S13 船着場
緩やかに上った木道の向こう側には美しい木漏れ日のあの草地がある。
クリケットとコーザに連れて来てもらったのはつい昨日の事なのに、何故かとても思い出深くエルツには感じられた。
立ち尽くし、眼前の景色に見惚れるエルツの足元に擦り寄る小さな影。
「ごめんよ、ちょっと通るよ」
足元に擦り寄ったラヴィを優しく離すとエルツは木漏れ日の砂道を静かに歩き始めた。柔らかい幻想的な世界に包まれながら、その先に広がるさらなる世界の存在をエルツは求めていた。この先に何があるのか、もしかしたら何も無いのかもしれない。それでも、冒険者ならばその先に存在する何かを求めてしまうのが性だ。
幻想的な木々に囲まれた空間は十数メートルでその景色をがらりと変える。草地の先に広がるは広大な海原だった。この島の全長を考えれば、そう海が遠くない事は予想できた。海へと続く細い砂道の先には、丸太で組まれた小さな船着場が。そこにはまさに今蒸気を巻き上げて入港してくる一隻の小型の汽船の姿が見えた。
「船着場か、船に乗れるんだ」
胸の高鳴りにエルツの歩みは自然と小走りになる。
船が珍しいわけじゃない。現実にだって船はある。だが、この世界で見る船は格別だった。現実で見るそれとはまるで意味が違う。
何故なら、現実で見るこの景色には『冒険』が無い。いい所、旅の風情はあるものの、現実ではこのワクワクする高揚感はなかなか得難いものなのだ。想像と期待に胸を膨らませ、エルツは船着場へ足を掛けた。
道行く冒険者達の視線はもはや気にならなくなりつつあった。それによく見れば、船に乗船している冒険者にはエルツと同じ麻布に麻帽子姿が少なくなかった。
もっと近くで船を眺めたい、そう思ったエルツが虹色に輝くアーチをくぐろうとしたその時だった。目の前で光が乱反射し、突然エルツは後方に弾き返された。
「痛て……何だ?」
光を受けて七色に発色するそのアーチ。
見えない光の壁に阻まれて、その先の景色が屈折してエルツの目に映る。
すると、アーチの向こうからやってきた冒険者が何事も無いかのように、倒れているエルツに一瞥をくれて通り抜けていった。
身体を起こし、再びアーチに手を掛けると、指先から波紋のような光が空気中に浮き上がった。手のひらを強く押し当ててみると、強い波紋が浮き上がる。そこには確かに自らを阻む壁が存在した。
「何だよコレ」
悔し紛れに飛び蹴りを咬まそうとエルツが助走距離をとったその時だった。
「いやいや、そんな事しても無駄だから」
背後から笑いながらエルツの飛び蹴りを制止してきたその青年冒険者。
「君、洗礼受けてないだろ?」
「洗礼?」
聞きなれない言葉にそのまま尋ね返すエルツ。
「このアーチはオラクルゲートって言ってね、冒険者を選別する篩みたいなものなんだ。このゲートは世界各地に存在して、そのゲートに設定してある条件を満たした者だけが通れるんだよ」
「そうなんですか、ちなみにここのゲートの通過条件って何ですか?」
エルツの質問に青年は入港してきた船を見つめながら答えた。
「通過条件はゲートの前でPB開くと確認出来るよ。ちなみにここで船に乗るには、試練の洞窟で洗礼の儀式受けないとダメなんだよ」
昼にも道具屋で聞いた覚えのあるその単語。
「洗礼のクエストならギルドで受けれるから。でも、今の君のLvじゃまだちょっと早いけどね。Lv3くらいを目処に挑戦してみるといいよ」
「それじゃ」と言い残し、その冒険者は立ち去って行った。親切なのか、不親切なのか。その冒険者は情報だけ一方的にエルツに提供すると、そそくさと船へと乗り込んで行った。
とりあえず分かった事実としては、この先へ進むにはその洗礼のクエストとやらを受けに[試練の洞窟]という場所まで行く必要があるらしい。加えて現時点のLvではまだに其処に行くにはLvが相応しくないと。
エルツは服についた小さな木屑を払いながら、停泊している船をじっと見つめた。
「暫くお預けか……また出直して来るよ」
汽笛を上げて、出航し行く船に静かにエルツは背を向ける。
その胸に確かな希望と決意を秘めて。