S6 水飴屋
溢れる冒険者達の姿から祭りは盛況のように見えた。人込みの中をはぐれないよう歩き進める一同。エルツ以外の三人は祭は今回が初めてではないらしく、慣れた足取りで先導を始めた。
「あんず飴の出店は例年通りなら、コミュニティセンター側だな。向こう側行く前にスマートボールでもやっていくか?」
ケヴィンの問い掛けにミサと話し込んでいたユミルが首を振る。
「スマートボールは嫌やわ。だってあれややこしいんやもん」
「ややこしいって、ただ玉打って得点穴に入れるだけだろ。どこが難しいんだあんなもん。パチンコと一緒だろ?」
パチンコと一緒だと宣言するケヴィン。少し違うような気もするが、どちらにしろ確かに女性陣にはあまり理解されにくそうなジャンルである気はする。
「もしやるなら二人の後ろでうちら見てます」
ユミルの言葉に両手を広げ首を振ってエルツに視線を投げ掛けるケヴィン。
エルツも興味が無いわけではないが、この流れからするとスマートボールは避けるべきだろう。
それから、中央の櫓を周るように歩き進め、エルツ達はコミュニティセンター側へ。赤提灯の垂れ綱を幾つも潜り、人の溢れる広場の中を歩き進める。いつもは、ちょうど白ベンチが置かれている周辺だ。淡い赤灯でライトアップされたコミュニティセンターが近くに見えてくるとケヴィン達の言う通り、そこに古びた材木で組まれた小さな出店があった。
「あ、あった水飴屋」
目的の水飴屋には何やら看板に魅力的なメニューが掲げられていた。看板に掲げられたメニューは七種類。上からあんず、オレンジ、巨峰、グレープフルーツ、パイナップル、メロン、リンゴ。料金は一律1SR。
「こんなに種類あるんだ」
ふと隣を見るとそこでは何やら飲み物を販売しているようだった。
コミュニティセンター前には幾らか椅子やテーブルが並べられており、ちょっとした冒険者達の寛ぐスペースも見受けられた。
「それじゃ、自分がまとめて買うから皆にはどこか空いたスペース取っといてもらおうかな」
エルツの言葉にケヴィンが「奢りだろ、俺メロンね」と肩をポンポンと叩き、一人コミュニティセンター前のスペースへと歩いて行く。それを見て二人の女の子はエルツへと視線を向ける。
「エルツさん一人じゃ四人分は持てないだろうし、じゃ私も一緒に」
「じゃ、先に場所取ってるね。私はリンゴで」
そうして、ミサが笑顔を残してケヴィンの後を追う。
一人でもおそらくは大丈夫だったが、折角だからユミルの善意に甘える事にする。出店に二人で並ぶ中、ふとエルツは先程気になった質問をユミルにぶつけてみた。
「そう言えば、さっきの会話聞いててふと思ったんだけど」
「え、何です?」
エルツの言葉に赤提灯の明かりを受けて輝く綺麗な瞳を向けるユミル。
「ユミルって関西の方の出身なの? あ、嫌なら答えなくていいから。不躾な質問ごめん」
「うち実家が京都で料亭やってるんです。小さい頃は向こうで育ったので、たまに訛が出てしまって」
京都で料亭という初耳の情報に驚くエルツ。なるほど、幼少は向こうで育ったのか。今はどこに住んでるかは分からないけど、綺麗な標準語を話してるところからして関東の方に来てるのだろうか。
「でも、もうこっちでの生活も長いので、なんだかおかしな方言になってしまって。恥ずかしくて実家にも帰られへん」
そう言って紅潮させた頬を両手で覆うユミル。
「へぇ、そうなんだ。ん、あれ? じゃチョッパーとは今別々に暮らしてるの?」
「いえ、二人で東京の学校に通うためにこっちへ出てきたので」
なるほど、そういう事か。
ふと、ユミルとチョッパーが京言葉で話す姿を想像してエルツは微笑ましくなった。
「京都か……いいなぁ」
「ほんまにそう思いますか? エルツさん来てくれはったらいくらでも案内します」
ユミルが話す京言葉になんだが温かみを覚え、エルツはただ彼女に笑みを返した。
今の今まで彼女が京都出身の女の子などと夢にも思わなかった。
「エルツさんは綺麗な標準語ですね。関東にお住まいの方なんですか?」
「出身は違うんだけどね。物心ついた頃からずっと東京だよ」
そんな他愛もない会話をしていると、あっという間に順番は回ってきた。
いかにもという外見の屋台のオヤジは忙しなく手を振り動かしながら、粋な笑顔で二人を迎え入れる。
「お、可愛い嬢ちゃん連れてるね、兄ちゃん。何にするかい?」
オヤジの一言に赤面するユミルの横で、祭貨を掴んだ手を差し出すエルツ。
「えーと、あんず二つに、リンゴ一つ、それからメロン一つ」
「あい、毎度」
手早いオヤジはすぐに注文した水飴を遣してくれた。受け取ったあんず飴を一つユミルに手渡し移動を始めるエルツ達。
「気のいいオヤジだった」
「うん」
そして、二人はコミュニティルーム前のスペースに先に席を取りに行ったケヴィンとミサを追いかける前に、ふと隣の屋台で足を止めた。屋台に並ぶ人々は皆紙コップを手に啜りながら笑顔で屋台から離れてゆく。
「さっきも気になったんだけど、何だろここ?」
様子を覗き込むエルツに横でユミルが笑顔を見せた。
「あ、冷やし飴みたいですよ、エルツさん」
「冷やし飴?」
尋ね返すエルツに驚いた表情を返すユミル。
「え、冷やし飴知らないんですか? 冗談……ですよね」
「え、知らないけど。何これ、そんなに有名なの?」
冷やし飴、それは簡単に言うと、水飴を湯で溶いて風味付けのために生姜のすりおろしや搾り汁を加えた関西地方では伝統的な甘味飲料の一つという事だった。ユミルの話によると、向こうの人間にとってはまず知らない者は居ない程、有名というよりは当たり前に存在する飲み物らしい。それだけにユミルはエルツの反応が信じられなかったのだ。
「百聞は一見に如かず、とりあえず買ってみるか」
そして、エルツとユミルは人数分の冷やし飴も購入し、ケヴィン達の元へと向うのだった。
水飴屋の周りでは意外な話を聞く事が出来た。
この世界に存在する人間は誰もが現実を持っている。そんな当たり前の事を、今更になってエルツは再認識していた。