くそ、なら至近距離から撃てば――
そう、至近距離から撃てば、こちらの攻撃に対して敵の発動が間に合わないだろう。
エルツはそう踏んで、大胆にも間合いを詰め駆け寄った。オートマタには恐れるべき物理攻撃は存在しない。そんな経験則がエルツの間合い感覚を狂わせ完全にそれは油断と化していた。対象との距離が一メートル程まで詰め寄ったその時、突然青鼻のオートマタはエルツに向かって一歩踏み込む。
そして、ゆっくりと片腕をエルツの首元目掛けて伸ばし、エルツを宙吊りにすると片腕のロッドを振り翳した。
「くそ……降ろせ」
エルツがそう声を上げた次の瞬間、エルツの身体が、オートマタが空中に形成した水球の中へと吸い込まれて行く。水球に閉じ込められたエルツはどうする事も出来ないまま、オートマタに依然首元をしっかりと掴まれていた。
そして、オートマタが腕を放しロッドを振り下ろした瞬間、エルツの身体は水球ごと大きく弾き飛ばされる。
水球の中でもがくエルツ。だが、もはやどうする事も出来ない。そのまま水球ごとエルツが魔法陣の外へと弾き飛ばされたその時だった。変遷する世界。突然景色が大きく変わり始め、広がる大宇宙はいつもの見慣れた景色へと移り変わってゆく。
気がつくとエルツは港の魔法陣の中で倒れ込んでいた。周囲に居た冒険者は皆何事かとエルツへと視線を落とす。
――魔法陣の外へ出ると強制失格になるのか――
見つめられる視線の中でよろよろと立ち上がるエルツ。
それにしても、今回のこのMagician of Blueという敵はあまりにも。
「……強すぎる」
エルツは愕然と項垂れながら、仲間達の帰還をただ祈って待つのだった。