S10 個人取引
その夜、大量のカードに恵まれたエルツは一度B&Bで疲労と共に濡れた身体を洗い流すと、屋台市でいつもように食事を取ってからコミュニティルームへと向った。コミュニティルームではスニーピィとスウィフト、そしてリンスの三人がソファーで談笑していた。
「お、エルツだ。おつかれー」
「こんばんは、あれ今日はまた少ないんですね」
エルツの言葉にスニーピィはオレンジジュースを口にしながら笑顔を返した。
「今食事行ってるよ皆。そんなとこ突っ立ってないでこっち座んなよ」
スニーピィの明るい陽気な声に招かれてソファーに座るエルツ。
エルツの姿を見ると、スウィフトとリンスはふっと微笑む。
「収穫はどうだった?」とスウィフト。
「おかげさまで、なかなかだったよ」
そうして、エルツはソファーに座るとPBを開く。
帰り道、エルツはふとある事を思いついたのだった。今度スニーピィに会った時にその話を持ち掛けようと考えていたのだ。
「そうだスニーピィさん」
「ん、どしたの?」
エルツの呼び掛けに大きな瞳をパチパチと瞬きさせるスニーピィ。
「ちょっとしたお話があるんですけど、良かったら聞いてくれませんか」
「え、いいけど。どうしたの急に改まって?」
そう言って笑みを漏らすスニーピィに、エルツはバインダーから昨日と今日で入手した合わせて十一枚のカードを取り出し、スニーピィに手渡した。
そのカードに驚きの声を上げて身を乗り出すスニーピィ。
「え、何コレ……全部兎石のカードじゃない。どうしたのコレ!?」
「取引したいんですけど」
エルツの言葉に硬直する一同。
「え……?」
手にしたカードとエルツの顔を交互に見つめながら当惑するスニーピィ。
魔工生産をするスニーピィにとって兎石は今喉から手が出るほど欲しいアイテムだった。だが、あまりにも唐突なエルツの提案に戸惑うスニーピィ。
「取引って僕どうすればいいの」
スニーピィは暫くじっとカードを見つめ、誘惑と闘いながらもう一度エルツの顔を見つめた。
「で、エルツ。本題を聞かせてよ。何でもするよ」
笑顔を浮かべるスニーピィにエルツもまたふっと微笑を浮かべる。
「ここからの話はお互いの利害が一致すればの話なんで、断って頂いても全然結構です」
そうしてエルツは本題を切り出し始める。
「交渉内容なんですけど、実は当面自分は製縫上げる事に決めたので、ここでちょっとした協定結べたらいいなと思って」
「協定……?」
オレンジジュースを片手に持って硬直したまま、完全にエルツの話に聞き入るスニーピィ。
「スニーピィさんは今魔工メインで上げてますよね。上げてるとしても製縫はサブでしょ。両方上げるって、すごい効率悪いと思うんで。分業しません?」
「分業・・・つまり別々に特化してスキルを上げるって訳か」
「流石スニーピィさん話早いですね。当然ウーピィ狩りもしてると思うんですが、その時、ウーピィの綿毛も入手してますよね。単刀直入にそれを頂けないかというお話です。勿論タダとは言いません。代わりに自分はウーピィ狩りで得た全ての兎石をお渡しします。つまり、物々交換って形なんですけど、もし良ければどうですか?」
エルツの提案に、スニーピィは口元に手を当てながら頷いていた。
「確かに、生産上げする場合、一人で素材確保するより複数人で協力して一つのスキル上げに特化した方が有効か。それに満遍なく平均的に上げるよりは一点集中して上げれるなら、そっちの方が生産物を先行できるしね」
そうしてスニーピィは満面に笑顔を浮かべる。
「エルツ、この話乗ったよ」
「一応、曖昧にすると後々問題になるかもしれないので、アイテムの交換レートとしてはウーピィの綿毛三枚に対して兎石一枚にしたいんですけど、どうですか?」
エルツの言葉に即座に首を振るスニーピィ。
「ダメだよ、それじゃエルツが全然割に合わないだろ。相場から言えばその倍のレート、ウーピィの綿毛六枚に対して兎石一枚でいいと思うよ」
「六っていう数字あんまり好きじゃないんで、それじゃ五対一で」
エルツの言葉に思わず笑みを漏らすスニーピィ。
「わかった、じゃそうしよう。ただあんまり状況が一方的だった時は差額払うからね」
「わかりました。今後レートが変化したときは都度調整で」
そうして、商談がまとまりお互いに堅い握手を交わす二人。
その様子の一部始終をスウィフトとリンスはじっと見守っていた。
「なんだか、凄いもの見ちゃったな。見ちゃいけないものを見ちゃったような……」
「うん」
そうして、笑みを零すスウィフトとリンス。
こうした駆け引きが生まれるのも生産システムの醍醐味だ。これからはおそらくCITY BBSでもこうした個人取引が数多く発生してくるだろう。
生産というシステムを通じて、この世界での楽しみがまた一つ広がった事に、エルツは胸の高鳴りを隠し切れなかった。やると決めたならば突き詰める。今日の狩りで自分の素直な感情に直面してエルツはどこか吹っ切れた部分があったのだ。少なくとも、やりたいと思った事で中途半端な事だけは避けたい。
――決めたならば、とことんやろう――
それが今のエルツの素直な心境だった。
だが、やはり本気になる点がウーピィの綿毛を集める事、という点を考えると複雑な心境ではあった。間違っても「今自分はウーピィの綿毛を集める事に真剣なんだ」などと人に豪語する自分の姿を想像してみると、笑ってしまう。
それでも、こんな事に真剣になれるのも今自分が満たされてるからなのかもしれないな、とそんな風に思うのもまた今のエルツの素直な心境だった。自分に少なからずの先行心がある事をもう無理に否定しようとは思わない。そうした気持ちもきっと人の自然な感情の一つなんだと、今はそう捉える事でエルツは自分の気持ちに区切りをつけていた。