【エピソード】友人からの忠告 Player:Elz
現実から戻りログインを済ませたエルツはその日の夜、スウィフトと共に湯揚で酒を酌み交わしていた。
「現実での所用は済んだ?」
「まぁね。済んだわけじゃないけど、なかなか上手く行かないよ」
エルツの返答にスウィフトはビールを一口含みエルツの横顔を見つめていた。
「何……もしかして就職関連の話?」
「それもあるかな……いやそれが一番大きいか。まっとうに自分が生きていられれば、自分の悩みなんて簡単に解消されるのかもしれない」
その言葉に黙って再びビールを口に含むスウィフト。
「でもさ、そのまっとうに生きるっていうのが自分にとってはすごく難しいんだ。結局、自分ってただ世の中に甘えてるだけなのかなって思って。ただ世の中はそんな甘えなんて許してはくれないけどね。そんな結果が今の自分の状況なんだろうな」
そう語るエルツにスウィフトはそこで始めて口を開いた。
「今から僕が言う事はさ。あくまで友人としての忠告だから。気に障るなら受け流して欲しいんだ」
スウィフトのその真っ直ぐな眼差しにビールを持っていた手を止めるエルツ。
「うちらの年代ってさ、もう基本的に社会に出て働いてる年だから。意識が高い奴はさ、もう明確に自分のキャリアビジョンを打ち立ててそこに向けて懸命に動いてると思うんだ。今の僕から見て、エルツに少し足りないなって思うのは、やっぱり少し子供っぽいところかな。社会的意識が低いっていうか、社会の中で生きるっていう意識がどこか弱く感じてしまう部分はあるんだ。エルツの普段の言動とかあの取引の仕方とか見ててちょっと感じたんだけどね」
スウィフトの言葉に無言で頷くエルツ。
「でも、同時にそれはエルツの最大の長所でもあると思うんだ。その純粋さとか。そこから生まれる集中力とかって見てて計り知れないものがあるし。でも、さっきエルツが自分でも言ったように、僕から見ても仕事が無い、働けないっていうのは甘えだと思うよ。仕事が無ければ見つかるまで探すのがそれが就活ってもんだと思うし。生きるためにはさ、その仕事にやりがいがあろうが無かろうが、働かなくちゃいけないわけだから」
スウィフトの言っている事を噛みしめるように頷くエルツ。
その言葉は痛い程に、エルツの身を貫いていた。その事実を認識していなかったわけじゃない。ただ親しい友人から、しかも同年代の友人からその事実を指摘される事はエルツにとって何より痛い言葉だった。自分が今この場に居る事を恥ずかしく思いながら、穴があったら入りたい気持ちでビールを手に持ったまま固まるエルツ。
「ごめん、ちょっと言い過ぎた。本当あまり気にはしないで欲しいんだけど。でも僕はエルツの能力って本当に評価してるから。社会に順応出来ないわけないと思うんだ。実際ゲーム会社で働いてた時期もあるわけだし。絶対エルツは何かクリエイティブな仕事が向いてると思うんだけど」
そう言ってまた一口ビールを口に含むスウィフト。
その隣でエルツはビールを持っていた手を机へと置いた。
「ありがとう、スウィフト。忠告、本当に嬉しいよ」
「うん、いや別にお礼を言われる事じゃないけど」
そして、エルツはふと視線を下げた。
「でも、今はもう少し考える時間が欲しいんだ」
エルツの言葉に静かに視線をグラスに移し、その手を机に置くスウィフト。
「そっか……なら、今はゆっくり考えればいいんじゃないかな。そういう時期も必要だとは思うよ。ただプレッシャーを掛けるわけじゃないけど、時間っていうのは誰か一人のためにその動きを止めてはくれないから。エルツがそうして悩んでいる間も世界は絶え間無く変化しているって事を忘れないで欲しい。気がついたら現実に取り残されてたなんて、エルツにはそんな事にはなって欲しくないからさ」
友人からのありがたい忠告に再度頷くエルツ。
――ありがとう――
その言葉をただ言いたくて、何故か飲み込んでしまった自分の感情をビールで洗い流す。
とても有り難くて、恥ずかしくてエルツにとってその日スウィフトから受けたその言葉は忘れられない貴重な記憶として心に刻まれるのだった。