S21 未定義の世界
創世暦1年/双華/明/3
エルツはこの日、朝日が注ぐマイルームの中で最後の生産を今終えようとしていた。
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現在生産中です
生産状況 99%
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そして生産の成功表示が現れるのを確認すると、エルツは静かにその自らの到達点を確認する。
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▼生産メニュー
○鍛冶 S.Lv0.00
○製縫 S.Lv10.00
○魔工 S.Lv0.00
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ベッドへと倒れ込むように横になるエルツ。
言葉にならない想いで、そして自らの一つの到達点を噛みしめる。
S.Lv10を目指す過程でエルツが想定していたシミュレーション外での嬉しい誤算が一つあった。それが、コカトリスの羽織物+1の存在である。あらかじめ作り置きしていた羽織物のNQ品で上位生産を重ねる事でエルツの製縫におけるS.Lvは9へと目標到達点へとリーチを掛けた。そこで新たに羽織物を追加生産したところ、約四分の一の確率で綿織物のHQが発生し始めたのだ。前段階におけるウーピィ装備のHQ防具の生産を考えれば、ここでのコカトリスHQ装備に関しても同じ理屈が通用するだろうと、エルツは確信していた。
事実、エルツのその推論は的を得ていた。コカトリスの羽織物+1×3枚とウーピィの綿糸+1×2枚で裁縫生産をしたところ、コカトリススロップス+1が発生したのである。コカトリス装備は今現在のエルツの装備だ。生産によって産み出した製品を装備する事は、生産者の夢でもある。今エルツが味わっている感情はここまで到達したものだけが味わえる貴重な感情だった。
その日の夜、エルツはある一つの報告を持ってコミュニティルームを訪れる。
エルツの報告にポカンと口を開けたまま呆ける一同。
「ごめん、言ってる事がよくわからなかった。今なんて……?」
スニーピィーの問いかけに改めてエルツはただその事実を口にする。
「製縫S.Lv10になったので皆さんにちょっとその余剰品で出来たアイテムを配ろうと思って。靴だけ無くて申し訳ないんですけど、一応人数分持ってきました」
そう言ってエルツはカードを取り出し一同に見せる。
「これ、ウーピィのHQ防具じゃん!?これくれるの!?」とスニーピィー。
「そのために持ってきたので。ただ、すいません。はじめに渡す人だけは決めてるんです」
エルツのその言葉に戸惑う一同。
「スウィフト、リンス」
そう呼び掛けてエルツはカードをテーブルの上に沿わせて滑らせる。
エルツは、生産生活を始める前にスウィフトと交わしたあの約束を覚えていたのだ。
その数枚のカードをスウィフトはキャッチすると微笑を浮かべる。
「エルツ、ありがたく受け取らせてもらうよ」
「ありがとう、エルツくん」
満面の笑みを浮かべるリンスにエルツも微笑み返す。
そして、その光景を何事かと見守っていた一同に向かってエルツはアイテムを配り始める。
「ウーパールーパー!」
手にしたウーピィのHQ装備を早速身に付けはしゃぐ子供達。
「へぇ、見た目普通のウーピィ装備と少し違うんだね」
そう呟きながら自らも綿帽子のHQをかぶって見せるスニーピィ。そんな中、ドナテロがとんとんとエルツの肩を叩く。
「もらっといてなんなんだけどな、エルツ。知り合いにこのウーピィ装備すごい欲しがってる奴いるんだが譲ってもいいか?」
「え、ああ。全然構わないですよ。差し上げたモノの使用用途は問いませんので、使うなり譲るなりオークションに出品するなりご自由にどうぞ。オークションに出品するなら今ならまだ比較的高値で売れますしね」
エルツの言葉にカードを高らかに見つめるケヴィン。
「随分気前がいいな。何か裏でもあんのか?」
「裏って訳じゃないけど、一応この後ビジネス話は持って来てる」
エルツの言葉に何事かと笑みを溢す一同。
「道理で話が甘すぎると思ったんだよ」
そう呟きながらもPBにしっかりとカードをしまいこむケヴィン。
「で、今日はどんな話なの。エルツ?」
スニーピィのその言葉にPBから数枚のカードを取り出すエルツ。
「実はこのカードを買い取って貰いたいんです」
そう言ってエルツがテーブルに置いたカードに皆が身を乗り出して群がる。
「カードは2セット用意してあります。ただ例によって靴だけ無いですけど……」
エルツの言葉にカードを覗き込む一同。
「これ、コカトリス装備のHQだ」とスニーピィ。
「まだ市場にも全く出回ってないですよこれ」とフランクが続ける。
皆が驚きの声を漏らし始める中、スニーピィがエルツに振り返った。
「これいくらなの?」
スニーピィのその問いに頷くエルツ。
「頭・服・脚のセットで5000ELKで考えてます」
「安っ……それじゃ利益出ないんじゃ?」
フランクの言葉に微笑するエルツ。本当ならエルツは無償で提供してもいいと思っていた。ただウーピィ装備を皆に配った後に特定者にこの装備を渡すのは何か特別扱いしているようで気が引けたのだ。
5000ELKという価格を設けたのはエルツなりの意図があった。ドナテロやスニーピィ達のような高Lv者にとって、このウーピィ装備やコカトリス装備は装備品としての価値はほとんどない。可愛いもの好きの女性ならまだしも、男性陣にとって普段着として着れるような代物でもなく、はっきり言ってコレクションとしての価値しかないのだ。なので、いくら5000ELKという特価であったとしても、通貨的価値で言えば決して安くはないこの値段では購入するまでには至らない。だが、今この場にはたとえ5000ELK以上の値段でもこの装備を手にしたい人物が二人存在した。PBの所持金と必死に格闘しながら名乗り出たその二人の人物。そう、ケヴィンとユミルである。なけなしの所持金から思い切って大金を叩いてエルツの商談に応じた二人。決して二人にとって5000ELKは安い買い物では無かったが、それでも購入するだけの価値はある貴重な装備だった。
「やったー、エルツさんありがとー!」
歓喜の声を漏らしながらカードを受け取り、早速着替えるユミル。
「こんなんまだ誰も持ってねぇよ」
その隣では抑えきれない興奮を前面に出しながら、ケヴィンもまたHQ装備を纏い、その姿を皆に披露していた。
二人の纏ったその姿を見て一同もまた歓声を漏らす。
「やっぱ、NQとは少しデザインが違うんだ。HQの方が全然いいね」
皆の視線をその身に集めながら、満面の笑みを返す二人。
そんな二人を見つめながらエルツは何とも言えない感慨に耽っていた。
生産職人としての喜び、それはこうして作った製品を他人に装備して貰う事にもある。エルツは言いようの無い感動に包まれながら、今まで軌跡を一人振り返る。
本当にこの一刻は長かったようで短かった。途中、自分のも先行する気持ちに躊躇いを覚える事もあったが、本当に良かったと心からエルツはそう感じていた。
自分が、前人未踏の領域に踏み込んでいると気づいたのは、つい最近の事だった。オークションの出品状況や掲示板の情報から、自分が製縫生産の先端を進んでいるという事を自覚した。こうした状況に到ったのも、全ては様々な要素が偶然絡み合ったからに過ぎない。
琥珀園の発見、スウィフト達の優しさ、身を粉にして望んだ素材狩りに、上位生産に偶然手を伸ばして効率化を図れた事、そして何よりも一番大きな起因が、エルツ自身、この生産という過程が本当に楽しかった事。これらの要素が重なり合う事で、この結果を生み出す事が出来た。
前人未踏の領域、その未定義<アンディファインド>の世界へ踏み込めた事は、エルツにとってこの世界での本当に充実した一歩となった。
けれども、これはこの世界で言えば、本当に僅かな一歩に過ぎない。この世界にはまだまだ数々の未定義がそこらかしこに眠っているのだ。
限りなく広がる世界に向けて、エルツの物語は今少しずつ動き始めていた。