S13 フロート演習
光刻二日目の午後。スティアルーフ東門を出てすぐの街の外壁に、そこにはある目的のために昨夜のメンバーが集まっていた。
こうなった次第は、今朝エルツが生産ノルマに励んでいた時まで遡る。エルツが生産活動をしながらシティBBSを眺めていたその時、突然ポンキチから召集命令が下ったのだった。
目的は術の訓練を皆でやろう、という突拍子も無い内容だった。そんな突拍子も無い提案に皆が集まったのには、それ相応の理由があった。どうも、昨夜のオートマタ戦での惨敗が皆の闘志に火を点けたらしい。
「本日はようこそお集まり頂きましたこの負け犬どもが!」
ポンキチ第一声に残り七人が同時にファイアロッドを構える。
「軽いジョークも流せない程、皆さんがナーバスになってるのはよくわかりました。ごめんなさい、謝るんで皆さんその振り上げたロッドを下げてください」
堂々と仁王立ちしながら、そう謝罪するポンキチだったが、一同がロッドを下ろさないその様子を見てその場で土下座を始める。
その様子に一同は笑みを漏らしながらロッドを下ろすのだった。
「さて、それじゃ。早速本題に。皆さん昨夜の雪辱は忘れてやいませんね。普段魔法に慣れてない自分らにとってあのからくり野郎に復讐するには演習が必須です。というわけで本日は講師としてうちのコミュニティから先生をお呼びしました。先生どうぞ」
年はエルツより若干上、いや二十代後半くらいだろうか。肩まで伸びた灰髪と左右で結った特徴的な髪。強引なポンキチの振りに呆れ顔で登場したその人物は一同に丁寧な会釈をすると挨拶を始めた。
「いつもポンキチが迷惑をかけてすまない。そして、きっとこれからもずっとコイツは迷惑をかけるだろう。もし何なら今のうちに手切りする事をお勧めしたい」
「先生! 異議あり!」
手を挙げたポンキチを無視して話を進める男。
「挨拶が遅れたが、俺はBLOODY MARYの副団長を務めてるジュダと言う。ポンキチについさっき召還されて状況把握に苦しんでるが大体の事情は理解した。これも何かの縁だと思って、今日はよろしく頼む」
皆が笑顔で挨拶を交わす中、ジュダと名乗ったその男に既視感を覚えて口を開くエルツ。
「あのつかぬ事お聞きしますけど、というかPB開けばいいんですがジュダさんのスペルって何ですか?」
「不思議な質問する奴だな」と、エルツに向けて視線を投げるジュダ。
ジュダはファイアロッドと思われる杖を振り上げ、空中に文字を刻みながら発音をし始める。
「J……U……D……A……H、だが、これがどうかしたか?」
その文字を視線でなぞりながら、エルツの記憶の中で何かが一致した。
そう、今朝見ていた書き込みの中に彼の名前があった。オートマタ戦でのプレイ内容を詳細に渡って書いた非常に見やすい内容だったのを覚えている。
こんな事があるのかとエルツが驚いた表情で彼を見つめているとジュダは「どうした?」と不思議そうに言葉を重ねてきた。
「いや、すみません。実はちょうど今朝ジュダさんの書き込み見てきたんです」
エルツのその言葉に今度はジュダが驚く番だった。
「あの書き込み見たのか」
「いや、本当に参考になりました。素晴らしい内容でしたから」
エルツの顔をじっと見つめていたジュダが再び口を開く。
「ときにお前どっかで俺と会った事ないか」
その質問に固まるエルツ。というのもエルツ自身さっきから同じ質問を自分に投げ掛けていたのだ。ジュダというこの人物とはどうも初対面の気がしない。特徴的に結われたあの左右の髪も、どこかで見た覚えがある。
そして、記憶を遡っていたその時、エルツは急に目の前の人物をある記憶と結びつけた。
「あ、エルムの村の道具屋で以前お会いした事あるような」
「ああ、あの旅人装備着てた三人組の一人か。覚えてるな、試練の洞窟向う前だったんだよな」
ジュダの言葉に頷くエルツ。まさか、偶然にこんな偶然が重なるものか。あの時会ったあの人物はポンキチのコミュニティの副団長を務めているなんて。
そんなやりとりをしていたその時だった。突然二人の間を通過する大きな火球。
慌てて振り向くとそこには、ロッドを振り下ろして不敵な笑みを見せるポンキチの姿が在った。
「ポンキチ危ないっつうの! 今確実に狙ってただろ」
「いや初対面にしてはあまりに二人の仲が良さそうなもんでつい嫉妬を」
そんな理由でファイアボールを解き放つその神経を恐怖に思いながら、ふと目の前のジュダを見つめると彼は慣れた様子で何事も無かったかのように振舞っていた。
この人も相当苦労してるのだろう、と無言の疎通を得たエルツは妙な親近感を覚えながら演習生サイドの立ち位置へと移動する。
「それじゃ、折角だからフロートの使い方でも説明するか」
そう言ってジュダはロッドを片手に華麗に回して見せると、すっと掲げたロッドを振り下げる。
「Fire Ball」
印言と共に発生する赤い炎の渦。渦巻く炎が火球へと形態を変えていく。
「Float」
ジュダの言葉と共に、火球へと姿を変えた炎は空中に止まり彼の周りを浮遊し始める。
そして発生した火球を上下左右、自由自在に身体周りを動かして見せた。
「これがフロート。どうだ簡単だろ?」
そう言ってジュダはフロートしていた火球を掌の上で消滅させて見せた。
簡単だろ、とは言われたものの印言を唱えてフロートを宣言するまでの今の動作から早くもエルツは疑問を浮かべていた。周囲では皆が印言を唱え始める中、エルツはジュダに尋ね掛ける。
「ジュダさん、今印言唱えてからフロートを宣言するまで少し間がありましたよね。これってフロートを宣言するタイミングってあるんですか?」
「ほう、鋭い質問だな。が、タイミングは特に関係ない。基本的には印言を唱えて魔法が発動する間ならどのタイミングでもフロートは成功する」
そう言って再びロッドを器用に回し再び印言を唱えるジュダ。
「Fire Ball……Float」
今度は印言を唱えてすぐにフロートを宣言したジュダだが火球は先程と同様に滞空に成功したようだった。
「実はさっきのはPvPでよく用いられるディレイって呼ばれる技術でな」
「ディレイ?」
尋ね返すエルツにジュダは頷くと、火球を再び掌で消滅させた。
「Fire Ballは詠唱から発動まで一秒間のラグがある。その間がフロートの有効時間なわけだが、PvPではこの一秒って結構大きな時間で、この時間の使い方によってはこちらの動きが簡単に見切られてしまう」
ジュダの説明に聞き入るエルツ。
「例えば、今みたいに印言の詠唱後、すぐにフロートを宣言すれば相手からはあからさまにこちらのフロートが把握されてしまう。だが、この一秒間を使ってギリギリまでフロートの宣言を引き伸ばすと、そのまま発動するのか、それともフロートするのかその判断が相手には難しくなる。これを使って相手にフェイントや牽制を掛けるテクニックの事を一般的にこの世界ではDelayと呼んでるんだ」
なるほど、魔法というのは一見シンプルな構造なのかと思っていたが、突き詰めると意外に奥が深いようだ。
「すいません、さらに質問なんですけど。さっきから掌で火球を消してましたけど、それはどうやるんですか?」
「これも魔法を操る技術の一つでCancelと呼ばれてるな。キャンセルは印言を唱えた後にキャンセルと宣言する事で、又は刻印を刻んだ後に『C』を刻む事で魔法の取り消しが可能になる。キャンセルの利点は、再詠唱に必要な時間を零にして即座にまた魔法の使用が可能になる事。ただし、キャンセルには使用SPの半分が消費される。キャンセルが受付可能なのは魔法が発動する直前までなので、フロート時や詠唱直後にキャンセルする事も可能」
ジュダの一言一言をしっかり記憶に刻んで行くエルツ。
なるほどディレイにキャンセルか、これが使いこなせるようになれば、大分魔法の認識が変わりそうだ。
「あとは基本的な情報としてはフロート中のLockだな」
ジュダは再び火球を発生させるとフロートして見せた。フロートされた火球はジュダの動きに合わせてゆらゆらと揺さぶられる。
「基本的にフロート状態のエネルギーは身体周りをただただ自由に漂う事になる。Lockというのはこれを固定する技術。使い方は簡単、フロートされたエネルギーを杖で二度突きするか、口頭でロックと宣言する事で固定される。またエネルギーは杖で一度タップした後に杖を動かす事で自由に動かす事が可能でその際位置を固定する場合はもう一度小突けば固定となる。タップと宣言の主な使い分けは、今のお前達のLvじゃ関係ない話だが、高Lvになって多重フロート、つまり一度に複数のエネルギーをフロートさせるような状況の際に一つ一つの位置取りを決める時にはタップで、複数まとめてLockする時には宣言を使用するんだ」
空中で火球をLockして見せるジュダにエルツは深く頷いた。
タップにロックか。これも魔法を使う上では重要なテクニックになりそうだ。
「一度に話を詰め過ぎたが、まぁ慌てず一つ一つ覚えていけばいいだろ」
ジュダの言葉に頷くエルツ。この人の言葉はどこか優しくそれでいて頼り甲斐のある不思議な響きを持っていた。
それからジュダは丁寧に一人一人に魔法の使い方を指南してくれた。
彼もまた、今夜は新たな未知のオートマタと対峙するだろうに、こんなに時間を取って丁寧に接してくれるのは彼の人柄というべきか。
エルツ達は、ジュダに深い感謝と敬意を持ってその日の打倒Magician of Redを誓うのだった。