S5 祭夜の集会
柔らかに流れる潮風と夕闇に浮ぶ無数の赤提灯の光、広場の中心に聳える櫓の上からは、胸に響く祭太鼓の音が辺りに降り注いでいた。色とりどりの浴衣に包まれた溢れる冒険者達の隙間を縫うように、今一人の影が駆け抜ける。
「くっそ!また遅刻だ、何やってんだ自分ほんとに!!」
並ぶ屋台には目もくれず、ただ全力でギルド前の噴水を目指して疾走するエルツ。こうなったのも、カスタマイズに予想以上に時間を要したからに他ならない。
予定の時間より十分程遅れてエルツは噴水前に到着すると、きょろきょろと人込みを見渡し始める。噴水前はかなりの混雑を見せていた。息を切らせながらエルツが、辺りを見渡していたその時。
「遅っせーんだよ、お前は!」
後ろから思い切りど突かれて、前のめりにこけるエルツを嘲笑う声。
「エルツさん遅刻だよー」
振り向いたそこでは浴衣に身を包んだ笑顔の仲間達の姿があった。
まず目に飛び込んできたのは目に優しい赤色の浴衣に花柄模様を振ったユミルの姿と隣で微笑む白地に同じく花柄模様を添えたミサの姿だった。双華のコンセプトとカラーである白と赤に合わせたのか、二人のその色合いはとても印象的でそして可愛らしく映った。
「いや、ほんとごめん」
そう言って頭を下げるエルツに腕を組みながらふっと失笑するケヴィン。
「出た、没個性柄」
「没個性柄? って何それ」
エルツの問い掛けにケヴィンは黙ってエルツが着込んでいるパッチワーク柄の浴衣を指差した。
さんざん迷った挙句、結局エルツは第一印象の白黒のパッチワーク柄に黒帯をつけてやってきたのだった。それにしても、没個性とはどういう事か。無地の紺色に白帯のケヴィンよりはマシだと思うのだが。
「ケヴィンよりは個性的だろ」
「周りよく見てみな」
ケヴィンの言葉に周りを見渡し固まるエルツ。
――なるほど――
納得して項垂れるエルツ。周囲の男性プレーヤーの多くがこのパッチワーク柄を着ているのだ。ケヴィンの言った没個性という意味を今更ながらに理解し、顔を伏せるエルツ。
「着替えようかな」
「これ以上待たせんな。こういうのはシンプル・イズ・ザ・ベストなんだよ」
ケヴィンにもっともな突っ込みを入れられ小さく縮こまるエルツ。
そんな様子を見ていたユミルとミサが笑い声を漏らす。
「そんなに気にする事ないですよエルツさん。似合ってますよ」
喜んでいいのか悪いのか、多少ユミルのその言葉に救われながら顔を上げるエルツ。
「あれ、今日ってこの四人?」
その場に居たメンツの顔を確認し、そう尋ねる。
「ポンキチくんとペルシアちゃんは後で合流予定です。アリエスさんとトマさんはコミュニティの方でイベントがあるらしくて、そちらが終わって間に合えば合流するとの事でした」
「そっかそっか」
そうして、頷いたエルツの頭をケヴィンが再びド突く。
「何すんだっつうの」
「何すんだっつうの、じゃねぇよ。そういうわけで俺らはお前一人をずっと待ってたんだぞ」
頭を下げて猫目でケヴィンに微笑み掛けるエルツ。そのエルツのリアクションに拳を振り上げるケヴィン。
「お前ぶっとばすぞ」
その微妙な空気感にミサが思わず吹き出したその時、ユミルが一同を仕切り始める。
「はいはい、それじゃ行きましょう! どこから回ります? わたしあんず飴食べたいな」
「あんず飴いいね。リンゴ飴も捨てがたい」
そんな会話を交わしながら歩き始め、祭の人込みの中に今消えて行く四人の後ろ姿。
頭上から降り注ぐ祭太鼓の音は絶え間なく辺りにその音を響かせていた。